これからは週末限定文学少女!【KAC10】

草詩

勿体なくない週末を

 カタリィ・ノヴェルという都市伝説がある。

 突然現れて、本を交換していく不思議な少年の話だ。


 差し出される本は、その人物が今読むべき物語が綴られており、それと引き換えに出会った人物は自身の物語を本にされ持ち去られるという。


 そうして各地の物語を交換し、人々に一時の夢を配る宅配人。


 抜かれると言っても不幸になるだとか、記憶を失うとかいう話ではなくて、幸せを呼ぶ青い鳥のようなお話らしい。


 まぁ、そんな噂話を耳にしたのは彼に出会ってから少しあとの話である。あの時の私はフリーになったばかりなのに、進めていた仕事をキャンセルされて荒れていた。

 幸運を呼んでくれる相手とはつゆ知らず、勿体ないことをしたと思う。損した気分である。


 それで、そんな青い鳥の彼とはどんな会話をしたのだったか。

 鳥。そうだ、彼は鳥を探していたはずだ。確か――。


~~~~~


「ねぇ、この辺でトリを見なかった?」

「鳥? とりあえずハトならそこにいるじゃん」

「ハトじゃないんだごめん!」


 駅前の広場で、急なキャンセルによって不貞腐れていた私はかなり投げやりな返事をしていた。

 いや普段なら無視するところだっただろうし、やさぐれてとにかく話し相手が欲しかったのかもしれない。


「まぁ、目の前に居るもんね。それで、なんの鳥を探してるの?」

「ええっと。多分、フクロウ?」


 声をかけてきた相手は快活そうというか、愛想の良い感じに笑顔を浮かべた少年だった。

 赤いさらさらとした髪にちょこんと白い帽子をかぶり、鞄をたすき掛けにした男の子。なんと短パン生足である。


「フクロウ、は見かけないなぁ。君のペットか何か?」

「ペットではないけど。ちょっとカラフルで、太り気味で首元にペンダントみたいなものがついている子なんだ」

「なにそれ。まぁ、それだけ変わってるなら一目でわかると思うけど、私は見てないわ」

「そっかー。待ち合わせ場所ここだと思ったんだけどなぁ」

「鳥相手に待ち合わせって……」


 天然なのか自然体なのか、少し困った感じに周囲を見回す仕草が可愛かった。見た目よりもずっと幼い子供なのかもしれない。もしかしたら鳥との約束を信じているとか?


「ああ、そうだお姉さん。この本読む?」

「本?」

「読み終わっちゃったし良かったら」

「本、ねぇ。そういえば最近読んでなかったかな」

「勿体ない」


 彼は鞄の中を探りながらそんなことを言う。

 本、かぁ。今の状況でのんびり読んでいる暇なんてないけれど、彼みたいな子がどんな本を読むのかはちょっと気になった。


「ちょっと忙しくて。学生時代はたっぷり読んでたんだけどなー。どんなタイトル?」

「それは、わからない。でも文学少女だったんだ?」

「ん? まぁそうね。そう言えたかも。眼鏡かけて地味だった地味だった」

「今でも似合うと思うよ眼鏡。ほら、そこに立って、こうしてみれば……。うん、絵になる!」


 彼は両手の人差し指と親指でフレームを作り、こちらに向けて右目をつぶる。左目が怪しく煌めいた気がした。

 それにしてもモデルでもあるまいし、そんな見方をされても困る。さっき仕事がなくなって、これからの生活どうしようと頭を掻きむしったばかりだ。


「やめてよ全く」

「というわけで、君にはこっち」

「こっち?」

「そうそう」

「あれ、なんで二冊持ってるのよ?」


 彼はいつの間にかお目当ての本を見つけたのか、その手に二冊の本を持っていた。にっこり笑っているけれど、もしかして渡す本を選ばれた?

 人を見て渡す本を選んだのだとしたら嫌だなぁと何となく顔に出てしまう。


「そんな顔しないで。こっちは今まさに僕の手に来たばかり。楽しませてもらうね?」

「何言ってるかよくわかんないけど。なに? 新手のナンパなの?」

「違う違う。僕は最近知ったばかりだけど、君は昔から活字が好きな文学少女だったんでしょう? きっと気に入ると思うよ」


 違うのかよ。

 と元から不機嫌だったのもあって、胡散臭いやら何やら腹が立った私は押し付けられた本を持ってさっさとその場を離れてしまったのであった。


「で、渡したのがよりにもよって恋愛詩集ってどういう了見よ」


 噂を聞いて彼と都市伝説を結び付けた私は、結局読まずに放置していた本を引っ張り出して愕然としていた。

 恋愛って。そんなに潤いのない様子だったのだろうか。選ばれた私の読むべき本がこれというのは遺憾であるが、もしかして読むべき時期を過ぎてしまったのだろうか。


「ま、読んでやるか!」


 幸い噂を聞いて直帰した本日は週末。明日からしばしの休日だ。出向という形で手堅く派遣されることにした私はフリーとは名ばかりのお勤め人である。

 ぽいぽいと鞄に上着を放り出し、彼から渡された本を片手にベッドへダイブ。帰ってすぐ本を手にこうするのも、一体いつ以来だろうか。


 ぺらり、ぺらり。気が付けばページが進む。

 久しぶりに浸った文字の世界はとても美しく華やかだった。


 甘酸っぱいものから、知ったばかりの苦み。透き通るように空を駆ける一粒星の想いたち。そこで触れるのは本の向こうにいる人の温もりで、何故か涙が溢れてしまう。


 最近、ずっと乾いた生活していたせいだろうか。だとしたら、私から抜いた物語はさぞ酷い出来だったに違いない。

 私の本を受け取った相手がどんな顔をしているのか。そもそも渡す相手が居るのか。そんなことを考えると何だか複雑な気持ちになりそうで困る。


 とりあえず、今は没頭しよう。何もかも忘れて。

 ただページに引っ張られるように。いつまでもいつまでも。


 そうじゃないと勿体ない。今の私は文学少女。

 この硝子細工のようでいて気恥ずかしい言葉たちの海へと潜って。笑って泣いて、潤ってやるんだ。


 次、彼に会った時にもっと良い物語を渡せるように。

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