閃け、語彙力バトル!

snowdrop

vs AI

「あの~、今日はなにをするんですか?」


 新部長は、机を横並びにして座る会計と部長をみた。

 机上にはタブレットと早押し機が置かれている。


「俺は知らない。会計は?」

「ぼくも聞いてない」


 顔の前で手を振りながら会計が首をひねっている。

 そんな三人の前に遅れて司会進行役の部員がやってくる。


「今日は、特別企画です!」


 司会進行役の部員が告げると、会計、部長、新部長の三人は手を叩きながら「おおーっ」と息を弾ませて声を上げた。


「本日は、『お手伝いAIのリンドバーグと語彙力クイズバトル』を行います」

「お?」


 部長は、意外という顔つきでまばたきをくり返す。


「誰ですか?」


 顔を突き出して新部長は、部長と会計に訊ねる。


「リンドバーグといったら、『翼よ、あれがパリの灯だ』で有名なアメリカ人飛行家がまず浮かぶね。彼は一九二七年にスピリット・オブ・セントルイス号で大西洋単独無着陸飛行に成功した英雄として有名だね」

「他にもリンドバーグの人はいるし、企業やブランドもいくつか思い浮かぶ。そういえば日本のロックバンドにも、リンドバーグというグループがある」

 

 部長と会計はサラッと答えるも、腕を組みつつ首を傾げる。


「でもAIってなんだ?」

「部長、まさかご存じない? アーティフィシャルインテリジェンスのことですよ」

「人工知能だろ、それぐらい知っている。まさか、俺達とクイズバトルをするためだけにリンドバーグをAI技術で蘇らせた? それはそれで凄いんだけどなぁ……」


 さすがの二人もわからない様子だ。

 そんな様子を見計らうように進行役が話し出す。


「みなさんは、KADOKAWAが提供する小説投稿サイト『カクヨム』をご存知でしょうか。今回は、そのカクヨムとのコラボ企画です。カクヨム公式キャラクターの一人、サイト内で執筆されている作家たちのサポートや応援を行うために生み出されたお手伝いAI、彼女を『リンドバーグ』といいます。そちらのタブレットをご覧になってください」


 部長たちは机に置かれたタブレットを覗き込む。

 画面をみると、青緑色のベレー帽をかぶる銀髪の少女が映っていた。

 右側に長く伸ばすアンシンメトリーショートヘアの彼女は、ベレー帽と同じ色をした、胸元をキレイに見せてくれるディアンドルの服装をしている。

 だがドイツの伝統的民族衣装からは、ずいぶんと現代風にアレンジされていた。

 プリッツがカラフルに色分けされた丈の短いスカートからは、シアーグレー調のストッキングに包まれた長い脚がスラリと伸びている。

 足元には、シンプルな白いローヒールのエナメルストラップフォーマルシューズを履いていて、おしゃれだ。

 彼女を形容するなら、かわいいメイドさん、といったところ。

 試しとばかりに会計が画面に向かって手を振ると、リンドバーグが笑顔で振り返してくれた。


「みなさん、はじめまして! お手伝いAIのリンドバーグです! バーグと呼んでください。わたしの将来の夢は、みんなから愛されるAIになることです」

「こりゃすごい。よくできた機械学習ですね」

「うん、そうだね」


 会計の漏らした言葉に部長はうなずいている。

 そんな二人に新部長が反応する。


「人工知能じゃないの?」

「人工知能というのは、人間の知能と同じ特徴を持った複雑な人工的なシステム。だけども限られた処理能力しかない現在のAIでは、現実に起こりうる問題全てに対処することはまだできない。一般的にAIと呼ばれているものは、データから反復学習してそこに潜んでいる特徴を見つけ出しているだけなんだ」

「つまり、どういうことですか?」


 会計の説明を聞いてもわからない、という顔で新部長は部長をみる。


「簡単にいうと、ドラえもんのようなAIはできていないんだ」


 部長の言葉に納得して新部長はタブレットを見る。

 リンドバーグが急に真顔になる。


「ところで、みなさんはお話を書かないのですか? すごく知識が豊富で博識なのに? まぁ……べつにわたしはいいですけどね」

「バーグって、毒舌キャラなのかな。あるいは収集したデータからみつけた特徴をつけた結果がこれか?」


 部長は腕組みしつつタブレットを覗き込む。


「普段とは違う場面でみせた一面にかなりの差があるとき用いられる、創作物では多用されている『ギャップ萌え』を演じているんでしょうね」


 会計が画面を、トントンと指でつつく。

 そのたびに眉を釣りあげ、払いのけるような仕草で「やめてください」と、じっとりとした半目で睨みつけてくる。

 その反応が面白かったのか、会計はつつきながら顔を上げ、進行役をみる。


「今日はバーグちゃんとクイズするの?」

「はい。広辞苑を使って、語彙力クイズバトルをしてもらいます。ルールを説明します。ご存知の通り、広辞苑は単語が五十音順に並んでいます。その見出し語をこれから二つ表示します。二つの間に入る単語はなにかを当ててください」


 進行役は三人の前に三十インチモニターを用意し、『リンドグレーン』と『リンド・パピルス』二つの単語を縦書きで表示した。

 二つの単語の中央には『?』の文字が表示されている。


「たとえば、こちらのように『リンドグレーン』と『リンド・パピルス』が表示されましたら、五十音順に単語は並んでいるのでこの間に来る言葉を答えてもらいます。今回だと『リンドバーグ』となります」


 二つの単語に挟まれていた『?』の部分が『リンドバーグ』と、赤い文字に表示された。


「誤答したら解答権がなくなりますので、取り敢えず押すという行為はやめてください。問題は全部で五問用意しております。のばし棒はひらがなに直されますし、濁点や半濁点はなくして並んでいますので、注意してください」

「あー、クイズ番組でたまにみるやつだ」


 思い出したように新部長は声を上げる。 


「そうです。それをこれから、バーグちゃんと一緒にやってもらいます。どれだけの語彙を知っているのか、知識と閃きが試されます」

「ついでに機械学習のリンドバーグと人間、どちらが優れているか勝負しようってことだね。よっしゃー、俺たち人間の、クイズプレイヤーの意地をみせてやるぜ」


 部長はかるく手を叩いて拳を固め、右腕を突き出した。

 隣に座る新部長は、会計によってタブレット用スタンドに立てられたタブレットを横目に息を吐く。


「新部長になったとはいえ、まだまだ経験が足らないわたしがバーグちゃんに勝てるのかな。そもそも広辞苑持ってないし、使ったことないんですよ」

「そうなんだ。俺は広辞苑には慣れ親しんできたからね。枕にはちょっと高いんだけど」


 部長の言葉に新部長は思わず吹き出してしまう。


「やってみなきゃわからないさ」

「ですね。負けたくないから頑張ります!」


 新部長は早押し機を手に持つ。

 会計も部長も、手元の早押し機のボタンに指を乗せた。


「では問題。『物飼い』と『物隠し』の間にはいる単語は何でしょうか?」


 二つの単語がモニターに表示される。

 見つめる三人とリンドバーグ。

 ピンポーンと音が鳴り響く。

 押したのは部長。


「物書き」

「正解です」


 ピコピコーンと軽快に音が鳴った。


「よっしゃ! 広辞苑と戯れてきたお陰だね」

「部長は枕にしてきただけでしょ。それにしても、バーグちゃんに答えてもらおうと用意した問題でしたが、難しかったでしょうか」


 タブレットのリンドバーグは笑顔で「難しいです~」と答えた。


「つぎは頑張ってください。では問題。『きゃらきゃら』と『キャラコ』の間にはいる単語は何でしょうか?」


 二つの単語がモニターに表示された瞬間、ピンポーンと鳴り響く。

 早押しを制したのは会計だ。


「キャラクター」

「正解です」


 ピコピコーンと正解音が鳴り響いた。


「ぼくたち、ゲストだろうと手を抜きませんからね」


 ふふんと嬉しそうな会計の隣に置かれたタブレットのリンドバーグは画面の中で、「くやしいです~」と終始笑顔だった。


「つぎの問題です。『蝦素麺』と『葡萄染』の間にはいる単語は何でしょうか?」


 二つの単語がモニターに表示される。


「エビゾメってなんですか」


 新部長が進行役に訊ねる。


「葡萄色に染めること、またはその染め物です」

「そうなんだ……あ」


 新部長は早押しボタンを押すと同時にタブレットから、ピンポーンとが鳴った。


「バーグちゃん答えをどうぞ」

「エピソードでーす」

「正解」


 ピコピコーンと正解音が鳴り響く中、リンドバーグはモニター画面に現れてはしゃぎまわる。

 その様子をみながら新部長は項垂れた。


「まじかー、バーグちゃんに負けるなんて!」


 モニターに映っていたリンドバーグが消えると、タブレットの中に戻っていた。


「では問題。『袋入本』と『袋打ち』の間にはいる単語は何でしょうか?」


 二つの単語がモニターに表示された瞬間、三人とリンドバーグは首をかしげる。

 だが次の瞬間、一斉にピポピポーンと鳴り響く。

 押し勝ったのは新部長。


「フクロウ」

「正解です」

「やったー。バーグちゃんに勝ったー」


 ピコピコーンと軽快に音が鳴り、新部長が両腕を突き上げて喜んだ。

 タブレット画面の中でリンドバーグが、地団駄踏んで悔しがっていた。


「次が最後です。正解した人が勝利となります。問題。『阿仁銅山』と『兄分』の間にはいる単語は何でしょうか?」


 三人とリンドバーグはモニター画面を見つめた。

 会計は指を折りながら首を傾げ、リンドバーグは笑顔で体を左右に揺らし、新部長は口を固く結んで画面を睨みつけている。

 顔をしかめていた部長だったが、口を小さく開けた瞬間、早押しボタンを押していた。

 ピンポーンと鳴り響く。


「アニバーサリー」

「正解です」


 ピコピコーンと音がなり、部長は右腕を高らかと掲げた。


「本日の特別企画の勝者は部長です。おめでとうございます」

「広辞苑と戯れてきた甲斐がありましたね。あれほど高くして眠れる枕を俺は知りません。寝返り打つと、角が目に入って痛いですけどね」


 部長の顔には笑みが溢れていた。

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