【KAC9】おめでとう!俺は僻地への異動が決まった!

綿貫むじな

僻地への赴任が決まった兵士の日誌

統合歴532年4月1日


人事異動の時期が今年もやって来た。

 我がヴァルディア王国においてもそれは例外ではなく、王国の領土各所で務めている兵士達は定期的に異動されることになっている。

 いつまでも同じ場所に居ると新鮮味を失い、いつしか怠ける奴らが出てくるからだ。

 また領民と癒着して利益を得ようとする輩も出てくる。

 だから基本的に兵士は三年をベースに王国内の領土の何処かに再配置される。

 例外は近衛兵くらいで、年がら年中彼らは王が住まう城に詰めているが、彼らは俺達のような雑兵とは違ってエリートであり、王を守るという使命を持って勤務に当たっている。 それに彼らは身分ある家柄の出である事も多く、賄賂や癒着などあろうはずもない、と言いたい所だが残念ながらそう言う人たちの中でも多少は不心得者が居るのは事実だ。

 

 それはともかく、俺も兵士としての仕事はそれなりに長い。

 赴任場所も三回ほど変わっているが、そのどれもが良い場所だった。

 中でもキデニ村に赴任した時が一番思い出が深い。村とはいえ、隣国ドニ・アーデン国との国境に近い村だったから、様々な人が行き交う交通の要衝でもあり、旅人から得た様々な情報や、土産物などの提供(例えば珍しい酒など)などもあったり、それなりの役得を得たものだった。重ねて言うがこれは好意でもらった物であり、決して賄賂とかではない事を付け加えておく。

 今回の赴任場所はどこになるのか、実に楽しみだ。



統合歴532年4月7日


 兵士の詰所で休息していると、俺の元に手紙が届いた。次の赴任場所の言伝だろう。

 中にはこう書いてあった。


”デルフ=ミニトーの次に赴任場所をここに示す。

 

 王国最北、北の海岸、大灯台の守備を命ず。


 一月のうちに準備を済ませ、二月のうちには現地へ到達せよ”


 ……北の大灯台の守備、そこには人が果たして居るのだろうか。

 この時、手紙を盗み読みした兵士長の嫌味はとても忘れられない。

 曰く、


「おめでとう! 北の大灯台の守備、重要な仕事じゃあないか? ええ? サボらずに警備に励むんだぞ」


 と言いながらゲタゲタ笑っていた。元々俺とは馬が合わなくて事あるごとに対立していたが、俺が僻地に飛ばされるのを見てせいせいした様子だった。

 後の噂によると、この兵士長が次の俺の任務として大灯台の守備を進言したようで、全く腹いせとしては大成功の部類だよ。恐れ入る。

 大灯台。確かに灯台は船乗りにとっては大事な目印となるし、その灯火を絶やさない事こそ仕事だとは思うのだが、なんせ北の領海は荒海で、船が出せる月なんて一年を通して三か月もあればいい方だ。命知らずの漁師だって、波が人の背丈の三倍かそれ以上のが常時うねってる場所でなんか漁は出来ないって言っている。せいぜい近海でウニやカニを獲るのが精いっぱいだとかなんとか。

 沖の方へ出れば今度はイカのバカでかい化け物のクラーケンに襲われるしで、クラーケンに襲撃されても撃退できるだけの装備か乗組員が居なければとてもじゃないがこんな海を通ろうとは思わない。現にたまに見かける船も、大砲を積んでいるか手練れの冒険者や海兵が乗っている。それでもクラーケンに沈められた船の残骸が時おり海岸に打ち上げられる事もある。

 

 赴任してわかったことだが、やっぱり人は居ない。

 と言っても全くではなく、集落がある程度ぽつぽつとあるくらいで、彼らの生業は大体狩人か農民だ。季節によってどっちかをやっていると言う感じで、専業で何かをしているという人らは居ない。

 ここを旅する人も滅多に見かけない。通年寒く、雪が一年の半分を覆う土地をわざわざ訪れる奴なんてのは酔狂な奴か、あるいは脛に傷を持つ訳ありか、それくらいだ。

 俺以外の仕事仲間は居ない。

 これから何年、ここで暮らす事になるのか今から憂鬱で仕方なかった。



 

統合歴532年11月10日

 

 現地に行くまではどれだけ酷い場所かと鬱々とした気持ちになっていたが、いざ辿り着いてみればそうでもない事を思い知る。

 まず、灯台守の仕事は思いのほか楽だった。

 灯台に灯っている火を絶やさぬようにするのが第一の任務で、火が消えないように油を足したり、火の芯がいよいよ燃え尽きそうになったら新しい物に移し替えたりしている。

 灯台の火は聖なる灯火とも呼ばれていて、かつて王国が成立する前の小国が乱立していた時代、この北の地に悪魔の眷属が現れた時に勇者が聖火を持ち出したと言い伝えがある。

 聖火は悪魔が備えている結界を破る力を持ち、また魔物の類を寄せ付けないという不思議な力がある。この灯台から一定の範囲内であれば魔物は寄ってこないので、兵士として民を守るという仕事はしなくても良いのだ。いや、万が一犯罪者が出たらそっちの仕事はしなけりゃならんのだが。俺は腕っぷしは兵士の中では並だし、そこらの熊にも負ける自信がある。いや、流石に熊は腕利きの狩人でもないとソロは無理だな。猛獣だし。

 

 集落の皆はよそ者の俺にも親切にしてくれる。

 元々ここは行き場を失った人々が寄り集まって出来た集落で、こんな厳しい環境の中で生きているからか人が困っている時は手助けするのが当たり前、みたいな感覚がある。

 こないだは山の狩りで獲って来たと言う雪イノシシの鍋を振舞ってもらった。

 あれはとても滋味深く、街では味わえない代物だった。

 俺も灯台守の仕事以外は暇を持て余していたので、エルフの狩人に弓の扱い方や獲物の狩り方、山での歩き方などのサバイバル術を教えてもらった。

 弓はやっているうちにみるみる上達していき、狙った所なら大抵当たる。もしかしたら遠い祖先にエルフが居たのかもしれない。

 

 灯台の最上階で聖火にあたりながら設置した長椅子に座り、窓から雪景色を眺めているのは至福の時間だ。今まではずっと人の多い場所に赴任していたから、目が回るような忙しさの最中に居た。

 ここはまるで時が止まったかのような場所だ。

 近場には温泉もあり、よく野生の獣が浸かりにやってくる。もちろん人間が浸かってもいいし、傷や打ち身に効くらしいので首都に戻ったら怪我を負った兵士にここに来させるよう進言するのもいいかもしれない。

 何故、みんながここに来ないのか今となっては理由がわからない。住めば都だ。


 


統合歴535年5月10日

 

 北の大灯台での三年間はあっという間だった。

 名残惜しい気もするが、転勤の知らせが訪れて俺は首都に戻って来た。

 そう、首都だ。今度の勤務は王都ヴァルディアだ。

 皆からは僻地勤務で一生を終わるのかと思ったとか酷い言われようだったが、俺は何故ここに戻れたのだろう?

 そして俺の手元には王からの直々の手紙がある。

 荷物をまとめたら一度謁見の間まで来てほしいと。

 一兵士に王が直々に会うとか、大分話が大きくなってきたじゃあないか。



統合歴535年5月20日



 本日をもって、俺は近衛兵としての任務に就いた。

 灯台守の仕事を終えた後、王様と話す機会を与えられてその時に王様が言ったのは、北の灯台守の仕事と言うのは信用できる奴にしか任せないという事だった。日々、火を絶やさぬように見つめ続け、かつ退屈であろうとも真面目に仕事をし続ける奴でなければあそこの仕事は務まらないからと。

 北の大地はいくら住めば都と言っても厳しい環境には変わらなく、一週間で脱走した奴も居るという。仕事はともかく北の海の田舎の、特に冬の陰鬱な天候に嫌気が差して転勤を願い出た奴もいると言うし、要は俺はあそこでの勤務に適性があったという事だろう。

 どこぞの嫌味な奴からの進言を受け入れた訳ではないと王は言った。

 そして王は俺を労ってくれた。


「おめでとう、デルフ君。君は今日から近衛兵として城での仕事に励んでくれよ」


 王の言葉と言うのは何にも代えがたく有難いもので、それは確かに俺の心に刻まれた。


 ちなみに。

 俺に嫌味を言った兵士長がどうなったかと言うと、彼は隣国のスパイと接触して情報を横流ししようとしていたらしい。大方、金に釣られたのだろう。

 もっと金が欲しければ重要な情報をよこせとスパイに言われて、ほいほいと応じたのが運の尽きだった。大臣の居室に忍び込み、重要そうなものを片っ端から漁ってる最中に警備兵に見つかってしまったのだから。そもそも大臣も動きを把握していてワザと部屋を空けたというから、何とも兵士長は間抜けな野郎だ。ついでにスパイも捕まった。多分牢屋に行けば間抜け面を拝めるだろうが、そこまで暇じゃないからな。これからの俺は。


 人はどこかで誰かに見られている。

 誰かってのは人じゃあなく、例えばそれ以外の何かって事だ。

 だから望まない仕事を受けたとしても、次に繋がる事だってあるかもしれないし、ないかもしれない。でも一旦受け入れたなら打ち込むのがいいんじゃないかって、最近の俺は思った。ひいてはそれが王国の為にもなるってね。

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