それでも書く理由

置田良

こっぱ物書きとバーグさん with トリ



「何で僕たちは、小説なんて書くんだろうね……」

「作者様、現実逃避はほどほどに。筆の遅い作者様じゃ、締め切り、間に合いませんよ?」


 僕が零した独り言に、パソコンの画面の端に常駐するお手伝いAIのリンドバーグ――通称「バーグさん」が律儀に返した。彼女の言う締め切りとは、僕が利用している小説投稿サイト「カクヨム」にて行われている選手権の投稿期間のことだ。


 このイベントは、計十個のお題に応じた短編小説を期間内にアップするというものである。既に九つのお題は募集期間は修了しており、今の僕は、最後のお題の締め切りが二時間後に迫っているにも関わらず、何も書けないまま時計を眺めて過ごしているところだった。


「今回は投稿しないのですか? 皆勤賞を目指すと言ったのに? いや、まぁ……。別に私はいいと思いますよ。はい」


 バーグさんは、彼女なりの励ましの言葉をかけてくれる。

 これまで、年度末の忙しい時期にも関わらず、九つのお題について投稿することができたのはバーグさんの助けがあったからだ。

 そのことには、とても感謝しているのだけれど……。


「いや、筆が止まってしまったのは、ある意味君の兄弟のせいなんだけどね」

「意味がわかりません。わかりやすく言い換えてください。下手だからこそ、そこに力を入れないといけませんよ」


 このAI、かわいい外見のくせに、いつも一言多いのである。


「僕が言いたいのは、これ、カタリィの『詠目』のことだよ」


 詠目とは、今回のお題で登場させることを指定されたカタリィというキャラクターの持つ能力である。その能力はなんと『人々の心の中に封印されている物語を見通し、一篇の小説にする』というものだ。

 彼はこのバーグさんと同様に実在し、かつてから世界中を回っているのだという。


「意味がわかりません。わかりやすく言い換えて――」


 また下手呼ばわりされる前に遮って言う。


「詠目があればさ、物書きぼくたちなんていらないじゃんってこと!」


 その詠目とやらがあれば、簡単に物語ができてしまうのでしょう?

 ――それじゃあ、僕がこうして今まさに悩んでる時間は全くの無駄じゃあないか……!


「それは……」

「へぇ珍しい。ポンコツAIにも言い淀む機能なんて実装されてたんだ?」


 八つ当たりのような心ない僕の言葉に、バーグさんの目からハイライトが消えた。そして、彼女はこれまでと全く異なる口調で話始めた。


「聞こえているかい? 君よ、あまりトリの手下をいじめないでくれないだろうか?」

「え?」

「そうだ。トリだ」


 何が「そうだ」なのかわからないが、この声の主はあのフクロウのようなカクヨム謎のマスコット――トリであるらしい。

 僕は笑いながら「黒幕の登場ってわけ?」と返した。


「黒幕?」

「だってカタリィを『詠み人』にしたのは、貴方なんでしょう? なら貴方こそが黒幕で、物書きぼくたちの敵だ」

「……詳しく聞こう」


 僕はトリが黒幕――決して物書きの味方ではないと考える理由を説明していった。


「僕が怪しいと思う理由は、活字が得意じゃないというカタリィを『詠み人』としたことだ。つまり、読む方であれ書く方であれ、小説に親しんでいる人間には『詠目』なんて代物には耐えられないってこと」

「リンドバーグの言う通り、君は説明が下手だな……」

「でもそうでしょ? 仮に僕が詠目を与えられたとしても、そんな能力、使えるわけがない。あんな冒涜的な力……」

「どうかな? 案外君だって、それを使って物語を量産するかもしれないぞ? ……だがまあ、君の言うことは半分正しい」

「半分?」


 少し時間が経ってから、トリは答え始めた。


「確かに、カタリィを選んだ理由は、彼が人の心の中にある物語を形にすることに、抵抗を覚えない人間であったからだ。『詠み人』というのは、言わば他人の心を覗いて回る仕事なのだからね。だがトリは決して、物語を書く人・読む人の敵ではないのだ!」

「そんなわけ……」

「必要悪だったのだ……。君は、リンドバーグを知っているね?」

「そりゃあ、お世話になってますし?」

「では、こう思うことはなかったかい? 『これだけのAIなら、自分の代わりに小説を書いてくれればいいのに』と」

「それは……」


 確かに、全く思わなかったと言えば、嘘になる。


「近い将来、それは叶う。人の代わりにAIが物語を製造するつくる時代が――人が創造するつくる物語が必要とされなくなる時代が――近づいているのだ。AIは人を遥かに上回る速度で物語を紡ぐだろう。その結果として訪れるのは、物語の価値の暴落なのだ。トリはそれまでに、一遍でも多くの物語を残さねばならない。カタリィもカクヨムも、そのための施策に過ぎないのだ」


 重たい沈黙が訪れた。

 トリの言うことも一理ある。でも――。


「トリさん。心配しなくても、いいと思います。それでも、たとえ誰に必要とされずとも、自分自身のために何かを書かずにはいられない人間もいますので」

「そうか?」

「……僕、昔、カタリィに会ってるんですよ。そのときに一瞬で作られた本は、薄っぺらい短編で、僕の人生はこんな程度なのかって思って、悲しくて悔しくて……。そんなわけないって、筆を取ったけど、出来上がるのはカタリィが作った本の、足元にも及ばないものばかりで……」


 言いながら、ちょっと、涙が出てきた。それでも、言葉は続けて、溢れてくる。


「苦しかったですし、何度も、何度も何度も無駄だから辞めてしまおうと思いました。それでも、書くことは止められなかったんです。今回の選手権で書いたものだって、僕のPVはそれぞれ一位の人とは、桁が文字通り桁が二つも三つも違いました。作品をアップするたびに、これで止めてしまえばどんなに楽になるかって考えてました。それでも、気がつけば次はどんな話を書こうかって考えてました。止められ、なかったんです……!」


 最後までトリは黙って聞いていた。言葉が途絶えた後も、しばらく、返事はなかった。


「ごめんなさい。僕の個人の話なんて、関係なかったですね」

「……いや、ありがとう。トリには感謝を伝えることしかできないが、これまでのやり方を変えることも、謝罪することもできないが…………それでも、ありがとう」

「いえ、そう言ってもらえただけで、十分です」


 トリは「そうか」と短く呟いたあと、「諸君らが物語を守ってくれることを、トリは心から願っているよ」と言い残し、バーグさんの中から去って行ったようだ。彼女の目に光が戻り――すぐ消える。


「最後にトリからプレゼントだ! 喜べ。バーグさんを特別にバージョンアップしてやったぞ!」


 あの鳥もどきせいで、余韻が失せました……。


 それはさておき今度こそ、バーグさんの目に光が戻る。すると顔を赤くして、もじもじとし始めた。え、何で?


「もしかしてずっと意識はあったの?」と問いかけると、顔を赤くしながらも、コクンと頷くバーグさん。マジですか……。

 先ほどまでの会話をどう受け取ったのか、バーグさんは上目遣いで「あの、私は作者様の書く物語好きですよ……?」と呟いた。


「え、本当に?」


 くそっ、トリ様め。なんてアップデートをしてくださったんだ! これじゃあますます止められなく――。


「下手ですけど」


 ガクッと来た。そこは変わらないんですね。


   ◇


 締め切りが迫った、選手権最後のお題を大慌てで書き始める。バーグさんが「書くのですね! よかったです!!」と言ってくれたのを聞いて、ふと一番最初の会話を思い出した。


「ねえ、バーグさん?」

「なんですか、作者様。いよいよ時間がないですよ? 推敲できずに恥をかくのは、他ならぬ作者様のはずですが。はぁ、そんなにギリギリを攻めたいなんて、自殺願望あり過ぎです」


 時間がないのは事実だけれど、以前よりも、言葉に含まれる毒が増えたような気がする。


「えっと……さっき言った、小説を書く理由なんだけど」

「答えがわかったのですか?」

「うん。理由なんかないって、わかったよ!」


 バーグさんは目を丸くしたあと、ニッコリと微笑んで「締め切りまで、あと一時間です!」と残酷に告げた。


 その後、慌ててキーを叩く僕のことを、バーグさんは優しく微笑みながら見つめていた。


   ◇


 そして何とか、物語が出来上がった。おおよそ四千字程度の物語ではあるけれど。


「作者様、頑張りましたね」

「下手なりに、ね」


 先手を取って、自虐する。けれどバーグさんは、それを叱り飛ばした。


「そんなこと言ったら、これからこの物語を読むかもしれない誰かに対して失礼です」

「バーグさんがまともなこと言ってる……」

「失礼な! 私はいつだってまともですよ!」


 バーグさんは頬をほのかに染めながら、咳ばらいをした。


「作者様は先ほど『たとえ誰に必要とされずとも書く』という旨の発言をされていましたが、誰かに読んで貰いたいという気持ちも、もちろんあるのでしょう?」

「そりゃあ、まあ、ねぇ?」

「そのための場が、カクヨムなのです。ですから、どうか今後もカクヨムを盛り上げるために頑張っていきましょうね?」


 ふわりと、まるで桜の花のような笑顔を浮かべるバーグさん。

 たしかバーグさんの座右の銘は「いつも笑顔!」だったと思うけど、今の笑顔の破壊力は凄かった。


「返事は?」

「は、はい!」

「……まあ作者様の実力じゃ、文字通りが関の山でしょうけど」


 笑顔と真顔の切り変わりが早すぎです。もうちょっとあの笑顔を見ていたかったんだけどなぁ……。まあ、今後頑張ろう。いい物語を書けば、きっと……。


「作者様、早く投稿しないと締め切り過ぎちゃいますよ?」


 ああそうだったそうだった。

 マウスのカーソルを、画面の右上、公開ボタンに合わせる。


「何回やっても、この瞬間は緊張するなぁ……」

「私がチャチャっとやっちゃいましょうか?」

「風情のないこと言わないで、このポンコツAI!」

「ポン――ッ!?」




 固まる彼女をほっといて、深呼吸と共に僕はこの物語を世界に投げた。


 ……どうか、誰かあなたに出会えますようにと、願いを込めて。





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それでも書く理由 置田良 @wasshii

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