第三話 「約束は絆であり力」

「ちょ──ちょっとまって……!」


 駆け出した先、敵を撒くように路地裏を抜けていく途中、繋いだ手が離れると同時に足を止めた。


 振り向くとぜえぜえと肩で息をする連れの姿。


「ごめん──息切れ……」


 路地裏の奥に連れを引き入れ、さっと周囲に気を配る。

 ──気配はしない、まだ追いつかれてはいないようだ。


 へたりこんでいる連れを見て、まったくと息を吐いた、

 ──私がいなかったらどうなっていたことか。


 昔からそうなのだ、何かある度に結局は私が守る。

 ──そのくせ意地っ張りで無茶しいで。


「チェルシー、あの二人は本気で僕らを殺すつもりだ、猶予はない……多少強引にでも列車に乗ろう」


 顔を上げ、そう言う連れの目を見つめ頷き返した。


 私達は自由になる。

 ふたりで交わした約束通り、

 この国を出ての呪縛から解き放たれるのだ。


 束の間に息をもう一度、吐く。

 なれないこともたくさんした、怖いことだって現在進行形である、けれどそれでも

 自分は目の前の男を守ると誓ったのだから。


 強く息を吸って整え、意識を研ぎ澄ます。


 そしてその鋭い聴覚で、

 空を切るワイヤーの音を聞いた。


 反射でローブを翻す、ローブの裾が飛び散って水の盾となり、迫り来るワイヤー全てをはじき返した。


 ──追いつかれた。


 空から降りた血色は、建物の壁を蹴り飛ばして舞い、左手を銀色に光らせる。


 パイプや柱にワイヤーが巻き付き、力任せに血色のアインの体を前へ飛ばした、

 さながらミサイルのようにこちらに突っ込んでくる少女。


 衝撃と重さを雨色は受け止め、

 踵が地面を抉り、交差した両手に物量がのしかかる。

 殺しきれない勢いに体を折りそうになるが──負けて死ぬのだけは許されない。


 すると手元で鋭く光る影、

 体ごと突っ込んできたアインは右手でしっかりと剣の柄を持っており。


 そのまま殴り飛ばされるように剣がふり抜かれた。


 力に負けた体が横なぎにされる。

 路地裏の空気を引き裂いて、浮いた体をアインは真っ直ぐに蹴り飛ばした。


 勢いのまま飛んだ体は建物の壁すらぶち抜いて、

 二つ隣の路地に転がり出る。


 絶対に破れない雨色の盾は変わらず体を覆ってはいるが、あくまでこれが通さないのは傷だけだ。

 衝撃と共に襲う鈍痛に息が出来なくなった。


 地面に叩きつけられ、溺れるように呼吸。

 そして、息も吐かせぬ血色の追撃が、真上から降ってくる。


 その剣先を転がるようにかわし、

 地面を突き飛ばして飛びのいた。


 ──分断された!!!


 そう気付くと同時、

 遠くで響き渡った銃声に、背筋が凍りつく。



「──────っ」


 思わず喉が震えて、声が──



 そんな隙さえも与えさせまいと、

 血色のアインが大地を蹴った。






「くっそ……」


 そんな悪態が大穴が空いた路地に流れる。

 ──チェルシーとアインが戦う音が遠くから聞こえてきた。

 そして足元にある弾痕。


 顔をあげれば、右手に拳銃を下げた金髪グラサンの姿。


「──ひでえな、おかげでびしょ濡れだ」

「……アインは随分ご機嫌みたいだけど?」

「ははっ、水遊びがお気に召したみたいだぜ、うちのお姫様は」


 じりっと後退する僕と、

 にやりと笑う金髪グラサン。


「丸腰、だろ?──武器を持ち出す暇なんてなかっただろうからな」


 金髪グラサンの問い掛けに、


「殴る蹴るの方が得意なんだ」


 強がりで笑い返した。

 背後に空いた大穴、その向こうから聞こえてくる音──明らかにチェルシーが押されている。


「お前のとこのお姫様は、さっきの銃声でだいぶビビっちまったみたいだなぁ。

 相変わらず愛されてるねえお前」

「──」


 強く息を吐く──いつの間にかチェルシーからうつっていた癖。


 ──この国から出て自由になろう。

 呪縛からも、嫌なことからも解放されて、

 二人で幸せになろう。


 約束した。

 誰よりも彼女を幸せにしたくて、そう約束した。

 そんな成功するかもわからない約束に、

 あの子は賭けてくれた。


 僕を信じて、ついてきてくれた。


「──お前らがチェルシーにした全てのことを、僕は絶対に忘れない」

「──あれが罪なのは俺達もわかってる。それであの子を縛ったことも。申し訳なさはもちろんある、少なくとも俺にはな。

 だが、それはお前達を見逃す理由にはならないんだよ」


 強く睨み付けた先からは、冷たい言葉しか返ってこなかった。

 背後から聞こえる戦闘音はさらに激しく、剣戟の音はもはや殴打音となって、

 大好きな女の子が痛めつけられていることが知れる。


 両足で地面を踏みしめて。

 無力な両手を強く握って。


 僕は、目の前の銃口を強く見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る