大賢者と後継者たち

一花カナウ・ただふみ@2/28新作配信

大賢者と後継者たち

 ペンが走り出す。数百年以上昔からかけられていた継承者を示す魔法。俺はそれを見て《そのとき》が近いことを察した。

 まだまだ若いと思っていたが、人間の身体というものは案外ともろい。俺自身もたくさんの人間の最後を看取ってきた。見送った人数がすでに数えきれなくなっていることを思い返し、それが自身の生きてきた時間を物語っていることに気づく。

 雑記帳のページをめくり、そこに書かれた自分の名前を指先でなぞる。ついこの前だったようでも、色褪せたページを見ると過ぎ去った年月を感じずにはいられなかった。


「後継者か……」


 新しいページに書かれたまだ見ぬ名前に、俺は最後の仕事の準備をせねばと胸に刻んだ。



 *****



 仕事が忙しすぎて、日々の雑務をこなすだけで一日が終わってしまう。だから、時間ができ次第に師匠の墓参りに行くようになった。予定を決めてしまうと、必ずそれが変更になったり中止になったりするので、苛立ちが募るからだ。


「――そろそろそちらに行く時期が来たようです」


 職場から数日で訪ねることが可能な《世界の果て》と呼ばれる地域に俺の師匠は眠っている。正確には、その地域と人間界を隔てるように生えている魔養樹の中だ。

 あの人は、任務に失敗して魔養樹に取り込まれてしまった。

 いや、もっと正確に表現するなら、俺の代わりに魔養樹の餌食になってしまった。


『――おめでとう。これで君は念願の大賢者だ』


 あの人の最期の言葉が蘇る。

 俺は西の大賢者と呼ばれていた男を殺した。成果を急ぐばかりに、過ちを犯した。

 あの人は、困ったような顔をして――でも、笑っていた。俺の都合のいいように記憶を改竄しているのかもしれない。

 だとしても。

 俺に助けを求めなかったし、最期まで俺の心配をしていた。それだけは、確かだ。


「俺にも、あなたの気持ちがわかる日が来るのでしょうか?」


 先代の西の大賢者様の遺志を受け継ぎ、俺はたくさんいた弟子たちの面倒をみるようになった。しかし、それは真似事でしかなくて、どうにもあの日のあの人のような言葉を誰かにかけようなどとは思えなかった。そんな日が訪れることさえ想像ができない。

 自分の生に執着しないことを理由に大賢者と呼ばれているわけではないだろうに。

 自分の身をていしてまで誰かを守り、恨むことなく消えていくことなどできようか。


「今いる弟子たちに後継者がいないということが、ある意味では真理なんでしょうね」


 俺が皮肉って笑うと、巨大な魔養樹の枝がざわざわと揺れた。


「さてと。もう帰ります。弟子たちが探しにくるといけない」


 ゴツゴツとした魔養樹の肌を撫でながら別れを告げると、そこから光の塊がにゅるりと出てきた。驚いていると光の塊は真っ白なフクロウに変わって羽ばたく。


「お、おい⁉︎」


 数回羽ばたいたかと思えばふわりと飛び上がり、光の軌跡を残してどこかに行ってしまう。


「フクロウ……だったよな?」


 西の大賢者の発祥には白いフクロウがかかわっている。そのことを思い出して、俺はフクロウのあとを追った。



 *****



 死の直前にはこれまでの人生が急激に蘇ってくるものらしいが、俺に限って言えば、自分が犯した過ちと彼を拾った日のことが強烈に印象に残っているらしく、それ以外が霞んでいた。


 ――全て繋がっているんだろうな……


 達成感があった。これでいいのだと思えた。


「大賢者様……」


 滅多に涙を見せない彼が泣いている。俺は笑った。


「巣立ちの時期が来たんだ。おめでとう、アウル」

「嫌だ。置いていくなよ」


 治癒魔法が展開されているが、間に合わないのだろう。きっと、それでいい。


「生きなさい。お前は生きるんだ」


 生に執着しがちだった俺の、その愛弟子が死にたがりの賢者だなんて笑えてしまう。最近は死への執着は消えたように見えたが、俺がいなくなったらどうなるんだろう。


 ――最後の贈り物を受け取れば、気が変わると思うが……


「……ありがとう」


 今さら師匠の気持ちがわかったような気がしたところで、俺は意識を手放す――


《完》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大賢者と後継者たち 一花カナウ・ただふみ@2/28新作配信 @tadafumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ