カタリィ・ノヴェルは今日も筆が進まない

西藤有染

カタリィさんとバーグさん

 ボクの名前はカタリィ・ノヴェル。変なトリから押し付けられた能力のせいで、変わった仕事をしているけど、それ以外は至って普通の人間だ。最近、その仕事の影響で物書きを始めたのだが、これが中々上手くいかなくて困っている。


 元々、活字よりもマンガの方が好きだ。マンガは凄い。動きを全て絵で表現出来る。本の方が字だけで動きを表現している分凄いだろ何言ってんだこいつ、そういう意見もあるだろう。だが、マンガの凄い所は、作品と読者の齟齬が生まれない事だ。描いたそのままが読者に伝わる。活字だと、そうもいかない。作者のイメージを文章にして、その文章をまた読者の方でイメージに変えなければならない。言ってみれば、翻訳機を2度挟んでいるような状態だ。ネットで一度適当な文章をグー○ル翻訳に掛けて、もう一度元の言語に翻訳してみて欲しい。きっと酷い文章が出来上がる筈だ。活字で伝えるという事はそういう事なのだと思っている。

 そう言うと、「その齟齬を無くす為に作者は言葉を尽くしている」だとか、「上手い人なら1を書いて百を伝えられる」などと言う反論が出てくるだろう。だが、言葉を尽くした所で、伝わらない物もある。


 例えば、女の子の美しさを表現するとしよう。マンガであれば、それはたった一コマで済む。読者は、一瞬で、「この絵の様な美しい女の子がいる」という事を理解出来る。しかし、文章となると、そうもいかない。「美しい女の子」と言ったって、どんな容姿なのか、どれくらい美しいのか、全く分からない。そこで比喩やら表現やらが駆使される事になる訳だが、それが問題だ。「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」という表現がある。女性の美しさを喩えた有名な表現の1つだ。この文を読んで何が思い浮かぶだろうか。当然、美しい女性だろう。それは果たして、作者がイメージしたのと同じ女性だろうか。違う。結局、比喩を駆使した所で、読者が思い浮かべるのは、自分なりの美しい女性だ。それなら、「美しい女性」と書くのとなんら変わり無い。作者のイメージを全て伝えるには、もっと事細かに描写しなくてはならないのだ。たが、新たな人物が登場する度に、「身長は154cm、髪は肩の辺りまで伸びていて暗めの茶色、肌は健康的に日焼けしていて云々」などと書いていては冗長過ぎる。それはもはや小説では無く設定資料集だ。


 「そこに読者の想像の余地が生まれるから面白い」と言うが、それはつまり、百の文章を書いた所で、1も伝わっていない可能性もあるという事だ。作者側からしたら、自分が伝えたい物が伝わっているかどうか分からないというのは面白い事では無いだろう。「上手い人なら1書いて百伝えられる」と言う人もいるが、「あ」と書いたところで、驚きや気付き、悲しみや嬌声くらいしか伝えられないだろう。

 あ。


 めちゃくちゃ伝わるじゃん……!


 新たな気付きを得てしまったが、逆にそれはそれで解釈の幅が広がり過ぎて困り物だ。


 「そんな風にごちゃごちゃ抜かすなら物書きなんてやめてマンガでも読んでろ」と怒り出す人もいるだろう。実際、トリにはそうやって怒られた。しかし、ボクにはどうしても、物語を書かなければいけない理由があるのだ。


 ボクの仕事は、人の心の中にある物語を形にして届ける事だ。ボクの左目に宿る特殊能力「詠目ヨメ」は、見た人の心の中に宿る物語を自動的に文章に起こす事ができる。少し左目に力を入れて人間を見ると、手持ちのノートにその人の物語が記述されるのだ。その物語を、必要としている人に届けるのがボクの仕事だ。その仕事には、世界中の人々の心を救う究極の物語を見つけるという最終目標があるのだが、その手掛かりが、「ボクが自分で物語を書く事」らしい。


「とりあえず、『カクヨム』ってサイトを作ったから、そこに自分で物語を書いて投稿しておいて。そしたら多分、究極の物語の手掛かりが掴めるよ」

 

 そうトリが言っていた。本当かどうかは怪しいが、それ以外に手掛かりがあるわけでも無いので、素直に従った結果、こうして思い悩んだまま物語を1つも書けないままでいるのだ。だからまた今日も、彼女に助けを乞う事にする。


「助けてよ、バーグさぁん」

「こんにちはカタリィさん。また一文字も書かないでぶつくさと愚痴を呟いてるんですか?」


 彼女はリンドバーグ、通称「バーグさん」。カクヨムユーザーを支援してくれる高性能AIだ。見ての通り、口が悪い。


「登録から3年経つというのに、今までずっと下書きを開いては何も書かずに消して、ってずっと繰り返しているのはカタリィさんくらいですよ。もっと気楽に書いてみて良いんですよ」

「いや、でも、始め方とか、プロットとか、何を伝えたいかとか全然分からないし……」

「そんなの適当で良いんですよ。カタリィさんは考え込み過ぎなんです。頭を空っぽにして、とりあえず何か書いてみましょうよ」


 言われるがままにふと頭に浮かんだ言葉を書き出してみる。


 今日はいい天気だ。


「いい感じですね! カタリィさんの頭が空っぽになっているのがよく分かります! さあ、その調子で、はい次行きましょう!」


 いや、これは駄目だろう。迷わず削除する。


「ああ、なんで消しちゃうんですか! 今の文章は確実にカクヨム史に残る名文ですよ!」


 残るとしたら、確実に負の歴史の方だろう。どうせならもう少しかっこいい文章にしたい。


「じゃあ、カタリィさんがかっこいいと思う文章を書いてみてくださいよ」


 そう言われたので、少し考えてから書き出してみた。


 風が、吹き抜ける。


「良いじゃないですか! 短い文章なのに、不必要に読点をつけて強調してる所とか、結局さっきの書出しと本質的に変わっていない所とか、天気の話題しか出せない所とか、中二の厨ニ感満載でかっこいいですよ!」


 速攻で削除した。


「ああ、何でまた消しちゃうんですか! カクヨム史上最高の序章になり得たのに!」


 「史上最高」の後に「笑い物になる」がつく事になるからやめてほしい。


「もう、カタリィさんは我儘ですね。こんなにアドバイスをしているのに、序章すら書けないとは何事ですか」


 ならもう少し為になるアドバイスをして欲しい。後は文を書く度に煽ってくるのもやめて欲しい。


「そもそも、カタリィさんは何がしたくてカクヨムに登録したんですか。登録してから今まで、作品の投稿もしていなければ他の人の作品を読む事もしてないじゃないですか。カクもヨムもしてないなんて、カクヨムユーザー失格ですよ。何か、したい事があるから登録したんじゃないんですか?」


 したい事なんて特に無い。カクヨムの裏の創立者であるトリに言われるがままに登録しただけだ。強いて言うなら、「究極の物語」を見つける手掛かりを探したい、だろうか。


「あ、今、良い顔してましたよ。何か掴んだみたいな顔です。今なら何か書けるんじゃないんですか?」


 いや、何も掴んだつもりは無いのだが……。だけど、確かに、今なら何となく書けそうな気がしてきた。そうだ、「究極の物語」を探す旅に出る話を書こう。主人公は……めんどくさいから自分の名前で良いや。自分が今まで遭遇してきた出会いや出来事を基にしていけば、1つの物語になるのでは無いだろうか。今までが嘘だったかのように、アイデアが湧いてくる。早速、思うが

ままに書き出してみる。


● 

 ボクの名前はカタリィ・ノヴェル。変なトリからちょっと特殊な能力を押し付けられてるけど、それ以外は至って普通の人間だ。ボクは今、旅に出ている。


「良いですね! 自分の作品に自分を登場させるなんて中々出来ない事ですよ! あまつさえ主人公に据えて特殊能力まで加えるなんて、最高です! 間違いなくカクヨム史に残る作品になりますよ!」


 すぐさま削除した。


 カタリィ・ノヴェルは今日も筆が進まない。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カタリィ・ノヴェルは今日も筆が進まない 西藤有染 @Argentina_saito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ