おめでとう
ちかえ
「おめでとう」ってどういうこと?
「おめでとう、ミランダ!」
玄関に出迎えて来てくれた夫は開口一番にそう言った。
「……何が?」
実家に用事があって出かけて帰ってきただけなのに、いきなりそんな事を言われてもわけが分からない。何か予言でもあったのだろうか。
私の夫は魔術師の中では希少な『まじない師』の素質を持っている。よくは知らないが、一族に関しての予言をしたり、出産の手助けしたり、時には探し物をしたりするらしい。
そんな事を考えているうちに夫は何故か私を抱きしめキスを始めた。私にはやっぱりわけが分からない。
「サンダー? 一体、どうしたの?」
「分からない?」
「分からない」
私が素直にそう答えると、夫は意味ありげな笑みを浮かべる。私にはその『意味』が分からない。
「食事が出来ているよ。食べよう」
あっさりとそう言って私から手を離す。でもその表情はまだ多少緩んでいるように見えた。
そうして連れて来られた食卓で私は目を丸くした。
そこにあったのはごちそうだった。
ポタージュに始まり、生ハムを巻いた梨の前菜、魚介たっぷりのオムレツに、メインは鳥の丸焼き。そしてパンまでがいつものものとは違う上等なものだった。
こんな豪華な夕食は、新年やお互いの誕生日くらいしかお目にかかった事がない。
ぽかんとする私に夫はくつくつと笑っている。
「冷めるから食べよう」
冷ます気もないくせに、と心の中で言う。彼なら間違いなく保温保冷と保存の魔術でもかけているだろう。
料理は申し分なく美味しかった。いつも私が作っている食事より美味しいくらいだ。
それにしても夫の様子がおかしい。いつもは私も飲み物やいろんなものの用意はしているのに、今日は私は何もしていない。全部夫がやってしまったのだ。
「ミランダはゆっくり座っていなさい」
何かをしようと立ち上がるとすぐにそう言って引き留める。なので、私は美味しいごちそうをぱくぱく食べるしかやる事がなくなってしまった。
「そうそう。食後にはアドニアさんの所のお菓子屋で買ったケーキがあるからね」
「アドニアさんのケーキ!?」
「うん。今朝、注文して作ってもらったんだ」
「今朝!?」
私はつい夫の言葉を繰り返すだけになってしまった。
夫が『興奮しちゃ駄目』と言っているが、興奮せずにはいられない。
アドニア菓子店はこの地帯で一番有名なお菓子屋さんだ。でも、完全予約制で、なかなか手に入るものではない。彼女のお菓子は魔術を使っていない完全お手製で、なのに味は魔術を使って作ったものよりずっと美味しいという。私も一生に一度くらいは食べてみたいと思っていた。
「ほら、急にお祝いする事ってあるじゃない。アドニアさんはそれを分かってるみたいで、三個限定で当日予約の枠を作っているそうなんだよ」
どういう事だろう。私が首をかしげると、夫は笑う。
「ほら、仕事で何か成功したとか、上流階級の人が他の国に留学するとか、……今朝、妻の妊娠に気づいたとか」
そう言って、私の方を見てにっこりと笑う。いや、どこか得意そうに見える。
今、夫は何て言ったのだろうか。聞こえているのだが、まだ現実的ではない。それはまだ『言葉』だった。
「……え?」
「だから君のお腹に子供がいるんだよ。僕とミランダの子が」
出産の手伝いに関する魔術が得意なまじない師だからこそ気づいたのだという。
そう考えると、今日は変だった。いつもの実家の用事だったら普通に歩いて行っている。なのに、今日に限って何故か魔術転移で移動させられたのだ。実家から帰るときもそうだったのは夫が親にも報告したからだろうか。
「改めて、おめでとう。いや、ありがとう、かな?」
「えっと、私こそ、ありがとう」
それだけしか私の口からは出て来ない。
夫によると、まだ二ヶ月に入ったばかりくらいだそうだ。だったらどうなるか分からない。
そう一瞬だけ考えたのに気づいたのだろう。苦笑をされる。
「僕を何だと思ってるんだ。診察は徹底するし、きちんとサポートもする。ミランダは何も心配しなくていいんだよ」
そう言われると何も言えない。私は一つだけうなずいた。
でも、その言葉だけで安心してしまっている自分がいた。
おめでとう ちかえ @ChikaeK
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます