友好の桜並木(拡張版)

森村直也

友好の桜並木(即興/お題『桜の花びら』

 アフリカ系の女性がは虫類革のヒールを鳴らして歩いていく。アジア系の男女二人は麻地のシャツにおそろいのパーカーを裾をひらひら泳がせながら、

口論しつつぎて行く。オーダーメイドなスーツの似合うブロンド紳士はエスプレッソを傾けながら、ドイツ語の新聞を読む。おしゃれに夢中なハイティーンの集団は、半貴石のブレスレットをしゃららと鳴らす。

 靴の革はアフリカだろうか。麻はアジア、パーカーはファストファッションの。エスプレッソは何処の豆? スーツはメイドインユーロだったりするのだろうか。半貴石は世界各地の鉱山から、掘られ削られ加熱され、こんなところまでやってきた。

「わぁ」

 背後から風が吹き抜けていく。釣られるように顔を上げる。人々がふと足を止める。春の風は薄ピンクの雪を巻き上げて、川の向こうへと渡っていく。


 ソメイヨシノ。日本で生まれて親しまれてきた人の手による桜の種は、遙かな昔、人の手により海を渡った。

 友好の美しさと儚さを見せつけている。思うのは少々斜めだろうか。


「ちゃんと水で飲まないと」

「判ってるってば」

 置かれたトレイにはボトルとマグが乗っている。琥珀色のマグに手を伸ばしかけ、ぴしゃりとたたかれボトルに移す。

 錠剤をざらりと出す。丸い、楕円の、カプセル、粉末。免疫抑制剤、代謝拮抗薬、感染予防薬、そして、胃薬。

「何見てたの」

「桜」

 錠剤を一つつまむ。桜の花びらがすい、と滑ってコーヒーに淡い色を添える。

「だってとってもきれいでしょう?」

 フェアトレードの香ばしさだけ味わいながら、無味無臭のボトルの水でつまんだ薬を流し込む。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

「おなかいっぱいになっちゃう」

「しょうがないさ」

 ――生きていくためだからね。

 白衣はマグを取り明後日を見る。桜が誇り、人々が過ぎる。世界中から集まったあらゆるものが交差する。


 あらゆるものが海を渡り空を渡る。

 空を飛び交い世界を作る。

 海を行き交い生かされる。

 物も人も植物も。白衣の彼も、心臓を求めた私も。


「また戦争が起こるんだね」

 白衣の視線はブロンド紳士の方にあった。新聞の見出しは私には読めない。

「南海の国が国土が消えてしまうって訴えたそうね」

「そういえば、今年の桜は少し早いな」

「夏はきっと熱波ね」

 やだなぁ。白衣はつぶやき、マグをゆっくり傾ける。

 浮かんだ桜の花びらと一緒に。

「人が作ったものは綺麗だわ」

「それが技ってものじゃないの」

「綺麗だから、きっと弱くて脆くて儚いの」


 例えば。

 例えば、気候が変わったら。同一遺伝子のこの桜並木は程なく消える事だろう。

 例えば、空路が絶たれたら。多くの人がこの地の事を諦めるだろう。

 例えば、嵐が続いたら。輸出輸入が減るのだろう。

 例えば――もしも。

 もしも、薬剤が尽きたなら。私は。

 私は。

 

 多分、私は、笑みを浮かべていただろう。

 白衣の主治医の怪訝そうな視線と合って。


「そして一緒に滅びるの」


 友好という儚い夢が空を覆い、空を舞う。


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友好の桜並木(拡張版) 森村直也 @hpjhal

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