誰が為の物語―ノエルとフィルの決闘。

星の狼

「誰が為の物語―世界崩壊、世界の狭間で……。」


 世界は救われた。世界を滅ぼそうとした、“天使の卵”が壊れた。私が壊した。銀色の髪の少年、彼はもう動かない。


 金色の髪の少女ノエルと銀色の髪の少年フィル。



 世界と世界の狭間にある、広大な異空間。広大な透明な板の亀裂が、どんどん大きくなっていく。板の破片が砕けて落下していく。



 板の揺れが大きくなってきた。私たちは動かない。私は、静かに息を吸って……最後の決闘を思い出していた。





『あと少し……あと、少しなのに!』


 私は血だらけ。金色の髪が血で汚れている。広大な透明な板。その上に私は倒れていた。私の頭上には、青い空と雲。私の真下、透明の板の向こう側にも、青い空と雲があった。


 ここは、世界と世界の狭間。広大な異空間。やっとの思いでここまできた。皆が頑張って、皆が犠牲になって……私を、ここまで連れてきてくれたのに。私は……。



 銀色の小手にも血がついている。私は痛みに耐えて、荒い呼吸をしながら、右足に力を入れた。


 ゆっくり立ち上がる。白と黒の戦闘服。黒色の分厚い布が、私の身を守ってくれる。分厚い布の中に、ブロック状の鉄板も仕込んである。


 白のコート。私の身長は160㎝ぐらい。長い裾にはフリルがついていて、足首あたりで、風をとらえてふわふわと靡いている。


 

 白と黒のコントラスト。コートの裾が羽の様で気に入っているけど……平時に女性が着るおしゃれ着ではない。仕込んである鉄板は、小さいものでも2~3キロはあって、全部の鉄板と分厚い布。白のコートの重さを合わせると……20キロにもなる。白と黒の戦闘服。足の筋力だけなら、立ち上がることもできない。それぐらい重たい。


 それでも、私は立ち上がる。


 風が、私をやさしく支えてくれるから……私は、風の祈り子。



 精霊の風を纏う者。私の魔力を消費して、風の精霊たちを呼ぶ。私と相性のいい、風の精霊たちは……私の魔力を食べて大きくなっていく。


 風が強くなってきた。私を中心に渦ができて、風の精霊たちが渦の中をぐるぐる回っている。風の渦の中心にいると、自分の重みを感じなくなって……。



 キィ—---! 私は、ありたっけの力で踏み込んだ。金属の高い音が鳴る。ブーツの底に仕込んである鉄板が、透明な板にひびをいれた。


 私は息を止めて、一気に駆ける。とにかく前へ進む。足が動かなくなるまで、前へ。私は加速して、風に運ばれていく……。



 彼がいた。銀色の髪の少年フィル。私と同じ歳なので15歳。初めて会った時から、彼は背が伸びたけど……雰囲気は変わっていない。私を見つけると、彼は微笑んだ。


 目の前に微笑む天使がいた。白い翼は見えない。私は、板の上を滑っていく。左足のブーツから火花が散る。私は、銀のサーベルを力の限り……。



『天使の卵よ、壊れろ—-!』



 全力で横に振った。銀のサーベルが、フィルの胴体に迫った。彼は、まだ微笑んでいる……サーベルの刃が、彼に届かない。


 銀のサーベルが空中で止まっている。力を込めても……風の精霊たちに押してもらっても、サーベルが前へ進まない。彼は、そっと、サーベルの刃に触れた。


 

 重い衝撃がはしる。風の精霊たちに支えられているから、自分の重みを感じない。お腹が痛い……私は吹き飛ばされた。


 また、重い衝撃。透明な板にぶつかって、ごろごろと転がった。体中が痛い。どこが痛いのかが分からないくらい、全身が痛い。



 私は何とか……ふらつきながら立ち上がって、顔を上げる。


 眼の前に、微笑む天使がいた。遠い場所に、光るものが落ちている。私のサーベルが、太陽の光を浴びていた。私は思った。『……速さも、力も敵わない。それでも……彼を殺さないといけない。でないと……。』



『わ、私たちの世界が、壊れてしまう。

 絶対に駄目……貴方は、私が……。』



 血を流し過ぎた。お腹をなぐられて……中で出血しているみたい。内臓も損傷しているかも……意識が遠のく。ぼんやりして、前が良く見えない。それでも、私は貴方を……。



『………………。

 わ、私は……貴方を殺す!』



 今まで、一番強い風。突風が吹き……私は意識を失った。




 風の音が聞こえる。どうやら、落下しているみたい。白い雲の中……風の精霊たちは、私と彼を空高く、上空まで運んだ様だ。


 風の精霊が教えてくれた。銀のサーベル。私の剣にも、風の精霊がくっついていて……吹き飛ばされた時に、精霊も剣と一緒に落ちた。



 私と剣の間に……彼がいる。白い鳥の翼を羽ばたかせていた。彼は、もう人ではない。私を庇って……私の代わりに、天使の卵を体内に宿してしまった。


 見た目が同じなだけで……中身は別もの。フィルは、私を見ていない。両手を広げて、何かに指示を出している。たぶん、体内に寄生している天使の卵に……。



 天使の卵は、彼の言葉に応えて……世界を崩壊させようとする。彼から、幾筋の光がほとばしった。


 天使の卵が孵化しようとしている。私たちに残されている時間は、あまりにも少ない。天使の卵、孵化まで……世界崩壊まで、残り5分。


 もう時間がない。私たちが必死に生きた世界が壊れてしまう。大切な思い出が消えてしまう。フィルがまだ人だった時……彼も大切な仲間だった。


 松明を持って、先導するフィル。悪いオーク共に囲まれた時、助けてくれたフィル。思い出せば、いつも彼がいた。彼と一緒に冒険したことを忘れられなかった。



 あの時……彼が、私を突き飛ばした。私には、風の祈り子としての役目があった。天使の卵を宿し、世界を救うこと。私の魂は、天使の卵に喰われてしまうので、私は人ではないものになってしまう。今のフィルの様に……。



 彼と過ごした時間が、一番楽しかった。大切な仲間も、愛する故郷も全部なくなってしまう。愛する彼が壊してしまうから……こんなことになるのなら、一目惚れしなければ良かった。彼と一緒に冒険しなかったら良かった。



 また、視界がぼやけて良く見えない。雨は降っていないのに、瞳が濡れて……前が見えないよ。


 

 私は思った。『……フィル、もう終わりにしよう。天使の卵……皆が不幸になるものなんて、私たちの世界にはいらない。』



『大丈夫だよ、フィル。

 今度は、私が貴方を助けるから……。』


 私は、風の精霊たちに頼んだ。これが、私の最後の願い。私は風に押されて、勢いよく落下していく。やがて、限界まで加速した。



 私は、精霊の風を纏う者。風の精霊たちが、私の魂を喰っていく……私は、風の精霊たちと同化した。もう、人には戻れない。


 私は思った。『こんなことしたら……フィルに怒られるね。彼は、人間の私を助けたのに……ごめんね、フィル。でも、こうしないと、貴方を助けることができないから……。』



 私は風の精霊となって、風を呼んだ。風は重なり槍となる……祈り子の風の槍。


 私と一緒に風が落ちていく。風の滝が現れて、白い雲の真ん中だけが晴れていく。太陽の光。強い光を浴びて……彼は、手で光を遮った。白い翼を羽ばたかせている天使が、一瞬だけひるんだのだ。



『さあ、我が手に来たれ……我が剣よ!』


 上空へ……風の精霊が、透明な板の上にあった銀のサーベルを吹き飛ばす。くるくる回転しながら上へ、風の精霊に運ばれていく。



 フィルは、右の翼だけを前面に広げた。白い羽毛で、私を受け止めるつもりらしい。もしかしたら、さっき……私の攻撃を阻んだのは、あの白い翼かもしれない。今は、白い翼がはっきり見えた。


 私は止まらない。私は、風の精霊たちに……最後の願いを伝えている。白い翼にぶつかって、潰れても……潰れなくても、これが、私の最後の攻撃。



 天使の卵、孵化まで……世界崩壊まで、残り2分。


 もう時間がない。天使の卵が孵化すれば、彼が世界を滅ぼしてしまう。そんなことはさせない。私たちの世界は滅びない。


 

 壊れるのは天使の卵だけ! 亡くなるのは、私と貴方だけでいい……。


『我が剣よ、翼を切り裂け!』


 真下からの斬撃で、彼の白い翼は切り裂かれた。右の翼が、ボロボロと崩れていく……彼は片翼となって落下していく。この速度なら追いつける。


 私の銀のサーベルは、風の滝の中に入り、真下に落下する。どんどん加速して……私と一緒に落ちた。



 私は、左腕を彼に伸ばした。距離がまだあるから届かない。右腕を後ろに伸ばして……叫びながら、泣きながら風の槍を放った。




 風の槍と共に、私の銀のサーベルが……フィルの胸を貫いた。


 彼の体内に寄生していた天使の卵が砕けて……彼からほとばしっていた光も消え失せた。私は、必死に左腕を伸ばす。でも届かない……。



 銀のサーベルは、彼を貫き……透明な板に突き刺さった。亀裂ができ、どんどん大きくなっていく。



 彼の左の翼が、一度だけ羽ばたいた。彼との距離が近づいて……彼を掴めた。必死に掴んで、抱きついて離れない。



 私たちの真下から大きな音が鳴って、広大な透明の板が崩壊していく。私たちも、一緒に落ちていく。フィルの左の翼が、私を包み込んで……私たちは抱き合っている。彼の小さな声が聞こえてきた。



「……ノエル、おめでとう。

 君が世界を救った。


 僕は、君に会えて良かった……。

 ありがとう、ノエル。」




 世界は救われた。世界を滅ぼそうとした、“天使の卵”が壊れた。私が壊した。銀色の髪の少年はもう動かない。


 世界と世界の狭間にある、広大な異空間。広大な透明な板の亀裂が、どんどん大きくなっていく。板の破片が砕けて落下していく。


 板の揺れが大きくなってきた。私たちは動かない。私は、静かに息を吸って……最後の決闘を思い出していた。



 彼がすぐ近くで横になっている。彼の頬をつたうものがある。男の子なのに泣いて……泣いたら駄目だよ。私も人のこと言えないけど……貴方と出会えて、感情が豊かになれた気がする。


 

 私は、彼の手を握った。彼も握り返してくれた。彼の力は弱いけど……私は泣きながら、最後に呟いた。



『……フィル、ありがとう。

 貴方のこと、決して忘れない。

 

 また、どこかで……会おうね。

 大好きだよ、フィル。』

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