第6話 二人の少女

 正門前で揉めていたのは、警備員と二人の女の子だった。

 歳は同じくらいに見える。

 彼女たちも入学試験の受付をしに来たのだろう。


「どうしたんですか?」


 そのまま素通りというわけにもいかず声を掛けてみると、警備員に「また、何か来た」と嫌な顔をされた。

 試験の受付をしている大事な時期に配属されている警備員がこれでいいのだろうか?


「坊っちゃんたちは?」


「入学試験の手続きに来たんだけど?」


「それは本当か?」


 何をそんなに怒っているのだろうか?

 冷静さを保っていないと警備など出来ようもない気がする。

 この警備に関しては後で報告しておこう。


「大体、この二人もそうだが、ここは貴族様が通う学校なんだ。

 学院からの推薦にもない爵位を持たぬ者が、紹介状の一つもなしに『はいそうですか、どうぞ』なんてなるわけないだろ?」


 警備の言うことはもっともである。

 貴族が通う王立学園が身元確認をきっちりするのには、セキュリティー面から考えても当然のことだからだ。

 ということは、あちらで様子を伺っている二人は違かったということだろうか?

 状況は未だに掴めない。


「なら、俺たちは問題ないな。はいコレ。俺とユーマの紹介状だ」


 困惑する俺をよそにアレンが二人分の紹介状を出す。

 アルテンシア家の使用人に信用されていないのか、俺の分も合わせてアレンに渡していたのだ。

 普通、こういうのは階級の低い人間が行うと思うのだが……

 まぁ、本人も気にしている様子はないし、気にするだけ無駄なのかもしれない。


「こ、これは、アルテンシア辺境伯爵殿とシュペルマー子爵殿の?

 お二人はアイマルク男爵家と――ふ、フロストル騎士爵家!?

 た、大変失礼致しました。中へお入りください」


 こういう人って本当に変わり身早いよね。

 でも、男爵家の名前よりウチの騎士爵に驚いていた気がするんだけど?

 騎士爵って爵位としては一番下だ。大して驚く必要もない気がする。


「それで、あちらの二人は?」


「はい。アイリス騎士爵家のサラ・アイリス殿と平民のエリナ・イリアリスです」


「? サラさんは騎士爵だし、エリナさんは従者ってことにすれば問題ないのでは?」


「いえ、ユーマ。騎士爵にも色々とございまして……」


「ユーマ。そのへんでな。お前のそれが謙虚なんかじゃなくて、ただのド天然なのは段々と分かってきたが、流石にそれ以上は警備員が可愛そうだ」


 そこで、間に入ってきたのがアレンだった。

 使用人やアレンから見て、どうやら俺は非常識らしい。

 まぁ、ぶっちゃけ貴族の暮らしなど知るか!って話なんだが……


「それで、サラさんたちは何で入学試験を受けようと?」


「私は剣を、エリナには魔法を学ばせたくて……」


「へぇ……なら、魔法を使って見せてよ」


 その言葉に、エリナさん本人は愚か警備員も慌て始めた。

 まぁ、普通は必要以上に魔法を使うことは禁じられている。

 貴族の多くは魔法が使えるし、魔法を使って使用人に罰を与える者も少なくなかったからだそうだ。


「ユーマ流石に……」


「仕方ないだろ? 二人を学園に入れようとするなら、この学園で学ぼうとする実力を見せて貰わないと話にならない。

 それとも先にサラさんが剣術を見せてくれるかい?」


「そ、それは構わないけど……」


 サラさんは「大丈夫?」とでも言いたげに警備員を見る。

 警備員は諦めたかのように首を縦に振った。

 一応、自分が立会人になれるし、しっかりとした理由もあるからと。


「それで、ユーマ君は剣を持ってないの?」


「上手く使えなくてね。だけど遠慮なく切りつけてくれて構わないよ。

 ちゃんと避けるからね」


「そう。なら、噂に聞くフロストル家の力を見せてもらうわ」


 そう言うやいなや先制攻撃と言わんばかりに、腰に携えていた剣をいきなり抜いて切りかかってきた。

 抜刀から攻撃まで見事な身のこなしではあるが、剣術の型を練習してばかりで実戦経験が少ないのだろう、真っ直ぐ過ぎるその剣は綺麗ではあったが見切るには簡単過ぎた。

 なおも必死に食らいついてくるサラさんの攻撃を幾度か避けた後、もう終わりにしようと思って横から迫った剣を抑え込んだ。


「よ、避けられるのは仕方ないと思ってたけども、予備動作もなしに片手で真剣白刃取り?

 想像以上の実力ね……」


「え? これくらい普通じゃない?

 昔から稽古を付けてくれてたおじさん達は普通に笑いながらやってたけど?」


「ユーマそれは普通じゃないからな?

 お前の領地が少々特殊なだけで」


 武術で有名なアイマルクの三男坊もこの反応である。

 段々と学園生活が怖くなってきたよ兄さん……常識的な意味で。


「さて、次は魔法かな。エリナさん適当に魔法を使ってみてよ」


「は、はい!」


 エリナさんはビクビクとしながらも魔法を行使する。

 使われた魔法は風属性の魔法。

 周囲の風が段々と強まり彼女に集まっていく――が、様子がおかしい。


「そんなに出力はいらない。もう少し力を抑えて」


「は、はい! うっ……」


 抑えようとしてはいるようだけど、残念ながら抑えきれていないどころか少し暴走気味だ。

 これ以上は危険かもしれない。そう思い手に魔力を集め根源に向かって放つ。

 放たれた魔力は何の攻撃力も持たない純粋な魔力の奔流だ。

 それが、魔法にぶち当たれば、たちまち魔法は形を失い霧散する。

 緊張が解けたのかエリナさんが腰を地につけた。


「大丈夫?」


「は、はい――でも、今のは?」


「小規模の魔法を打ち消す対抗魔法と呼ばれる無属性魔法さ。

 といっても、魔力を超圧縮してそのまま放つだけだから、魔力制御の訓練とそれなりの魔力があれば誰でも出来る簡単なカウンター魔法みたいなものだよ」


「とりあえず、簡単ではないことだけは魔法が苦手な私でも分かったわ」


 サラさんに呆れられてしまった。

 そんなに変なことを言ったつもりはないんだけどなぁ……


「そうだ。一つ確認したいんだけど、サラさんが王立学園に入りたいのはエリナさんのため? それとも別に理由があるの?」


「座学を学ぶ必要があるわ。

 私は騎士爵家の長女。いずれ爵位の上の方に仕える機会も出てくるはず。

 その時に無学では仕える方に申し訳ないもの」


「なるほど。剣術の訓練を適度に続けながら知識も付けたいってことか。

 なら、アレン。決まりでいいかな?」


「まぁ、これも何かの縁だ。ユーマの好きにすればいいさ」


 短い付き合いではあるもののアレンとは最初から息ピッタリと感じていたし、自分が何をしようとしているかなんとなく察してくれたようだ。


「じゃあ、今この時を持って、サラ・アイリスをアレン・アイマルクの従者に、エリナ・イリアリスをユーマ・フロストルの従者とする。

 これで、二人共俺たちが合格さえすれば一緒に従者枠として入学出来るよね?」


「は、はい。規則上は何も問題はありません……」


 こうして、正門前での問題は一つ解決したのだった。

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二度目の人生は平穏に過ごしたい! 初仁岬 @UihitoMisaki

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