魔剣の勇者

ユメしばい

俺様を、そんじょそこらのナマクラと一緒にするんじゃねえ!

 テスタ島にあるキコネア王国からおよそ10キロ離れた所に、誰も近寄らない古い洞窟があった。

 そこには、古の時代より伝わる魔物が眠っているとの噂があり、いまだ誰一人として目撃した者はいないのだが、そこに行った者は誰一人として、帰ってくることはなかった。

 故にその洞窟は、未開のまま、今も眠り続けている。


「おい……お前、人間か?」


 少年はその声に振り向き、松明をかざしてみた。

 古ぼけた剣が、岩に突き刺さっている。


「幻聴か?」


「なんだ、よく見りゃ小僧じゃねえか。おい聞いてんのか?」


 少年はその剣から聞こえてきことに驚き、


「け、剣がしゃべりやがった!」


「剣がしゃべりやがっただと……誰にもの言ってやがる!」


 少年は、キコネア王国の離れの村に住む16才の若者。


「いや、だって、剣だろ?」


「俺は魔界の王より力を授かりし剣だ。そんじょそこらのナマクラと一緒にするんじゃねえ!」


「こんなにボロっちいのに? ははは、説得力がまったくねえ」


「ご、500年もこんな所にいたからだ!」


「へえ、なんで?」


「その時の持ち主が、災厄封じにここに置いてったんだよ」


「よっぽどいらなかったんだな」


「災厄封じって言っただろ!」


「ふーん、あんたが魔法の剣ってのはわかったよ。じゃ、俺は用事があるんでここで」


「おい、待て! どこに行こうってんだ」


「は? 別に俺がどこに行こうがあんたに関係ねえだろ」


「悪いことは言わねえ、この先に行くのだけはやめとけ」


「なんで?」


「魔物がいるからさ」


「ああ、その噂は聞いてるよ。じゃ」


「俺の話聞いてなかったのか! この先には恐ろしい魔物がいるんだぞ? バカなのか?」


「たとえそうだとしてもだ、俺にはどうしてもそこに行かないきゃならねえ理由がある」


「理由は」


「この洞窟の奥地に不治の病が治る薬草が生えてるって聞いたことがある。それを取にいく。じゃあな」


「待て待て待て、お前はバカか? 死にに行くようなもんだぞ」


 少年は三度目になる足を止めて振り返り、


「お袋が何年も寝込んでる。町医者も匙を投げた。もう俺にはそれに縋るしかねえんだよ。止めても無駄だ」


 古びた剣は、少し沈黙したあと、


「小僧、名を申せ」



「グロリアだ」



 剣はもう少年にしゃべりかけることはなかった。

 グロリアは先を急いだ。

 この先に、どんな病も治すという薬草があると信じて、奥地へと進む。


「あれか」


 奥地は、剣と別れた場所からそう遠くなかった。

 ただっ広い空洞の奥にある氷の崖の上に、壱輪の薄紫色に咲く綺麗な花が生えていた。

 それこそが、不治の病を癒す薬草である。

 しかし、問題があった。

 空洞の中央に、巨大な一匹の白い竜がとぐろを巻くようにして眠っているのだ。


「こいつがあの剣が言ってた魔物か……うう、それにしても寒い」


 グロリアは覚悟を決め、回り込むようにしてゆっくりとその崖に近づいていった。

 すると、竜は突然目を覚まし、長い鎌首をゆらりと上げてグロリアを睨む。


「お、起こしちゃったかな……はは」


 そして次の瞬間、鋭い牙をむいて襲い掛かってきた。ところが、グロリアはその攻撃を真横に飛んでなんとか回避することに成功する。竜がふたたび鎌首を上げて狙いを定めると、グロリアはすでにその場所から消えていた。


 空洞から走り去り、ある程度行ったところで足を止め、地面に座り込む。


「ハァ、ハァ、追ってこねえ。ひとまず助かった」


 どうやら竜は、あの空洞から外に出られないみたいだ。


「な、俺の言ったとおりだろ」


 いつの間にか剣のある場所まで戻っていた。

 グロリアは息を整え、


「な、なあ、あいつなんで追ってこねえんだ?」


「フン、俺がいるからに決まってるだろ」


「だからなんで?」


「俺があいつを封印してるからさ。悪さしでかさねえために、俺が剣柱となってる」


「ふーん、てことはあんたあの竜より強いってことか?」


「当たり前だ。でなきゃあいつはとっくに下界におりて――、な、なにをする小僧!」


「わりぃ、俺どうしてもあの薬草が必要なんだ。だからちょっくら力を貸してくれ」


「バカやめとけ、俺を使うとお前の寿命が減るぞ! それに俺は、俺が勇者と認めたやつにしか抜けない仕組みに――、」


 抜けた。

 剣は抜かれた、と思った。


「こ、この俺様を抜きやがった。この500年間誰一人として抜くことが出来なかったこの俺様を。勇者と認めてないのに、なぜ……」


「へえ、ボロっちいと思ったけど、案外シッカリしてんだな、お前」


 なるほど。俺はいつの間にかこいつの無謀さを認めていたのだ。

 自分の身を顧みない、勇ましき者だと。


「小僧、お前、剣は扱えるのか?」


「まーそこそこって感じかな」


「まあいい、もう一度言うが、俺は使い手の魂を喰らう魔剣だ。ようするに、俺を使えば使うほど、お前は若くして死ぬことになる」


 グロリアは、だからどうしたと言わんばかりの表情で、


「お袋の命が懸かってる。ここで我が身の寿命惜しさにヒヨってりゃ、俺は一生後悔する。いなくなったお袋の亡霊背負って生きてくなんてまっぴらゴメンだぜ」


 魔剣は大きな声で笑い、


「ククク、めでてえ。いいだろう、500年ぶりに暴れてやろうじゃねえか。小僧、我が名はイフリート。俺様のことはこれからイフリート様と呼べ!」


 グロリアはその後、空洞まで引き返し、ふたたび竜に対峙した。

 竜が目を覚まし、少年が持つ剣を見るや、低い唸り声を上げて警戒する。

 グロリアが松明を置いて剣を構えると、竜が咆哮を上げて威嚇してきた。


「クッソ、鼓膜が破けたらどうしてくれんだ。とっとと退治して帰るぞイフリート」


「生意気小僧め。おい、きやがったぞ」


 グロリアの反応は速く、真正面から攻めてきた竜の攻撃を左に跳んで躱し、上顎目掛けて剣を振り下ろした。しかし、多少の手応えは感じたものの、あっけなく弾き返されてしまう。


「おい、お前ほんとに強いのか?」


「バカヤロウ! ナマクラだったら今ごろ折れてる」


「ほんとかよ」


「狙うなら目とか腹を狙え」


「そんなこと言ったって、どうやってそんなの、」


 竜の噛みつきを右へ左へと躱し、時には剣で防いだりするが、なかなか思うように攻められない。そこに今度は長い尻尾が襲い掛かってくる。


「こ、こんなの、止められるかああ!」


 グロリアが剣で防ぎながら氷壁に飛ばされ、背中を強く打ち付けて倒れる。

 剣を杖替わりにして立ち上がり、


「おい、なんかいい手はねえのか」


「ちったぁ自分で考えろ!」


 考えてる間に次の攻撃がきた。

 グロリアが、右に転がりながら辛うじてそれを避け、止まって次の行動に入る瞬間を狙って竜の頭に飛び乗る。

 竜はぶんぶん首を振ってグロリアを払い落とそうとするが、角にしがまれて離れない。首を振るのをやめて咆哮を上げる。


 ――ここだ!


 グロリアはその時を狙って、逆手に持ち替えた剣を竜の右目に突き刺した。

 竜が絶叫を上げた。

 今度は本気で払い落としにかかる。


「小僧、俺を抜け!」


「言われなくてもわかってる!」


 両手で剣の柄を握った瞬間、ついに振り落とされてしまった。

 落下して、激しく地面に叩きつけられる。


「やっぱやめとくか?」


「冗談キツイぜ、ここまできてやめりゃ俺は単なるマゾじゃねえか」


「もう少しお前に剣の腕があればなあ」


「お前が認めたんだろ!」


「お前が勝手に抜いたんだろ!」


 竜がやけに静かなので、そちらを見ると、息を吸って何かを溜めようとしていた。


「あいつなにやってんだ?」


「しまった、くるぞ!」


 言うや否や、竜が大口を開き、生臭さと共に凍てつく息をこちらに向かって吹きかけてきた。


「うおおおお寒い!」


「小僧、もうだめだ、あきらめろ」


「なんで!」


「この絶対零度の吐息からは逃げられねえ」


 ガラスがひび割れる音がそこかしこから聞こえだし、


「クッ、足が凍りついてきた」


 氷結が足元から膝、腰へ、どんどん侵攻の幅を広げていく。


「い、イフリート、俺は、お前と心中するなんてごめんだ」


「俺は死なねえからなんともないがな」


「聞け! 俺には絶対やらなければならないことがある。あの氷の崖に咲く薬草を必ず持って帰ってお袋の病を治すってのが俺の目的だ。だから、お前の本当の力を俺に貸せ! ああ、くれてやるぜこの命ッ、大盤振る舞いだ、俺の寿命の半分、持っていきやがれええええええッ!」


 魔剣がその命に呼応するかように、刀身から紅蓮の炎を燃え盛らせる。

 グロリアの体にまとわりついた氷は瞬時に解け、周囲一帯が赤色に染められていく。

 白い竜は危険を察し、ブレスの勢いをさらに増した。


「やればできンじゃねえか、最初からやれっての」


「泣いてせがむガキにはやさしいんだよ俺様は」


「ケッ、やった分の働きしなかったら谷底に捨てて帰るからな」


「俺様を甘く見るんじゃねえ」


 ――狙いはあの土手っ腹。どでかい風穴を空けてやる。


 中段に構えた魔剣を振りかぶり、グロリアが凍てつく向かい風の中を駆け抜ける。


「うおらああああああああああああああッ!」



 白い竜を倒したグロリアは、蔦で縛った古びた剣を背中に背負い、帰途となる森の中を歩いていた。


 右手に、薄紫色の綺麗な花を携え。


「そういえば、お前の母ちゃんどんな感じだ?」


「そうだな、美人てよく言われる」


「クーッ、そうかそうか、俺の手入れは母ちゃんに頼むとするか」


「しゃべる剣なんて誰も触りたがらねえっての」


「言ったろ、俺はそんじょそこらのナマクラじゃねえ、この世でたったひとつの、最強の魔剣様よ」


「それが本当なら、俺は、魔剣の勇者だな」


「たった一度俺を使ったぐれえでいい気になるんじゃねえ!」


「お前こそ500年も使われてなかったクセに偉そうにするな!」


「口だけ達者小僧が、燃やすぞ!」


「燃やしたら俺のお袋に会えねえぞ?」


「ぐぬぬッ」


 村の明かりが、ようやく、見えてきた。


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