今夜のおかずはトリバーグ!!

弐刀堕楽

今夜のおかずはトリバーグ!!

「このクソどりがああああー!!」


 彼の名前はカタリィ・ノヴェル。

 突然ですが、いま彼の手の中で一羽のフクロウがみくちゃにされていました。


「カタリくん、何してるんですか! その子を離しなさい!」

「いいんですよ、こんなヤツは! 公式のお題でも『トリの野郎は出さなくても結構です』などと三回も明言されるくらいですからね! こいつにはこの程度のあつかいがお似合いなんだ!」

「何をわけのわからないことを言ってるんですか!」


 私たちが口論している間にも、フクロウはピーピーと鳴いていました。可哀想かわいそうに……。

 でもカタリくんは手をゆるめません。一層わしわしと揉みしだきます。


「そうだ、いい事を思いついた!」カタリくんは叫びました。「今夜はこのトリ肉を使ってハンバーグを作ろう。こいつをきざんでこねて丸める――こりゃいいぜ! 今夜のおかずはトリバーグ! 今夜のおかずはトリバーグ!」


 カタリくんはノリノリです。もはや止めようがありません。

 この光景を見た人はきっと、カタリくんをすごく残念な人だと思うんでしょうね。

 でも違うんです。以前までの彼はこうではなかった。

 彼がこうなった原因は他にあるのです。



 そう、あれは――

 一週間前のことでした。



「悪意ある物語……ですか?」


 喫茶店でお茶を飲みながら、私リンドバーグとカタリくんは、向かい合って話をしていました。


「そうです」と私は答えました。「ここ最近カクヨム王国では、悪意ある物語にれて心を病んだり、小説を読むのが嫌になってしまう人が増えているらしいのです」

「なるほど。それをどうにかするために、僕が呼ばれたわけですね」

「そういうことになります」

「ふーむ」


 カタリくんは腕を組んだまま、黙って考えている様子でした。

 彼の肩の上で、フクロウが眠たそうにホーと鳴きました。


「何か気になることでも?」

「ええ、バーグさん。だっておかしいですよ。悪意ある物語の小説は、ずっと以前から存在していましたよね? わざわざ読みに行く読者もいるそうです。それなのにどうして僕たちが動かなくちゃならないんですか?」

「さすがはカタリくん。良い着眼点ちゃくがんてんですね」


 私は彼の左目を指さしながらめてあげました。

 実はカタリくんの左目には、特殊な能力があります。

 それは、人の心に封印ふういんされている物語を見通す『詠目よめ』と呼ばれるチカラ。彼はその能力を、相棒である謎のフクロウからさずかったそうです。


 さて話を戻しましょう。 

 私はカタリくんの質問にこう答えました。


「確かにあなたの言う通り、そういった小説は以前から存在していました。でもそれは作者と読者、双方が合意した上で提供されているので問題はありませんでした。

 ところが今回、ちまたで起こっているケースはそれとは違います。望まない人の所に悪意ある物語が届けられているのです」

「どういうことですか?」

「実は書店で販売している本が、何者かによってすり替えられています。楽しい物語や美しい物語の本が、悪意ある内容に改変されているんです」


 カタリくんはそれを聞いて、ゴクリとツバを飲み込みました。

 私は話を続けました。


「もちろん全部が全部じゃありませんよ。たとえば十冊あるうちの一冊だけが、偽物に置きかわっていたりするんです。そして運の悪い読者がそれを購入して、うっかり読んでしまうと――」

「気分が悪くなって二度と小説を読まなくなってしまう」

「そういうことです。以上がこの事件の概要がいようです。カタリくん、事件を解決するために協力してもらえますか?」

「そうですね。読み手の減少は、小説配達人の僕にとっても死活しかつ問題です。一緒に犯人を捕まえましょう」


 私とカタリくんは調査を開始しました。私が考えた通り、彼の能力は偽物の本を探すのに役立ちました。

 書店をいくつか回って棚をながめていくうちに、ついにカタリくんはあやしいオーラを放つ本を見つけました。


「この店のあっちこっちの棚に偽物の本がありますよ。どうやらここが今回の事件の発生源のようですね」


 彼の言う通り、この店にはたくさんの偽物が置かれていました。

 私は実際にそれを読んでみることにしました。偽物は、本物と同じくらいよく書けていました。

 しかしどの本も途中から悪意ある物語へ切り替わっています。


「どれもよく出来ています。実に自然な文章です。もしかすると犯人は、プロの小説家かもしれませんね」

「あるいは、僕と同じ能力者の可能性もありますよ」

「その線も考えてみましょう。一応、店の主人にも話を聞いてみましょうか」


 そう言って店の奥に移動しようとしたそのとき、棚のかげからさっと誰かが飛び出して来ました。

 その人はカタリくんにぶつかって、店の外へ飛び出していきました。


「カタリくん、大丈夫ですか?」

「うう……。どうして……」

「カタリくん?」

「どうして僕を選んだ! なぜ僕にこんな能力を! このクソ鳥がああああー!!」



 こうしてお話は冒頭に戻ります。



 カタリくんは突然おかしくなってしまいました。相棒のフクロウを公衆の面前でわしわし揉みしだいています。

 いったいなぜこんなことに?――私は考えました。カタリくんとのこれまでの仕事や、彼の特殊な能力、現在の状況、さっきぶつかった人物……。


「そうか! わかりましたよ!」


 私は本棚に向かうと、一冊の本を手に取りました。本のタイトルは『愛と平和についての名詩集』。

 私はカタリくんの顔にその本を押しつけて言いました。


「カタリくん、チカラを使うんです! 早く!」


 願いが届いたのか、カタリくんは詠目よめの能力を使いました。

 本に込められた詩人たちの想いが、カタリくんの病んだ心を浄化していきました。


「ハッ! 僕は何をやっていたんだろう……。ごめんよ、相棒。すみませんでした、バーグさん」

「そんなことよりカタリくん。時間がありません。外へ出ましょう」

「どうしてですか?」

「いいから早く」


 外へ出ると、私は急いでカバンの中を探り始めました。

 カタリくんは横で怪訝けげんそうな顔をしています。


「何しているんですか?」

「さっき本屋であなたにぶつかった人物。あれが偽物の本を作った犯人なんです!」

「え?」

「カタリくんは詠目よめの能力で、犯人の病んだ心を直接のぞき込んでしまった。それでおかしくなったのです。あなたは人一倍、感受性が強いですからね――あった!」


 私はカバンから一枚の原稿を取り出して、それをカタリくんに渡しました。


「さあ以前やってみせてくれたように、トリさんにこの原稿を使ってください」

「でも、ここ街中ですよ?」

「いいから早く!」


 カタリくんは、クシャクシャになった相棒の羽をなでつけながら、原稿の物語を読んで聞かせました。

 実はカタリくんにはもう一つ能力があります――それは物語を必要としている人に届けるチカラ。彼の言葉によってフクロウは勇気づけられ、その身体が気球のように大きくふくらみました(原理はよくわかりません)。

 私たちはフクロウにつかまって空へ飛び上がりました。


「犯人はまだ近くにいます。空の上なら詠目よめを使っても影響は小さいはずです。カタリくん、周りの人よりも暗いオーラを持つ人物を探してください。それが犯人です」

「あっ、いました。あそこです!」


 犯人はすぐに見つかりました。どうやら袋小路ふくろこうじに逃げ込んで立ち往生おうじょうしている様子です。

 チャンスです。私たちは犯人の前に降り立ちました。フクロウの羽ばたきによって、犯人のかぶっていたフードがめくれ上がりました。


「あ、あれは!」


 カタリくんも私もびっくりして同時に声を上げました。

 なんと犯人は、小さな女の子だったのです。


「離せー!」


 フクロウが、女の子の服の襟元えりもとをくちばしでつまみ上げました。

 私たちはとうとう犯人を捕まえました。


「犯人が子供だったなんて……」私は思わず絶句ぜっくしてしまいました。「まだ年端としはもいかない少女が、あんなに巧妙こうみょうに小説を書きかえていたなんて……ちょっと信じられません」

「彼女は能力者ですよ」カタリくんは静かに言いました。「僕にはわかります。おそらく彼女はさせてしまうのでしょう」

 

 そして彼は、女の子に近づいていきました。


「さあ、怖がらないで」

「あっち行けー!」


 カタリくんが近づくと、女の子は本をバラバラと投げつけてきました。どうやら本屋で盗んできた物のようです。


「本は投げるものじゃないよ。読むものなんだ。さあ気をつけて」


 カタリくんはフクロウのくちばしから、女の子の服を外して降ろしてあげました。


「離せー!」

「バーグさん。何か原稿をください。できれば優しい物語を」


 カタリくんは女の子をしっかりと捕まえています。

 私はカバンの中から、カタリくんの気に入りそうな原稿を探して、彼に手渡しました。


「いいかい。本はね、楽しいものなんだ。君にはこの物語を聞いてほしいな。君の心が必要としている物語を。昔むかし、あるところに――」


 こうして私たちは無事、事件を解決しました。

 犯人の女の子は孤児こじでした。最近、唯一ゆいいつの肉親だった母親を亡くして、それから一人で暮らしていたそうです。

 ですが食べ物に困って盗みをり返すうちに、大人たちのひどい仕打ちを受けて、心に闇を抱えるようになりました。

 それが彼女の能力に悪影響を及ぼして、触れた本の内容を『悪意ある物語』に変えてしまった――というのが事件の真相でした。本人はそれを無自覚に行っていたようです。


 あれから一週間が経ちました。

 私とカタリくんは現在、交代で女の子の面倒を見ています。

 彼女に物語を読み聞かせるうちに闇は浄化され、能力は次第に良い方向へと成長しています。

 最近ではたまに笑顔を見せてくれるようになりました。

 とてもうれしいです。


 トリさんはあれからしばらくへそを曲げていたのですが、最近はまたカタリくんの肩に止まってホーホーと鳴いています。

 どうやら仲直りしたようです。

 トリバーグにされなくて本当に良かったです。


 きっとこれからも変な事件は起こるかもしれません。

 でも、私とカタリくんがいる限り――

 カクヨム王国は今日も平和です。

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