the Mission to Complete.

眞壁 暁大

第1話


「……というわけで、『至高の一篇』をぼくらは探しているんだ」

 カタリィ・ノヴェルはつらつらと口上を述べ立てた後、そう締めくくった。

 それを聞いていた作者は特に感銘を受けた様子もないのに、リンドバーグは訝しく思う。

 これまでに訪れた作者は、いずれもカタリとバーグさん、二人の訪問を歓んでいた。

『至高の一篇』の探索をしていると告げると、期待を隠そうともせずに食い気味に二人に絡んできた。

 なのに目の前のこの作者は、『至高の一篇』の話を聞いても反応が薄く、それどころかなんとなく迷惑そうな表情に見える。


「あんまり、嬉しそうじゃないですね」

 カタリが尋ねる。

「? 迷惑ってほどでもないが、嬉しいってもんでもないだろう?」

 作者の男は不思議なものを見る目をして答えた。


 それがバーグさんには分からない。

「作者様、作者様の心の中に『至高の一篇』が潜んでいるのかもしれないのですよ? カタリがそれを見つけてくれるというのに何も感じないのですか」

「何も感じないのかって言ってもなぁ……」

 作者は言い淀み、思案気なしぐさを見せる。言葉が途切れてしばらく後、小さく手を叩いて言う。

「そうだな……これを見ればだいたいわかるだろ」

 作者は自身のパソコンの画面を示す。 カクヨムの小説管理画面だ。


「中身は読まなくていい。PVに注目してくれ」

「……うわ、これ。作者様のPV数、低すぎ!?」

「いつもながら失礼なことになってんぞバーグさん、そんなことないですよね! って、うわ……」

 想像を超えた惨状に二人は絶句する。

「あ! それでもこれ! ほら、応援のハートがついてます! PV1なのにすごいですよ作者様」

「いやそれは……」

 言いかけて途中で止めたカタリの言葉を継いで、作者は笑う。

「そいつは営業のハートだよ。今回の企画……てのはちょっとメタいな、聞かなかったことにしてくれ――、

 こうやってハートばら撒いてお返しのハートを狙ってる作家がいるんだ。

 なかなか熱心だし、私もできるだけ返事のハートは入れるようにしている」

 つまりそれって、と口にしかけたバーグさんをカタリが抑える。

 話には聞いたことがあるけれど、出会うのは初めてだった。

 読者ゼロの作者様だ。こんな人の中に本当に『至高の一篇』が眠っているのか、不安になってきたカタリはある違和感に気づく。


(この作者、なんで読者(実質)ゼロなのに、こんな平然としてるんだろう?)


 そんなカタリの袖をバーグさんが引っ張り、耳元に顔を寄せた。

「……この作者様、あまりにも読まれないから拗ねてるんだわ。それで私たちのことも邪険に扱ってるのよ」

「まさか」

「きっとそうよ。今までの作者様、みんな下手なりに読まれていたじゃない? こんな作者様はじめてよ。きっとものすごい下手だわ」

「バーグさん聞かれると非常に拙いのでその辺で」

「あ、私、またやっちゃいました?」

 急に真顔になるバーグさん。ひとつ小さく咳払いすると、精いっぱいの笑顔を浮かべて明るく言う。

「でもでも、作者様の小説面白いですよガチで! まだ踏んだだけですけど!!!」

「ちょ、バーグさんデッドボールだよそれ」

「あっ……でもでも、AIはウソをつけないので! ってあれ? 読んでないのに「面白い」ってのいうのはウソじゃないのかしら? カタリ、こういう場合どうなの?」

「そこで俺に振るの?!」


 二人の掛け合いをしばらく黙って眺めていた作者は、ここで口を挟んだ。

「いやまあ、ヒトが見た時に「面白くない」ってのは分かってるんだけどね。けっきょく自分のために書いてるんだから」

「ところで、二人に聞きたいんだが……二人は「書きたい」と思ったことはあるかい?」


 カタリとバーグさんは顔を見合わせる。

 カタリは詠目は持っているから、書くは書く。相手の心に秘められた物語を取り出し、一篇の小説としてものする能力がある。

 しかし、それは「書きたい」という欲求からではなく、どちらかというと自動的な行動である。

 一方のバーグさんの方は、作家のサポートや応援・支援を行うために生み出されたお手伝いAIである。

 みずからが「書く」主体となることはそもそも想定していない。


 二人がポカンとしているのにかまわず、作者は続けた。


「うん。

 書きたいと思ったことがあれば、たぶん、少しは分かると思うんだ。

 その時に、「誰かに伝える」というのを本当に考えているだろうか?

 書こうと思ったその時に、まさにその瞬間に、「読者」ってのを考えているかい?」


 カタリはしばし考え込む。

 カタリの「書く」は違う。

 左目で見て、その人の内心にある物語を自動筆記しているだけだから、カタリ自身の「書きたい」という感情の反映ではない。

 それはいずれ、誰かに届けなければならない物語だけれども、カタリ自身が書いているその時に「読者」を意識することはない。

 そう答えようとしたが、作者はカタリの返事を待たずに続けた。


「私にはそれがなかったんだよ。いや、今もないな。

 下手なりに、相応に積み上げてみれば、誰かに読んでほしいという気持ちが湧いてくるかも、と思ってたんだけども」


 そう言って作者は溜息をつく。


「そういう気持ち、なくもないんだけど、大きくはならないんだよな。

 だから私は、徹頭徹尾、私のために書いてる。

 書きだす小話の流れは頭の中でハッキリ分かっているのに、それでもテキストに浮かび上がったときに、どこかでズレていく揺らぎがある。

 私はそれが好きだ。テキストに残った選ばれた言葉と、選ばれなかった言葉の何とも言い難い乖離が好きなんだ。

 けっきょく私は、私のために、私のためだけに書いているんだよ」


 読者を自分は必要としていない、そう宣言し、作者は締めくくる。


「だから、『至高の一篇』は私の中にはない――、と思う。

 私だけを救うために書いてるんだから。たぶん、誤解じゃないかな。

 私は私で救われたいから、世界中を救う一篇も、正直ピンとこないんだよ。それに――」

「「それに?」」


 バーグさんとカタリが思わずハモる。


「それにもしも。

 この内心に『世界を救う至高の一篇の物語』が秘蔵されているのだとしても、「それ」を書くのは自分がやりたい。

 カタリ、キミの「詠目」で加工された形で差しだされた「私の内心の至高の物語」を読んでも、私は感動しないはずだ。

 作者が私じゃないからだ」


「それってつまり、俺たちは要らないってことですか……?」

 カタリがすっかりしょげ返ってつぶやく。

『至高の一篇』の当てが外れたのと、自分のこれまでの探索が否定された気がする。

 いや、それ以上に自分の『書く』スキルを拒絶されたのが辛かった。

 ショックを受けているカタリに、作者は声をかけた。


「そうじゃない。キミの力を必要としている人は必ずいる。自分で自分の内心の物語を紡ぎだせない人にとって、キミのその力は絶対に必要だ。

 だから、そんなに落ち込むことはない――」

「つまり、作者様が救われる一篇が出来れば、世界が救われるということなのですねっ!?」


 作者の言葉を断ち切るように、バーグさんが右手を挙げる。

「「は?」」

 カタリも作者も、突然のバーグさんの挙動に言葉を失う。


「作者様のようなヒネクレ者をも虜にするような一篇ができれば、それは世界中を虜にするに違いないのです! 

 そしてそれを書けるのは作者様しかいないとなれば!

 そうとなれば、さっそく書きましょう! 書くしかありません!」


 真理に辿り着いたとばかりに胸を張るバーグさん。


「そうと分かればさっそくカタリも書くのです! 作者様の内心の物語を!!」

「ええっ!?」

「作者様の書く物語と、カタリの書く物語。

 作者様の心に封印された、同じ物語がどのように書かれるか、興味はありませんか?

 作者様も、カタリも」

 真顔で饒舌なバーグさんの迫力にカタリも作者も押されていた。


 カタリの中で好奇心が湧いてくる。

 

 詠目で紡ぎ出す物語と、作者の紡ぐ物語。

 同じ物語を「書く」こういう場合はどうなるんだろう?

 カタリは戸惑う。自発的に「書く」ということを考えたこともなかった。

 詠目はまだ反応していないけれども、内心に「書きたい」という欲求があるのをカタリは自覚する。


 作者がそのカタリの背中を後押しする。


「ふふん。

 面白いな君たちは。

 それではお眼鏡に適うものができるかどうか、しばらく付き合ってもらおうか」


「はいっ、ビシバシ褒めちゃいますよ!」笑顔のバーグさん。

「詠目がまだ反応しないんだけど、俺に書けるのかな……」困惑気味のカタリ。


 作者は思う。

 この二人が、これから書く物語を読んだら、いったいどういう顔をするのだろう、と。

 その事を気にする自分に気づいて、意外に思うと同時に、少し納得する。

 これが読者を求める、という気持ちなのかもしれない。

 自分ではない、何者かへと伝えたいという気持ちは、こういうモノなのか。


(いや)


 何者かではなく、今まさに、目の前の、この二人に読ませたいのだ。

 誰か、という曖昧な読者ではなく、まさにカタリとバーグさんだからこそ、読ませたいのだ。

 作者は初めて、読者のことを考えながら、書き始める。

 自分以外の「読者」を得たことの心地よさに、少しだけ高ぶりながら。

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