レンタル祝い人
しな
仮初のおめでとう
――友達がほしい。
唐突になんだと思うかもしれないが、僕には友達がいない。
友達がいないと豪語する奴は、大抵親友の一人や二人はもっている。
だが、僕は例外で本当に友達がいない。
0人なのである。
高校生までは、多かれ少なかれ友達はいたのだが、大学に進学するのに、行きたい学科が県内の大学には無く、仕方なく県外の大学に行くことにしたのだ。
そして俺は、一抹の不安と少々の期待を胸に新天地へと旅立ち、右も左も分からない上に友達0人からのスタートを切った。
しかし、僕がスタートだと思った時点から既に、俺は出遅れていたのかもしれない。
講義室に入り周りを見渡すと、沢山の人がいたのだが、そこにいる人達は皆数人で集まり集団を形成しており、県外から来たよそ者が入る場所などあろうはずも無かった。
そして、そのまま何の努力をする訳でもなく友達0人の今に至る。
――講義が終わり、今日の日程を確認すると、この日はもう講義は入っておらず、特に用事もないので早急に帰宅する。
まだ11月だと言うのに、吹き付ける風は冷たく、自転車のハンドルを握る手を容赦なく冷やしていった。
家に着くとカバンを放り投げ、滑り込むようにこたつに入る。
「あ〜〜極楽極楽。もう今日は何もできそうにないな〜」
特にすることも無く周りを見渡していると、壁に掛けてあるカレンダーが目に入った。
ふと思い立ち携帯を起動し今日の日付を確認する。
「11月24日か……一ヶ月後は誕生日か」
今年で19歳になるのだが、もうこの歳になると誕生日は割とどうでもいいイベントに変わっていく。
「12月24日……か」
12月24日それは、皆もよく知る"クリスマスイヴ"である。
クリスマスイヴには、街中がイルミネーションだのなんだので飾り付けられ、そこを冬の寒さとは真逆とも言えるアツアツのカップルが往来するイベントである。
彼女いない歴=年齢の俺からしたら地獄のようなイベントである。
それに加えその日は誕生日だ。彼女でもいれば最高な誕生日なのだろうが、今は、彼女は愚か男友達さえいない現状なのである。
誰か祝ってくれる友達の一人でもほしいところである。
「そう言えば、メールボックス確認するの忘れてた……」
放っておくとすぐに広告で一杯になるメールボックス。
それが嫌で、毎日こまめに確認してはいるのだが、今日はまだ確認を済ませていないことに気付き、こたつから這うように外に出る。玄関を出て、アパートの一階にあるメールボックスへと向かう。この日はクリスマスも迫っていることもあり、沢山の広告が入っていた。広告を抱え、自室のある二階へそそくさと戻る。
特にやることも無いので広告に目を通す。すると、一枚の広告が俺の目を釘付けにした。
「なんだこれ? レンタル祝い人? ええと、あなたのめでたい日を祝います……か」
胡散臭い広告なのだが、今の自分の現状からすると、祝ってくれる人がいない。
クリぼっちに加え、誕生日すらも誰からも祝われることなく終える虚しさ、これだけは極力回避したいところだ。
直ぐに詳細を確認しようとすると、広告には何も書いておらず、ただ一文、続きはWebで、と書いてあった。
早急にパソコンを立ち上げ、レンタル祝い人と検索する。
すると、検索欄の一番上に、広告と同じ物が表示された。
ページを開き、申請を押すと、住所、電話番号、名前、性別、祝い人の性別、日時を入力しなければならなかった。
記入欄全てにしっかりと記入する。
しかし、ある一つの項目で手が止まる。
「祝い人の性別……か。男か女かどっちにするべきか……」
純粋に祝ってくれる人がほしいなら、男を選ぶのも大いにアリだ。
しかし、その日は誕生日に加え、クリスマスイヴである。
ここで男を選択した場合、クリスマスイヴに男とひとつ屋根の下、というむさ苦しいクリスマスイヴを迎えてしまう。
その項目は俺を大いに悩ませた。
長きに渡る思考の末、性別欄に記入し申請する。
――そして、一ヶ月が経過し、とうとう12月24日を迎えた。
それまで大学での友達関係の進展は全く無かった――というか努力することを諦めていた。
講義は午前中で全て終わるので、夜から来てもらうことにした。
夜のことを考え過ぎて、講義の内容は全くと言っていい程頭に入らなかった。
講義を終え、早急に帰路へつく。
途中でケーキ屋へと立ち寄る。
どんなケーキがいいか、20分ほど悩みシンプル・イズ・ベストという考えに至り、いちごのたくさんのったホールケーキを購入した。
家に着くと雑巾と掃除機を手に部屋中を掃除した。目に見えるところから見えないところまで、これでもかと言うくらい綺麗にした。
9時くらいだっただろうか。
こたつに入り今か今かとそわそわして待っていると、玄関のチャイムが鳴った。
玄関に向かいドアを開けるとそこには、栗色の髪を短く切った女が立っていた。
「どうもー、レンタル祝い人でーす。今日は誰からも誕生日を祝われないあなたを祝いにきましたー」
「初対面の相手に中々失礼だな……まぁ、上がってよ」
開口一番罵られ心に深いダメージを受けるも、仕事とは言え、折角自分のために来てくれたのだから快く迎え入れる。
彼女は、「おじゃましまぁーす」と間延びした声で家へあがる。
こたつを見つけたようで滑り込むようにして入った。まるで、いつかの誰かを見ているかのようだった。
「こたつは良いですよねぇ〜。そこにあるだけで人を幸せにできる素晴らしいものです」
余程こたつに深い思い入れがあるのかこたつを絶賛している。
向かい側に座り、彼女を見てある事に気付いた。
「えっとー……君の名前と年齢を聞いても良いかな? 見た感じ高校生っぽいけど……」
「女の人に年齢聞くのは失礼ですよー……まぁ、教えてあげますけど。名前は
やっぱり高校生だった。
恐らくバイトだろうが、こんな時間に高校生が働いてもいいものなのか、少し心配だ。
「そんな事より早く祝ってしまいましょうよ」
「……そうだね」
冷蔵庫からケーキとジュースを取り出し机の上に置く。ケーキの箱を開けると、上にのったたくさんのいちごが姿を現した。
「おぉー、いちごじゃないですか!!」
彼女は目を輝かせてケーキを凝視している。
どうやらいちごが好きなようだ。
このケーキにしておいて良かった。
ナイスだ数時間前の俺。
一度 大きな皿に移し、1と9のろうそくを立て点火する。
電気を消し部屋を暗転させる。
「ではいきますね……そう言えばあなた、名前何でしたっけ?」
「そっか、まだ言ってなかったね。
「わかりました。では、改めて……」
そう言うと彼女は、誕生日にはお決まりのバースデーソングを歌う。
「麻代さん、お誕生日、おめでとうございます」
彼女のハッピーバスデーが終わると、僕は勢いよくろうそくの日を吹き消した。
彼女は優しい笑顔で拍手をする。
部屋が暗かったせいだろうか、彼女の顔がとても美しく見えた。
電気をつけてこたつへと戻る。
「ありがとう」
「いえいえ、あなたみたいな誰からも誕生日を祝われない人を祝うのが私の仕事ですから」
相も変わらず容赦なく僕の心を抉ってくる。
「では、ケーキを頂きましょうか」
「どうする? 一切れずつか、半分にしてかぶりつくか」
「そりゃあもちろん半ぶ……いや、やっぱり一切れずつ食べましょう……」
彼女は少し赤面していた。
どうやら余程いちごかケーキが好きなのだが、仮にも女子高生だ。少し恥ずかしかったのだろう。
彼女の意図を察すると、包丁を真ん中に入れ二等分し皿にのせる。
「こっちの方が楽だからね。どうぞ」
すると彼女は今日一の笑顔を浮かべ、ケーキを口に運んだ。
――何故だろうか、ケーキを幸せそうに食べる彼女を見ていると、なんだか僕の方まで心が暖かくなる。
ありがとう。こんな僕の誕生日を祝ってくれて――例えそのおめでとうが表面上の仮初のものだとしても僕は、とても嬉しい。
レンタル祝い人 しな @asuno_kyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます