物語は果てしなく

喜村嬉享

迷いの森の中で



「えっ……?迷いの森?」


 カタリは思わず聞き返した。



 カタリこと『カタリィ・ノベル』は、人々の中の物語を書き記し必要とする誰かに届ける仕事をしている。

 フクロウに似たトリに与えられた瞳で心の物語を読み解くことが出来るカタリは、より多くの人々に物語を届ける役割を背負っているのだ。


 負っている等というと大層に聞こえるが、カタリはその役割を気に入っている。だから旅も苦痛ではない。



 そんなカタリが物語を届けた先の定食屋──店主は感謝の印に食事を振る舞っている。その最中の会話が『迷いの森』だ。


「何だい、迷いの森って?」


 カタリの問い掛けに答えたのは定食屋のおかみさんだった。


「この辺では昔から『迷いの森』っていう言い伝えがあるんだよ。ここから東にある森には探し物をしている人間が迷いこむ……そんな場所があるのさ。アンタ、東に向かうんだろ?」

「うん。まぁ、西から来たからね……。でも、噂でしょ?」

「確かにそうだけど、一応ね?神隠しとか行方知れずとかアタシも聞いたことがあるからさ……」

「わかった。気を付けるよ。ありがと、オバチャン」


 カタリは牛乳を一気に飲み干し席を立つ。


「ごちそうさま、オジちゃん!美味かったよ!」

「おう!こっちこそアリガトな!」

「じゃあね!」


 定食屋を出たカタリは鞄から地図を取り出す。方向音痴気味のカタリだが、道は真っ直ぐ一本に伸びているのだ。迷うことはない。



 この街の物語は既に幾つか集めた。それ以上は『詠目』で見えないならまたの機会ということなのだろう。


 空を見上げるとフクロウが飛んでいる。いや……あれは……。


「トリかな。東に行けってことで良いのかな」


 予定通り東……。カタリは腹ごなしを兼ねて走り始めた。



 しばらくは交易路が続く。時折出逢う人からも物語を届けたり書き溜めたりとあるので、案外時間が掛かる。それでもカタリの旅は順調だった。


 しかし、その日……。カタリはフラフラと飛翔するトリの姿を見掛ける。


「何やってんだ、アイツ?」


 カタリと付かず離れずの位置を飛翔するトリ──。少し気になったカタリはその後を追った。


 と……交易路を逸れ森の中へと消えるトリの姿。カタリは深く考えず森の中へ……。

 しばらくは梢の隙間に見えたトリはいつの間にか見えなくなっていた……。


「………やっちゃった」


 森の中で立ち尽くすカタリは地図を取り出すものの意味がないと気付く。目印も太陽も見えない。これが迷いの森でなくても迷った自覚があった。


「え~っと……まぁ、とにかく進もう」


 川のせせらぎらしきものを頼りに進むも、水辺は見当たらない。その内に森は霧に包まれる。

 それでもカタリが森を進むと、霧の中を低く飛ぶ鳥の影が……。


「居た!あれを追えば……」


 引き離されないよう駆け出したカタリは、やがで小さな小屋を見付けた。

 丸太で造った小屋の外では斧で薪を割る老人が……。


 助かった──カタリは老人の元に駆け寄った。


「お~い!お爺さん!」

「………。こりゃ珍しいな。ボウズ、どこから来た?」

「西の街から来たんだけど迷っちゃって……でも、助かったよ」

「助かった?」

「お爺さんなら道知ってるでしょ?」

「…………」

「えっ?まさか……」

「ボウズ……ここは迷いの森だ。街で聞かんかったか?」

「嘘っ!おじいさん居るのに?」

「……。まぁ少し休め。話でもしようか」


 老人は自らをガドと名乗った。


 その昔……西の街に住んでいたガドは、遠方に住む息子夫婦と連絡が取れなくなり会いに行ったのだという。


「結局見付からんでな……当時は戦争で行き来も儘ならなかった。そこで儂は『迷いの森』にあるという泉を思い出してな……」

「泉……?」

「探し物がある者を捕らえる迷いの森には、探し物を映す泉があると言われていた。それを覗けば無事が判ると考えて自分から森に来た」

「それで……見付かったの?」

「ああ。ず~っと遠い異国に……だから儂は此処で時折泉を覗いていた。どうせ独り身だ」


 妻は産後の経過が悪く他界している。それから息子を親一人で育てたというガド。会えぬならせめて見守ろうと迷いの森で暮らしているという。


「だから出口は知らん。済まんな」

「仕方無いよ」

「だが、泉に行けば何か判るかも知れん。行ってみると良い」


 ガドが指差した先に向かったカタリ。泉はすぐに見付かった。

 森の泉は透き通って底が見える澄んだもの。


「これを覗くと探し物が見えるのか?俺の探し物は……やっぱり物語かな?」


 カタリが泉を覗くと『詠目』が疼く。同時に映ったのは見たこともない姿の女の子……。


『あら?どなたですか?』


 語り掛けてくる女の子はカタリ気付いている。


「俺が見えるの?」

『はい。あなたはどなた?』

「俺はカタリ。詠み人だよ」

『私はリンドバーグ。物書きさんのお手伝いをする支援AIです。バーグとお呼びください』

「AI……?」

『詠み人……?』


 その後互いの話をした二人は意気投合。物語について語り合った。


「それにしても、何でバーグさんに繋がったのかな……。もしかして……」


 『詠目』を使ってバーグさんを見れば物語を伝えるべき相手だと判った。


「いつもなら勝手に判るのに……やっぱり泉越しだからかな?ま、いいか」


 鞄から取り出した物語をバーグさんに向ける。それは、ある作家が創作に打ち込む物語。苦悩や解決策、作家の心構えなどが物語仕立てで描写されている。


『凄いです!とても参考になります!』

「それは良かった……。それで、バーグさんの物語も見て良いかな?」

『お役に立つなら是非に!』


 泉を通して読んだバーグさんの物語は、人形が心を持つという物語……。この物語も誰かが待っているのだろう。


 その後、しばらく物語について意見交換した二人。やがて泉は役割を終えたのか、バーグさんの姿が消え始めた。


『これでお別れでしょうか?』

「多分、また会えるよ。物語の世界は繋がってるって分かったし」

『そうですね。その時はまた……』

「またね、バーグさん」


 そして泉は透き通ったもとの姿に戻る。


 水面にはトリが羽ばたき旋回する姿が反射していた。

 霧は既に晴れ空は茜色に染まっている……。いつの間にかそんなにも時間が経っていたらしい。


「……。今日はおじいさんに頼んで止まらせて貰おう。森から出られるかは……明日確かめようか」


 丸太小屋まで戻ったカタリの申し出を、ガドは快く受け入れてくれた。



 夜──ランプの灯りの元で語り合うカタリとガド。カタリは『詠目』に反応があったことをガドに伝える。


「お爺さんも物語を受け取る人だったみたいだ。読んでくれる?」

「儂にか?しかし、今更儂が読む意味があるのか……?」

「?……今まで物語を読んだ人は皆、ちゃんと意味があったと思う。多分、お爺さんにも……」

「分かった」

「その前に……お爺さんの物語を見ても良い?」

「………。そうだな。その為にお前さんと出会ったのかも知れん」


 ガドの物語は不器用な職人の物語だった……。男手一つで育てた息子と喧嘩別れをして、遥か後に仲直りし息子夫婦や孫と幸せに暮らす……まるでガドの人生を写したような、そんな物語──。


「……ハッハッハ。物語まで不器用か。儂らしい」

「でも……素敵な話だよ」

「ありがとうよ……で、儂の読むべきはどんな話なんだ?」

「はい……コレを」


 鞄から取り出した物語は小さな女の子の冒険。


「童話の様だが……」

「大丈夫。読めばわかるさ」



 父から聞いた祖父の存在を知り、父の故郷へと旅する女の子。彼女はやがて成長し、祖父の居ただろう街にて恋に落ち結婚した。


 やがて祖父とのを再会を果たし両親を呼び寄せ共に暮らす……そんな優しい物語……。


「………。これは……」

「西の街で読み解いた話だよ。お爺さんの話に少し似てるね」

「そう……だな。……。済まないが、これを貰って良いか?」

「これはお爺さんの心を救う為の物語。だから遠慮しないで良いよ」

「ありがとうよ。さぁ……もう寝ろ。明日は儂も出口を探そう」

「ありがとう。おやすみ、お爺さん」


 静かな夜が更ける中、ガドが鼻を啜るのが聴こえたがカタリは何も言わなかった。



 翌朝は霧もない快晴。小屋の外にはトリが待っていた。


「何だよ……。やっぱりお前が連れてきたんだな?」

「………」


 無言で飛び立つトリ……カタリとガドはその後をゆっくり追う。

 やがて二人は森の切れ間に辿り着いた。


「………割とあっさり出られたね」

「そうだな」

「さて……じゃあ俺、行くよ。きっとお爺さんの物語を待ってる人もい………」


 カタリが振り返れば、ガドの姿が光っている。


「お、お爺さん!」

「ありがとうな、ボウズ。儂はあの物語のお陰で森から出られた」

「え……?」

「一目で分かったよ。ありゃあ孫の心の物語だ。孫が儂の心を救ってくれたんだなぁ」

「お爺さん……」


 ガドに手渡した物語の主は老婆だった。それはつまり……。


「儂は森に長く居すぎた。もう会えぬならせめてずっと見ていようと……。だが、ようやく森を出られる。探し物は見付かった」


 ガドは物語の紙を大事に抱えている。


「ボウズ……本当にありがとうよ。これで儂も家族の元に……」


 ガドは幸せそうな顔で光になり消えた……。



 物語の紙が舞い上がる中を、『ありがとう』の言葉が何度も響いている……。



「……じゃあね、お爺さん。またいつか、どこかの物語で」


 その時……舞い降りたトリがカタリの頭に止まる。


「トリ……わざとここに連れてきたな?」

『物語がここで迷っていたからのぅ……。だが、これで良い』

「………そうだな」


 物語は果てし無い可能性を持つ。心を救う物語・『至高の一篇』にもいつか出会える筈……。



「さて……行こうか。次の物語の為に!」


 そしてカタリは旅を続ける……。果てし無い、物語同士を繋ぐ旅を……。




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