第五話 「結末はハッピーエンドで」

 抱き抱えられているのは、わかった。

 耳元の近くで激しくなるこの心音が、誰のものかもわかった。


 ──ああ。よかった。


 生きてた。と。

 幼い頃からずっと連れ添い続けてきた男が、無事なことにひとつ安堵する。


 勝ったんだ、ちゃんと。


 つまりは血色のアインとあの金髪男を、ひとまずは撃退できたという所か。


「──自分で、はし、る……よ」


 絞り出すように声を出す、貫くような痛みが全身を襲い、刻まれた呪縛が私を壊そうとする。


「だめ」


 たった一言、彼はそう返して、より一層強く走り始めた。


 ──いつだって守ってきたのは私なのに。


 助けられるのは、いつだって私だ、と。

 少しだけ笑った。







 列車は貨物と人を、隣の国へと運んでいく。


 駅舎の近く、人目があまりない所で

 チェルシーをそっと地面に降ろした。


 ──若干まだふらついてるな。


 強がってフードの下で笑うチェルシーの背中を支えながらそう思う。

 はやくゆっくり休ませてあげたい、

 安心させてあげたい。


 焦る気持ちよりも、ふらついた彼女の足取りに意識を向けながら、僕はそっと駅舎へと向かった。




 二人分の料金を駅長に手渡し、

 貨物の積まれた列車に乗り込む。

 ──この国とももうさよならだ。


 バカみたいな不自由も、忌々しい一族からの呪縛も、全てなくなる。


 そっと、貨物の入った木箱に寄りかからせるようにしてチェルシーを座らせた、

 考えなきゃならないことや、不安なことは沢山あるが──僕らはもう踏み出したのだ、止まることは出来ない。


 そう、止まることは、出来ない。


 ──隣の国までの約半日が、酷く長く感じられた。






 ──私達はとある一族に生まれ、とある使命を持って生きていた。

 その使命とは悪人を裁くことなのか、魔物を倒すことなのか、人類を守ることなのか。

 何も教えられないまま、ただ「使命」だからとたくさんの命を奪った。


 ただ命令に従い殺すこと。

 それのみが私に求められたすべて。


 私達は生きることの出来る時間が短い代わりに、己を表す色と力、そして空間と空間を繋ぐ特性を持った「ローブ」を扱うことが出来た。


 それは一族の証、それは一族の呪縛。


 そのローブを被った日から、私は私ではなく、一族の所有物となった。


 そうなるために生まれてきたのだから、

 なんの疑問もない、


 そのはずだった──けど。


 一族の、とある男の子を好きになった。


 一族の中で優先されるのは「女」のみ、

 なぜなら女しかローブを扱えないから。


 一族に生まれた男は格闘術をしこまれ、

 私達を使う必要も無い弱い魔物や盗賊を殺すために鍛えられる。



 その男の子は私と同い年だったけど、

 私と男の子の扱いはとても違った、男の子が貧相なご飯で育つ間、私はちゃんとまともなものを与えられて育った。


 15歳のとき、体の成長がとまった。


 私達は10歳で自分のローブを被り、15歳で成長しなくなって、残り10年から20年の間で死亡するように調整されている。


 だから別段珍しい事じゃなかったし、

 驚きもあまりしなかった。

 その頃には、ローブがもたらす一族の呪縛によって、

 声を出す度に激痛が走るようになり、彼とおしゃべりが出来ないのが悲しかった。


 そんな私とは違い、大好きな彼はぐんぐん成長して。

 私より貧相なものをたべているはずなのに、

 あっという間に私より大きくなって、

 ちょっとだけ悔しかったのを覚えている。


 その頃にはたくさんのものを殺していた。

 人も動物も魔物も。全部殺し慣れていた。


 私達が成人した頃、彼と私の間には、

 子どもと大人ほどの体格差があったけれど

 それでも彼のことが好きだったし、

 彼もずっと変わらず私に接してくれていた。



 でも、でも──


 大人になればなるほど、殺す回数は増えて、

 大人になればなるほど、呪縛は強くなっていった。


 周りよりも力の扱いに長けていた私は、

 何度も何度も調整を繰り返され、拷問のような呪縛にがんじがらめにされた。


 精神の壊れた、ただ命令に従う機械のようになった友達を何人も見て、

 私もいずれそうなるのだと怯えた。


 私が私でなくなったら、

 彼を好きな気持ちも全部なくなってしまう。


 それが辛くて、辛くて。



「この国から逃げよう」


 彼にそう言われた時、心臓が止まるかと思った。


 一族の長には逆らえない私たち。

 一族を裏切ることは出来ない私たち。


 それなのに彼は、私の瞳を見て言ったのだ。



 ふたりで、自由になろうと。


 だから──だから。


 いつか近いうちに死んでしまうとしても、

 最後まで彼を大好きな私でいたくて、

 私は彼の手を取ったのだ。





 ***





 ──長い夢を見ていた。


 揺れる列車のなか、ふと目覚める。

 木箱に寄りかかるようにして眠っていた。

 隣には知っている気配──もちろん彼だ。


 太ももの上で重なった手と手があたたかい。

 ──彼が私をどう思っているかは知らないけれど。

 私は変わらず彼のことが一番──。


「いちばん、すき」


 掠れた声で、痛みに耐えながらそう言うと、

 ぽすんと頭に頭がぶつかってきた。


「僕も、好きだよ」


 ふわっ、と、頬が赤くなる、

 ──なんとも思ってない女を連れて逃げようとするわけないと思ってたから、

 気付いていなかったわけではないけれど、

 さすがにいざちゃんと言われると恥ずかしいもの。


 伺うように彼を見れば、彼もまた私を伺っていて──ちょっと、胸が苦しくなる。



 彼のことでいっぱいな頭の中──



 鋭い聴覚が、を捉えた。


 かつん、かつん、と、

 列車の上を、なにか、いや、誰かが──


 反射的に彼を守るように覆い被さると同時、

 列車の屋根に大穴が空いた。


 ぼろぼろと崩れる木からローブで彼を守り、振り返る。



 列車の屋根を突き破り侵入してきたのは、

 案の定──血色のアインだった。


 鋼色の義手は血にまみれている

 ──ご主人様の手当でもしたのだろう。



「よくも、やった、な」


 痛みを堪えて、残された理性で紡がれただろうアインの声に。


「そっち、こそ」


 そう返して、ニヤリと笑った。







 ***



 ガンッと、木と鉄で出来た列車の屋根を、

 雨色と血色が走り抜ける。



 この異常事態でも止まらない列車──いや、

 止められないのか。


 私たち一族の異常性を、

 ただの人間達はよく理解しているようだ。


 宙を裂くワイヤーを交わし、

 拳で華奢な体を殴り飛ばす。


 アインも負けじと血色を翻し応戦してきた。


 ──アインのローブに宿る能力は、高度な「治癒」能力である。


 故に血色のアインは倒れにくくタフで、

 ワイヤーなどで自分の体を使った無理な動きをしても、傷ついた体は瞬間的に癒えてしまう。


 だから止まらないし、倒れない。


 雨色が絶対に破れないなら、

 血色は絶対に止まらないのだ。


 攻撃は全て受け流し、ワイヤーをかわしてアインの体を殴り蹴る。


 アインは華奢な体をしなやかに動かし、

 宙を飛びながらこちらに向かってくる。


 少し回復したとはいえ、だるさの残る体。

 長引けばまた押し負けてしまう。


 だから、強く踏み込んだ。

 間合いは開けずに、前へ前へ。


 細身の剣が、拳を受け止めてミシミシと唸る。

 ぎっと歯を食いしばったアインを、殴り潰すべく前に進んだ。


 殴り、倒し、私が勝つ。

 至ってシンプルで気持ちがいい。


 私は負けない。絶対に負けない──


「チェルシー!!!」


 ふと、呼びかけに弾かれて顔を上げた、

 血色のアインの肩越し、二つ車両を挟んだ先に、列車の接続部分から登ってきたであろう彼の姿。


「もうすこしで国境を越える!!!それまで頑張って!!!」



 国境。

 それを越えて、国を出れば。


 私は自由になる。

 力は失うけれど、何もかもから解放される。


 なら──。


 ぐっと、体を全力で押した。

 アインの足が滑り、煽ってくる風に揺れる。


「────ッ!!!」


 唸るような音を漏らし、アインは私を睨みつけた。


 国境を越えればアインも力を使えなくなる

 ──つまり。

 耐え切れば、勝てる。


 そして耐えるのは私の専売特許。


 ギリギリと滑る足、突き進む拳。

 ──落ちろ、さあ落ちろ。


 雨色のローブが翻り、最後の力のブーストが拳に乗る。


「う────ああああああ……ッ!!!」


 痛い、痛いけど、その痛みすら今は力に変えられる。


 無意識のうちにセーブしていた力の箍が全て外れた。


 ローブが端から解けるように雨になり、

 雨粒ひとつひとつが鋭利な槍となってアインを貫きにかかる。


 義手から放たれたワイヤーが生き物のようにうなり、

 雨粒の槍をたたき落とすが、


 その間にも私の拳は突き進んでいる。


 雨の色をした髪が風に揺れて、

 私はこの力を使った最後の一撃を、全身全霊をもって振るうために、前へ。



「──う、あああッ!!!」


 車両の端まで追い詰められ、止まらぬ拳の前にアインが叫んだ。


 生み出され続ける雨色の槍は、ワイヤーに相殺され続けるが──ちょうどいい、ワイヤーでこちらを狙うことはもう出来なくなった。


 命令に忠実な機械と成り果てたアインは、

 自由を求める拳を前に動けない。


 ──だから。


 国と国の境を、列車は越えていき、同時に。


 雨粒の槍の雨と、全身全霊をもった拳の一撃を受け、血色の体は宙を舞った。





 列車はトンネルへと飲まれ、

 違う国の中心部へと進んでいく。



 大雨のように、全身を包んでいたローブが溶けて消え、そこには水色の髪の少女が座り込んでいた。



「チェルシー!!」


 何気に高い身体能力で、列車の屋根の上を進んできたに後ろから抱きすくめられ、私──チェルシーは柔らかく笑う。



「えへへ」


 痛みも、何も無かった。

 ただ、ひとりのチェルシーがそこにいた。


「勝ったよ」


 うん、と頷く彼に、チェルシーは満面の笑みを返す。



 すると。



 カツン、と、列車の屋根の上に、

 一人の男が立った。


 減速し始めているとはいえ列車の上で、

 意識を失った少女──アインを抱き抱えて真っ直ぐに立つその金髪の男は、にやりとグラサンのない笑顔を見せる。


「お前らの勝ちだ──おらよ」


 ぽんっと、何か紙の筒をこちらに投げてよこす金髪。



「いつの時代にも、はいるもんだな

 ──逃げた一族が暮らす集落の場所だ、行けば延命法もあるかもしれない」

「なに──?」


 きっと睨みあげる彼に金髪は、

 血色のローブを無くして意識を失っているアインを見ながら言った。



「ここまで来たら騙しもしねえよ──国が違うなら、命令外だからな」

「──お前はどうするんだ」



 金髪の男は、はーっと、風の中息を吐く。



「自我を無くしたものが戻ってくるのかはわからない。だから待つさ。

 成り行きだが俺たちも国を出ちまったからな。あー、任務遂行中に成り行き離脱だー、さらば故郷よー」


 ヘラヘラと笑う金髪に、はあ、っとため息を吐く彼。


「──お前、もしかして最初からこれ狙ってたのか……?」

「さあな、ただ、お前の覚悟が知れてよかったよ──まあ、また逢う日もくるかもな」



 その時はきっと敵じゃないさ。

 そう、金髪は笑った。







 ***




 ぼろぼろになった列車は金髪が弁償してくれるらしい。


 一族のことはこの国にも知れ渡っているようで、状況はなんとなく察されたようだ。


 金髪は大金をぽんっと置いて、

 アインを抱えてどこかに行ってしまった。


 身軽な体、自由になった体。


 追い求めてきた自由を手に入れて、

 チェルシーは埃まみれの笑顔で彼を見あげるのだった。







「まずはね!ご飯!ご飯を食べよう!」

「──はいはい、あと一日休んだら、この紙に書いてある集落に行ってみよう」

「うんっ!」


 元気のいい返事に、男は笑う。

 

 数日前までは列車の上でアクロバットに戦うような日々を送っていたチェルシーの顔は、普通の女の子そのものだった。


 ああ、やっと。

 いつもフードの下に隠れていた、ころころ変わる表情も、優しい声も。


 欲しかったもの全て、ちゃんとそこにある。


 だったらきっとなんて、夢見てもいいだろうか。


 この先、抱えたものは沢山あって、

 晒される困難もまだまだあるのだろう。


 でも、僕達なら。

 そう思っても、きっと誰も怒らないから。


 これからの君と、少しでも長く生きれるように、僕は。


 君の拳みたいに、

 シンプルで真っ直ぐな強さで。



 強く、前へ──。





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雨色チェルシーと僕は自由になりたい みなしろゆう @Otosakiaki

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