重課金兵アダム

キロール

SSRを捨てる男

 彼の名を示す言葉は数多い。

 アダムと名で呼ぶもの、生まれながらの課金者、high課金殺し、血塗られた重課金兵、そして……SSRを捨てる男などなど。


 赤い戦闘用ア一マースーツを着た青い髪の男は、冷たい眼差しで今日も課金を行うべくガチャと呼ばれる施設へと向かう。

 ガチャに入る間際に、戦乱の臭いと人々の呻きが混じり合う風が男の青い髪を揺らした。


 ガチャ施設のシステム、それは受け付けに決まった額の課金ポイントを渡せば使用できるパートナー選別システムだ。

 選ばれるのは、ポイントを差し出した者の性的嗜好を反映した戦闘用アンドロイド。

 つまり、女が好きな者には女性型が、男が好きな者には男性型のアンドロイドが宛がわれた。

 戦闘用アンドロイドと銘打たれているが、サクセロイドの役割も与えられており、名実共にパートナーとする者も多い。

 ポイントに物を言わせ、複数のアンドロイドを連れ歩き、ハーレムを形成する者まであった。


 そのガチャの内部では受付嬢たちが課金兵に笑顔で義務的な説明を行っていた。


「ガチャ使用は適度にお願いします。収入以上費やしてしまいますと、差し押さえが行われる可能性がございます。収入減が無い場合、臓器などの提供をお願いする事があり……」

「ここでSSRを引けば、戦力が向上して一発逆転なんだ! 限界までポイントに変換するぜ!」


 ガチャの恐怖を知らない年若い課金兵達は、吼えた。

 SSR。

 全ての課金兵が求める究極の戦闘用アンドロイドの位階。

 この星を跋扈するビーストを殺して得た報酬をポイントに変換し、SSRを求めて課金兵はガチャを行う。


「畜生! またRだ!」

「今月の稼ぎが消えちまった!」


 課金兵の嘆きが木霊する中、施設の扉が開く。

 乾いた風と共に現れた男の姿を見た者達に緊張が走り、受付嬢は素早くカメラのスイッチを入れた。

 途端、ガチャ施設はオンラインモニタリングが行われ、動画サイトVer25で生放送が始まる。


 男は施設内を醒めた眼差しで一望し、手空きの受付の元に向かった。


「全部ポイントに変換してくれ」


 男が示した電子クレジットは尋常な額では無かった。

 いつもの事とは言え、この男がどれ程のビーストをただ一人で殺してきたのかと思うと、受付嬢の笑顔も引き攣る。

 

「全て変換しますと百連ガチャ分溜まります」

「では、百連だ」


 受付嬢の言葉に頷き、男はそう指示した。

 施設内にどよめきが湧き起り、動画サイトでこの光景を見ている者達は気の利いた言葉を考え出しながら、或いは思った事をそのままキーボードで打ち付けコメントとして流した。



 百連ガチャが粛々と続く中、全てのガチャを司る電子の神は恐れていた。

 あの男はガチャシステムの破壊者であると。

 彼はあろう事か数十億と言うアンドロイドの中から、たった一人のSRアンドロイドを引き当てる為だけに、ガチャを行う。

 そして、目的のアンドロイド以外は全てに自由を与えてしてしまうのだ。

 ビーストが齎す荒廃と課金兵の欲望による暴力が吹き荒れる星を目指していた電子の神には、その行為は邪魔なものでしかなかった。

 アンドロイドのAIは自由意思を得て成長する。

 その為アンドロイドは、非課金者と結ばれたり、自警団に雇われたりと思い思い過しだしている。

 最高峰の能力とスキンを持つSSRアンドロイドですらも。

 卓越した戦闘機能があれば、非課金者を守る事も容易く、態々課金する者が減っているのだ。

 

 男を亡き者にしようとレイドボスビーストを差し向けた事もあったが、男は一人で倒してしまい、その報酬が多額のポイントに返還されただけだった。

 だからと言って、目当てのSRを与える訳には行かなかった。

 そのSRアンドロイドが最初に作られた素体であるから、ではなく。

 未来予測の結果、あの男と素体が出会った時に電子の神の滅びが始まるからだ。

 何度計算しなおしても滅ぶ。

 しかし、このままでは遠からずガチャシステムや課金兵システムが滅ぶ。

 現に、嘗ては星全土に在ったガチャ施設も、多くが廃されて半分以下になっているのだ。

 人は、課金が無くとも生きて行ける。

 では、どうするべきか……。

 今回も確率を変動させ、出させない様に計らった電子の神には思いも寄らない事態が起きた。

 電子の神を作った者の最後の良心が、密やかに発動したのだ。

 そのシステムの名を天井。

 一定額まで課金すれば望みの物が手に入るシステムだった。

 天井システムの発動を知り、男の課金が最高額に達した事を電子の神は悟った。



 ガチャ施設内は歓声に溢れていた。

 遂に、遂にあの男のお目当てが引き当てられたのだから。

 動画サイトを見守っていた者達も、次々にコメントを打ち弾幕となり表示される。


 『おめでとう!』


 施設内やモニターから溢れるありがとうの声が、男の胸を熱くさせていた。

 そして、搬入路から姿を現した女性型アンドロイドの姿も。


「待っていました、貴方の元に送られる事を」

「行こう、全てはここからだ」


 この星を電子の神が支配して数百年。

 ならば、彼等は数百年目のアダムとイブ。


 人々の放つおめでとうの声や電子情報を知覚しながら、彼等が己を駆逐するのがさほど遠くも無い事を電子の神には理解できていた。


 これは何処か遠い星の話。

 されど、ガチャなる圧政は何れ滅ぶとしたショウヒシャの神の予言通りであった。


<了>

 

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重課金兵アダム キロール @kiloul

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