セキセイインコと私

たちばな立花

第1話

「オメデトウ」


 君は鳴く。


 おめでたくても、おめでたくなくても。


 何なら、私が帰ってきた時も。


「ただいま」

「オメデトウ」


 そういう時は「おかえり」だと何度教えても、覚えてはくれない。


 物の一つ覚えに「オメデトウ」を繰り返す君を、嫌いになったこともある。それでも君を手放せなかったのは、君が「オメデトウ」と言ってくれるからだ。


「今日ね」

「オメデトウ」


 全然会話になってない。まあ、仕方ないか。


「会社でさ、前の会社の上司に会ったの」

「オメデトウ」


 うん、ありがとう。


「その上司がね。あの人のこと覚えててくれて」

「オメデトウ」


「少し盛り上がっちゃった」

「オメデトウ」


 長く話したかったけど、会議が入ってて駄目だった。「オメデトウ」しか言わない君以外の、彼を知る人と久しぶりに会えたというのに。


「線香あげに来てくれた時はちゃんとお礼言えなかったから、会えて良かった」

「オメデトウ」


 冷えたビールを口に含んだ。風呂に入る前に濡れたキッチンペーパーでくるんで冷蔵に入れておく。お風呂から出た頃にはキンキンに冷えているのだ。


 これは確か彼から教えて貰った裏技。ビールを冷やし忘れて絶望していた時に、したり顔で教えてくれた。


「もう三年だよ」

「オメデトウ」


 そこはね。おめでとうじゃないんだな。


「三年なんてあっという間」

「オメデトウ」


「本当は引っ越したいの。でも駄目。思い出があり過ぎる」

「オメデトウ」


「家賃の更新高いんだよ?」

「オメデトウ」


 君は良いね。私に「オメデトウ」というだけで生きていられるんだから。いや、籠の中が最高かと言われたら分からないか。


 彼が亡くなって三年。君との生活は五年だ。黄色が綺麗だと彼が選んだ君は、五年経った今も「オメデトウ」と言う。


 私の誕生日のために仕込んだ「オメデトウ」以外話さないセキセイインコ。君は今日も「オメデトウ」を繰り返す。


 彼もよくおめでとうを言う人だった。


 彼を思い出すから君のことが苦手だった頃もあった。特に彼がこの家から消えてしまった頃は酷かったと思う。


「明日はさ、結婚記念日なんだ」

「オメデトウ」

「ありがとう」


「最近は命日ばかりで、記念日はお祝いしてなかったな」

「オメデトウ、オメデトウ」


 ビールの最後の一滴は、やっぱり苦い。美味しいかと言われると、美味しいような気もするし、気のせいのような気もする。それでも彼と付き合いで飲んでいたいっぱいはやめられない。


「明日はケーキでも買ってくるかな〜」

「オメデトウ」


 君はきっと明日も「オメデトウ」と言うだろう。君がいる限り思い出す。彼のはにかんだ笑顔と「おめでとう」。


 私の大切な思い出達を。


「明日はケーキと一緒にビール二つ買ってこないと」

「オメデトウ、オメデトウ」


 君は鳴く。


 彼の仕込んだ「オメデトウ」だけをずっと。君がいる限り、彼の存在を感じることができる。


 帰ってくると君がいる。それがどんなに支えになっているだろう。


 セキセイインコと私では大き過ぎる家からはまだ当分引っ越すことはできそうにない。







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セキセイインコと私 たちばな立花 @tachi87rk

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