第四話 「衝突は痛みと感情」
両手を強く交差させて、とにかく攻撃を受け止め、流す。
反撃の隙がない──恐ろしくはやい剣戟と、
力任せに飛んでくる体、そして自分に迫ってくるワイヤーを捌くのに手一杯で、
守りに徹するだけ。
──防御を崩されたら全部終わる。
殺される。
冷たいものが体に充満し、同時に不安が沸きあがった。
聞こえてきた銃声──あの人は無事なのだろうか。
普段ぶっきらぼうに接してしまう。
ぞんざいに扱ってしまう男。
それでも、本当は、世界で一番──
「──ッ……あ」
体が剣戟に押し負け、路地裏の壁に叩きつけられた。
口から声が漏れ──それと同時にのたうち回りたくなるほどの痛みが全身を貫く。
これこそが一族の呪縛の一部。
私を縛るもの。
この国にいる限り、一族に縛られている限り、私は満足に声を発することも出来ない。
フードの下で溢れだしそうな涙を懸命に堪えた。
負けたくない。諦めたくない。
私はあの人を守るって決めたんだから。
ゆっくりと迫ってくる敵、
血色のローブが風にゆらめく。
防御しようと腕を動かすが、まるで痺れ切ったように持ち上がらない。
血色のフードから覗く唇はまたも、楽しそうに笑っていた。
──この子ももう壊れている。
一族の呪縛にとらわれ、
心を壊され潰されて、いつかは目の前にいる血色のアインのように、ただ「敵」を殺すだけの存在になる。
それは嫌だ、絶対に嫌だ。
痛い思いも怖い思いもしたくない。
私はただ──ただ。
振り上げられた刃を見上げながら、呟く。
「ただ──好きな人と一緒にいたい」
びたり、と。
まるでその言葉に反応するかのように、
血色のアインの動きが止まった。
笑みが消え──かわりに戸惑いが張り付く。
初めて垣間見えた感情のようなそれは一瞬にして消え──アインはもう一度、チェルシー目掛けて剣を振りおろそうとし、
「チェルシー!!!」
響き渡った呼び声に、弾かれたように振り向いた。
***
──この状況を死なずに打開する。
向けられた銃口を見据えて、僕は地面を蹴った。
顔スレスレを弾丸が抜けていく、じりじりとした熱さ。
勢いよく駆け出し、金髪グラサンに殴りかかった。
良く洗練された格闘術の応酬──そういえばまだこいつには勝ったことがない。
銃を撃つ隙も与えないように、激しく拳を繰り出しながらも、叫ぶ。
「お前ならわかるだろう!?壊れていくあの子達を見るのがどれだけ辛いか!!
戦うのに使われて!殺すのに利用されるあの子達がどれだけ痛々しいか!!!」
「──分からないとは言わないさ……俺だって何度もアインを救おうとした!!」
拳を弾かれ、拳銃のグリップが頭を割りにくる。
ギリギリでかわした──なんでかわせてるのかすらよくわからないが。
顎を殴りあげて、腹を蹴り飛ばす。
壁に背を叩きつけられた金髪グラサンの手から拳銃が吹き飛んだ。
違和感を覚える──類まれな強さを持つはずの金髪グラサンが、丸腰の自分の拳に倒れたこの状況に。
「──やる気あるわけ?」
「──ひでえことするなぁ……」
ぐらつきながら立ち上がる金髪グラサン。
──地面に落ちた拳銃はもちろん拾わせない。
「お前らを殺す。それが俺達に課せられたこと……アインはもう止められない」
ぺっと、口から血を吐き出す金髪グラサン。
「アインはもう俺の命令か族長の命令しか聞かない。そして、俺が族長に逆らえば──」
「──アインを廃棄するとでも言われたか」
サングラスの中で逸らされる瞳。
僕は強く目の前の男を睨みつけて言う。
「抗いもせずに黙って従うのか。壊されていくアインを黙って見てるのか」
「──逃げたところでなんになる。
あの子達は定期的な調整を受けなければすぐ死ぬ体だ」
金髪グラサンの告げた言葉は事実だった。
それはチェルシーも、例外では無い。
別の国に逃げて、呪縛から解放されたとしても、あの子には近いうちに死が待ち受けている。
「──それでも。別人になるまで心を壊されて、殺しに利用されて使い捨てられるよりはずっとマシだ」
「──なるほど、そして今度は自分の幸せのためにチェルシーを利用するんだな」
一瞬息が詰まる──確かにそうかもしれないけれど。
「チェルシーはそれをわかった上で僕の手を取ってくれた──それだけだ」
強い瞳と言葉の前に、金髪の男は自嘲気味に笑った。
「アインにはもう自我が無い──もう助けられない。呪縛から逃れたところで、待っているのは死だ……それでも行くのか」
「行くさ──それが僕とチェルシーの約束だから」
返答に、ふっと、サングラスの下で目を逸らす。
──ああ、俺も。もっと早くに……
そして。
踏み込み、突き出される僕の拳をその男は避け無かった。
まるで全て受け入れるかのように、鈍い音を立てて地面に倒れる。
──それが聞ければ、あとは。
サングラスの破片が、静かに飛び散った。
「チェルシー!!!!!」
貫通した穴の中を通り抜けて出た先、
今にも殺されそうになっているチェルシーを見て叫ぶ。
血色のアインは弾かれたように振り向き、
愕然とした顔でこちらを見た。
そして飛び出すように駆け出し、僕の横を抜けて大穴に飛び込んでいく──金髪グラサンの様子を見に行ったのだろう。
僕はぼろぼろのチェルシーに駆け寄った、
脱力した小さな体を抱き上げる。
──金髪グラサンの存在は、アインの本能的な意識の大部分を占めているようだ。
いまこの瞬間を逃すわけはなかった。
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