第二話 「逃避行は心休まらず」


 別に自分自身のことを特別だなんて思ったことは一度もないが、多分今みたいな状況は人生で一度きりだと思う。


 目の前には剣を構えた赤色のローブの女の子と、丸腰の雨色のローブの女の子が対峙している──雨色の子は僕の大事な女の子。


 赤色の子──血色のアインの横に立っている、金髪でグラサンでガタイのでかい見るからにやばい男は、残念ながら僕の知り合いだ。


「よお、裏切り者」


 響いた言葉に肩をすくめる──ほんと、もうほっといて欲しい。


「そんなに僕らが気に入らないの?」

「気に入るいらない云々の話じゃねえよ、お前らは、だから始末しに来た。それだけだ」


 僕と金髪グラサンが話してる間、血色のアインと雨色の彼女は、じりじりと睨み合っていた、相手が先かこちらがはやいか、まるで猫の喧嘩だ。


 ──できる限り戦いたくはない、

 何故なら僕は丸腰、雨色の彼女も丸腰……とはまた違うが。とにかく戦える状況ではない。


「──お帰り願いたいなぁできるなら」

「──出来ねえのわかって言ってんだろ?」


 ニヤリと笑う金髪グラサン──対して奥歯を噛み締める僕。


 ジャリッと、最初に我慢できなくなったのは血色のアインだった。

 一直線に斬り掛かる先、雨色の彼女は冷静に、ローブの下で腕を交差させる。


 ──一撃、二撃、鋭い刃に断ち切られるはずのローブは、


 凄まじい速度で降る血色のアインの攻撃に、雨色の彼女は一歩も退かなかった。


 受けて、流して、守りきる。

 そんな華奢な背中は強く頼もしい。


 対して、僕と金髪グラサンは対峙したまま二人の戦いを見守っている、

 ──なるほど、金髪グラサンはまだやる気ではないようだ。


「見たところ、この街から列車に乗って隣国まで逃げるつもりか、

 ──たしかに、国が変わればお前らはだ」

「物分りがいいね。そう、僕らは自由になるんだ」


 斬り続ける血色、守り続ける雨色。


 一歩も退かない戦いの中、グラサン越しの目を睨みつける。

 金髪グラサンは笑みを消して、低く言った。


「自由になる前に、俺達が殺す。そういうふうに決まってる」

「人の生き死にを勝手に決めないでよ。だから嫌いなんだあんた達は」


 直後、一歩も退かない戦いに動きがあった、

 血色のアインが地を蹴り飛び退いたのだ。


 その体が大地に着くと同時、金髪グラサンが言い放つ。


「アイン、やれ」


 にこりと。

 言い放たれた言葉に、血色の少女は満面の笑みを浮かべた。

 血色のローブが翻り、隠されていた華奢な体と左腕が顕になる。


 血色のアイン、その少女の左腕は、鋼色の義手だった。

 ──ただの義手でないことは一目瞭然。


 アインが右手に握った剣を鋭く振るのと同時、

 左の義手から無数のワイヤーが飛び出す。


 数えるのも一苦労なワイヤーは、一本一本が首を飛ばす鋭利な代物。


 その全てが僕らに襲い掛かり──。


「チェルシー!!!」


 の名を、強く呼んだ。


 雨色のローブが宙を舞う、

 隠されていた、華奢な体が、水色の髪が、顕になった。

 線の細い体や美しい髪、整った容姿に見惚れる、その前に。


 宙を舞ったローブが、一瞬にして


 そう、のだ。


 確かに布だった雨色のローブは、

 彼女──チェルシーの身を離れたと同時に

 へと形状を変えた。

 そして、雨となる──


 大粒のその雨は、襲いくるワイヤー全てを正確に捉え、まとわりつき、

 全ての雨粒がワイヤーを巻き込んで川の濁流のようになり、

 血色のアインと金髪グラサンごと押し流した。



 爆音、打ち上がる飛沫。水没する路地裏。


 チェルシーは、右手にまた出現した雨色のローブを纏って、一目散に駆け出す。


 僕の手を握って──。

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