愛でたい、あたまはおめでたい!

うめもも さくら

おめでたいっていいことだ

私は意地っ張りで臆病な人間だ。

彼は我が道をいくタイプの人間だ。

私は彼が苦手だ。

彼は私を愛し過ぎている。


「ポチ、何度言ったらわかってくれるんだ……時と場所をわきまえろ!!」

血管がぶち切れそうなほど怒っている私の様子など意にも介さずに私に抱きついてくる者は幼なじみの男あだ名ポチ。

「今日も可愛い!怒ってる顔も俺を蔑む目もぜーんぶ愛おしい!好き好き!チカちゃん大好き!」

私の顔はいたって普通の造作をしている。

他人に誇れるほど綺麗ではないし笑いにできるほど不細工でもない。

だが、この男は目が悪いのか趣味嗜好が悪いのか昔から私を可愛いといいながらまとわりついてくる。

「人の話を聞け!!」

「聞いてるよー。チカちゃんの声は天使の歌声だもの!」

「勝手に私の声を加工するな!!お前の耳は最新アプリかっ!」

「チカちゃん大好きーーー!」

体当たりに近い勢いで抱きついてくるポチの顔を押し退けて私は開かれたノートパソコンを指差す。

「ポチ!見ろ!私は明日中にこの資料作り終えなきゃいけないんだ!」

「明日でしょ?」

「あのね、今日の私は昨日の私の頑張りの積み重ねでできているの。今日の私が怠ると明日の私が苦しむことになるんだよ」

「チカちゃん、今日は今日、明日は明日だよ。明日は明日の風が吹く!」

こいつには悩みとか迷いとか心配とかないのか!

ないな、こいつにはない。

長いつきあいだけど、いつもこいつはこういうやつだ。

「ポチ、お前の持論はどうでもいい!私はこれを今日中に終わらせたいんだ!よってお前のことは構ってられない!帰れ!」

そう言うと私はポチに背を向けてノートパソコンの前に座る。

いくつかのノートや資料に目をとおしながらキーボードをたたく。

今日は少しきつく注意した。

これで静かになっただろうと思いほっと胸を撫で下ろした瞬間正座していた私の足が重くなる。

まさかと思いながらゆっくりと目を下に動かすとポチが私の足を枕にしていた。

「……おい。なにしてんの?」

「膝枕〜!暇なんだもん!」

「あのな、お前は暇でも私は忙しい!見てわかるだろ!T、P、O!!言葉の意味知ってる!?」

「知ってるよー、Tは時でタイムPは場所プレイスOは場合でオケージョンでしょ?」

「……わかってるなら実行しろーー!!」

そしてそんな事を言い合っている間にも今日が終わろうとしていた。


ポチの腹立たしいところはこういうバカなのに勉強は努力型の私よりも遥かにできるところだ。

正直ポチは頭がいい、顔がいい、金持ちと女にモテる要素をふんだんに持ち合わせている。

なので当然女性たちが放っておかない。

ごく普通の一般人からモデルのような綺麗な人まで引く手数多だ。

ポチは小さい子供の頃から毎日のように告白されていた。

同級生はもちろん年上から年下まで幅広い層の女性にモテまくっていて他人ごとだが大変だなぁと思っていた。

あの事件があるまでは……。


「結局昨日は彼氏くんが帰ってくれなくて資料ギリギリになっちゃったのか」

「彼氏じゃない。ポチは幼なじみだってば」

友人が哀れみとからかいの混ざった声で私に言う。

私にとって友人と呼べる女性は彼女くらいだ。

その理由もポチのせいだ。

「幼なじみくんかっこいいし、あんなにあんた一筋なんだから観念して付き合っちゃえばいいのに」

「軽々しく言わないでよ。ポチのせいであたしがどんな悲しい青春時代を送ったか知ってるでしょ?それと観念して付き合えってちょっとおかしい」

私の友人が彼女しかいないのは、私が女性に目の敵にされてしまうからだ。

それもそのはず、幼い頃からポチは私になつき、私のまわりをまとわりついてきていた。

ポチに惚れている女性からしてみたらかなり疎ましい存在だっただろう。

学校、職場中の女性がポチに惚れていたのは言うまでもない。

だから私のまわりの女性ほぼ全員に嫌われていた。

嫌われているだけならば気にしなければいいのだが大半の女性はこちらに攻撃的になってくる。

いわゆるイジメを受けてしまっていた。

学校に行くのも嫌になった時期もあったが基本的に私が負けず嫌いなこともあってやり返すまではなくとも孤独を気にしないようにしていた。

その事を言ったり、助けを求めたら負けな気がしてポチにもそれを言わなかった。

今なら思う。

負けてもいいから助けを求めなければいけなかったと。

「まあ、あたしはイジメとか嫌いな人間だし、幼なじみくんがかっこいいことはわかるけど正直タイプじゃないからね」

こんなことをさらりと言えてしまう彼女くらいしか私の友達になろうなんて人はいないのだ。

彼女は私にとってありがたく尊い存在だ。

そんな事を思っているとおもむろに真剣そうな声で彼女が私に問う。

「イジメ……幼なじみくんに言ったら?」

私は少し考えてから頷き、さも気にしてないように答える。

「平気!みんなもうそろそろ大人になったんだろうね。だいぶ少なくなったし、全部ポチのせいなのに助けられるとかイヤだし」

「無理じゃない?幼なじみくんは番犬くんだから」

駄犬の間違いじゃない?なんて言いながら私はあの事件のことを思い出していた。

そしてもうあんな事件を起こしてはいけないと私は強く誓ったんだ。

けれどどんなに気をつけていたとしても起きてしまうものは起きてしまう。


「あれ?今日寝ないで作った資料がない……」

確か机のこの引き出しの中にいれておいたはずだ。

辺りを探すが資料は一向に見当たらない。

仕方がないとノートパソコンでもう一度資料を出そうとするがそこで嫌な予感は更に強まる。

「……鞄もない」

ノートパソコンの入っている鞄は置いておいた机の下から忽然と消えている。

通り一遍の嫌がらせに飽き飽きしながら資料や鞄がないのは困るので探すことにした。


辺りを見てまわっていると数人の女性が何か笑いを浮かべながらなにかを囲んでいる。

それは火だ。

缶で出来た箱の中に火がぼうぼうと大きな音をたてて燃えている。

そこに資料や私の鞄を今まさに放り込もうとしているところだった。

私は慌てて駆け出し、その場にいる女にぶつかりながら缶の箱を蹴飛ばした。

缶の箱はがたがたんと大きな音を響かせながら転がる。

私は靴と脱いだ上着で消化しようと叩き続けた。

火が弱まり、完全に消えるともう見る影もないあちこち焼け焦げた紙切れになった資料と黒く煤だらけになった鞄が転がっていた。


「信じられない、最低」

私がまだ熱い鞄を抱えて足早にその場から立ち去ろうとすると女が強い口調で言う。

「なによ!いつもポチくんのそばにいて!あんたポチくんとはどういう関係なわけ!?」

女たちにぐるりと囲まれて私は昔のあの事件のことを思い出していた。

そしてヤバいと思ったときには時すでに遅し。

女たちに囲まれている私を引っ張るように後ろに下げたのは誰でもないあの事件と同じポチだった。


「チカちゃん!!大丈夫!?」

まわりの思ったなど眼中にないように青ざめながら

私を見ていた。

そして私が頷くと安心したのか私に背を向けて女たちの方を睨み付けた。

「あんたら、俺のチカちゃんになにしてんの?答え次第では殺すよ?」

「ポ…ポチくん」

「あのさ、誰が俺をポチなんて呼んでいいって言った?俺をポチって呼んでいいのはチカちゃんだけだよ」

声だけでもわかる。

ポチはあの事件以来のマジギレだ。

私が恐れている事件とはポチの駄犬、番犬を越えた狂犬モードのことである。

まだ私が学生の頃、ポチにイジメのことは言わないつもりでいたのにあろうことかイジメの現場をポチに見られてしまった。

ポチはひどく怒ってその場にいた人間を全員伸してしまった。

老若男女問わず、一切の情もなくただ狂ったようにその場にいる人間を傷つけるポチを見て私は思った。

私がポチをあんな風にしてしまった。

ちゃんと相談するべきだったし、誰かに好意を抱かれたら自分が自分を守る努力をしなくてはいけなかった。

それからポチは学校を停学になった。

私を守ろうとしたと彼一切言わなかったらしい。


もうあの時みたいになってほしくない。

私はその一心で私はポチの胸ぐらを掴み言い捨てる。

「こういう関係だよ!」

そう言ってポチにキスをした。

すると全ての時が止まったように動かなくなった。

そしてどこからかパチパチと手を叩く音がした。

「おめでとう、チカ、幼なじみくん」

「へ……?」

そこに立っていたのは私の唯一の友人だった。

どういうことかわからないという顔をすると友人は申し訳なさそうに笑って言った。

「だって焦れったいんだもの。あっ、これチカの本当の鞄と資料ね」

そう言って差し出されたのは少しも変わっていない私の資料とノートパソコンがはいった鞄だった。

その場にいた女性全員が申し訳ないようないたたまれないような顔をしている。

「チカは難しく考えすぎなんだよ。あと悲観しすぎ。学生の頃はどうか知らないし、今もイジメする人もいるかもしれないけどみんなもうそろそろ大人になったんだよ。バカな人ばかりじゃないよ」

そう言って笑う友人に私は少し驚いたけどそうだねと言った。

今回の事件は全て友人に頼まれたバカじゃない人と優しい友人のお節介だったのだろう。

そして未だに状況を呑み込みきれていないポチに私は言う。

「ポチ、あんたの粘り勝ちだ。幼なじみからの卒業おめでとう」

私は観念した。

観念して認めた。

本当の気持ちを。

私がずっとポチを好きだということを。

ポチはみるみる顔を綻ばせて抱きついてくる。

「チカちゃん!!大好き!!もう一回して!!」

「イヤだ!!絶対イヤだ!!」

そんな言い合いをする私たちをみて夫婦喧嘩は犬も食わないねと友人たちは笑った。

私を愛でたいポチとポチはおめでたい頭だと呆れる私とおめでとうと笑う友人たちの声が響いていた。

おめでたいっていいことだと私は笑った。


私は意地っ張りで臆病な人間だ。

彼は我が道をいくタイプの人間だ。

私は彼が苦手だと言い聞かせてた。

彼は私を愛し過ぎている今もこれからも。



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