雨色チェルシーと僕は自由になりたい
みなしろゆう
第一話 「はじまりは荷馬車から」
荷馬車に揺られている。
木箱の隙間で猫のようにまるまって、ぼんやりとしていた。
フード越しにも柔らかい日差しが感じられ、くすぐる風に身動ぎをひとつ。
すると、とんとんと肩を小突く気配。
目を開けると、狭い視界の中に男の顔。
見慣れたその顔を見て、ふっと息を吐く。
「お二人さん!もうすぐ着くよー!」
荷馬車の主がそう声を上げた。
隣町まで乗せてくれた気の良い男はよく喋り、豪快に笑う人。
あぜ道の先、遠くに大きな街が見える。
目的地を前にそっと、荷物の隙間で膝を抱えて、息をひとつ流した。
街の中心地から少し外れた馬宿の近くに荷馬車は止まった。
連れの男の手を借りて、荷台から飛び降りる。
「ちょうど仕入れするのに用があったんだ、礼はいらんよ」
「──いえ、そんなわけには……」
気の良い男はがははと笑い、連れは渡そうとしていた小銭を持て余す。
男は大きな動作で、少し後ろに立つこちらを伺ってきた。
「──本当に気にすんなって、金にも困ってそうだしな。そのお嬢ちゃんにちゃんとした服でも買ってやんな」
「……わかりました、お言葉に甘えます」
ありがとうございました、連れに続いてぺこんっと頭を下げながら、
──よく私が女ってわかったな。
なんて思った。
目深に被ったフード、足元までくる雨色のローブは、そんなに貧乏そうに見えるだろうか。
「行こっか」
連れの男の呼びかけにとててと歩き出す。
自分より少し大きい左手を掴んで、ぎゅっと繋いだ。
──兄妹とか言われるけど違うんだから、私がこいつを守ってるんだからね。
なんて、誰にでもなく宣言しながら。
その街は賑やかだった。
人も物もたくさんで、きらきらした宝石や美味しそうなものもたくさんたくさん。
──あそこのお店はなんだろう?
──あの人はどこから来たんだろう。
見たことないものがたくさん、疑問もたくさん。
だけれど、今はそんなことはどうでもいい、
私はこいつを守るのだから、ちゃんと気を引き締めていなければと、
目の前を行く連れの手をぎゅっと握る。
大通りから脇道に逸れていく、建物と建物の隙間──この街は言うなれば、集合住宅が密集し、重なって出来ているような感じだった。
上を見れば電線が無数に走っていて、カラスがこっちを見下ろしてくる。
一番驚いたのは線路があること。
頻繁に貨物列車が走っていて、
どうやらこの街では貨物と人が一緒に運ばれていくようだった。
「──なんだか地層みたいな街だなぁ」
ふとそんなことを連れが呟く。
集合住宅が密集し、いくつも段々になっているこの形は確かに地層かも。
薄暗い建物の隙間をぬい歩き、
コツコツと自分と連れの足音を聞く。
何年もずっと聞いてきた、自分と連れの足音。
だからその足音に、違う誰かの足音が混ざったのを聞き逃さなかった。
迷路のように入り組んだ路地、
脇から飛び出してきた鈍い赤色の影に、反射的に地面を蹴る。
繋いだ手が離れ、
飛び出した体でその斬撃を受け切った。
ローブの中で交差させた腕、裂けも千切れも絶対にしない雨色の布。
受け止めた衝撃の正体、ギラギラと日陰に揺れる刃の輝きに唇を噛み、目の前に立つ者を睨みつける。
血のように鈍い赤色。
自分が身につけているものと全く同じ形の赤いローブを身に纏い、目深に被ったフードで素顔を隠したその敵は、覗く唇を楽しそうに歪めた。
──普通に路地裏歩いてきて曲がり角からいきなり斬りかかってくるとか、さすがは奇襲の名人ね。
「──血色のアイン!!」
後ろに立つ連れがそう言うと、楽しそうだった唇が忌々しげなものに変わる。
ぐっと、両手に力を込めて赤色──血色のアインを押し返した。
突き放されるように、華奢な体が宙を浮き、ローブが揺れる。
とんっと着地して砂埃を上げた血色のアインは、しゅっと刃を払う──剣を持っているのは右手、左手はローブの中に隠されたままだ。
そんな血色のアインの後ろから、どこからともなく大柄な影が現れた。
「よお、裏切り者」
血色のアインが纏うローブの中から出てきたその大柄の男は、サングラス越しにギラつく目をこちらに向けて、ニヤリと笑った。
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