おめでとうー受賞の言葉ー

奥森 蛍

第1話 おめでとうー受賞の言葉ー

――こちらアメリカロサンゼルス、アカデミー賞授賞式の会場です。会場は熱気に包まれています。先ほどホラー映画の巨匠アントニー・ボールド氏がレッドカーペットを歩いた際には多くの取材陣がカメラを向けてその歓声に応え、サインをするという一幕も見られました。


――樫木かしきさん日本勢の到着はまだですか?


――今現在はまだ到着していません。日本映画では短編アニメ賞に『僕が僕である理由』が、そして大注目の『メゾン・ド・ゾンビ』が主演男優賞、助演女優賞、監督賞、作品賞、死体賞、全5部門にノミネートされています。


――我々としても是非受賞していただきたいですね。


――アメリカ国内でも特に死体賞は注目され多くの関係者が立長たてなが吉幸さんの到着を待ちわびています。


――しかしまあ、日本人が死体賞を取ったとなると初の快挙ですね。是が非でも受賞していただきたいです。


――あっ、今どなたか到着されたようです。


――どなたでしょう?


――綾辻監督と立長さんです! 立長さんは陣羽織で落ち武者メイクです。少し声を掛けてみましょう。立長さん! 立長さん、昼空ワイドです!



「ママ! パパテレビ映ったよ!」


 幼い健四郎の声で美代子がエプロンで手を拭きながら駆けてくる。


「やるなってあれほど言ったのにやったのね」



――あー、こんちは。こんなとこまでご苦労さんです。


――落ち武者メイクお似合いです。


――死体ですからね。やっぱこれくらいはキメないと。


――日本の視聴者の方にメッセージありますか?


――美代子、愛してるよー!



「馬鹿ね」


 美代子はそう呟くとエプロンを外した。美代子は看護師をしている。授賞式を見たいところだが、これから夜勤に行かなくてはならない。休み希望は出さなかった。夫の仕事の如何によって休みを取ったりしないのは実直な美代子のポリシーなのだ。どうせテレビは録画しているし後で帰国した吉幸が嫌というほど見るだろう。テレビを消すと健四郎が「えーっ、パパが出てるのに」と声を上げた。


「続きはおじいちゃんちで見てね」


 そう言って宥めると戸締りし、一人息子を連れて家を出た。



 自転車をこぎながら美代子は吉幸との出会いを思い出していた。初めて出会ったのは合コンだった。舞台役者とのコンパ。変わった相手なので面白半分で参加した。他の役者はみなイケメン、舞台でも主演をするような人たち。一方吉幸はモブ顔、何を演じているのか聞いてみると、ひたすら死体役だ、と笑った。


 彼は死体役にこだわりがあるようでどんな風に死ぬのが理想か延々と語った。一緒に参加した同僚は「あいつだけはないわー」と言っていたが美代子は興味を示した。一度舞台を見に来て欲しいと言われ二つ返事で見に行くことにした。舞台は正直どんな話だったか覚えてはいない。犯人に襲われて血まみれで倒れた死体役の吉幸の瞬きを忘れさせるような迫真の演技にくぎ付けでストーリーそっちのけだったから。


 その後2度ほど舞台公演を見に行って吉幸との交際を始めた。名前すら与えられない役ばかりをこなす吉幸との将来の展望何て描けなかったし、両親も交際を認めることはなかった。でもお腹に健四郎が出来た。駆け落ち同然で家を飛び出し、吉幸との家庭を築いた。  


 あれから5年、吉幸は名もなき死体役を続けた。そしてこの度アカデミー賞死体賞を受賞しようとしている。死体役としては最高の名誉。両親も少しづつではあるが認めるようになった。この賞はきっと私たちの未来を変えてくれる。そんなことを思いながらペダルを漕ぐ。



「美代子さん、あまり働いて体壊さないようにね」


 健四郎を預けると心配そうに吉幸の母、澄子が言う。


「さっきまでアイツテレビに出とったんだがの」とリモコンを片手に持った吉幸の父、栄吉。


 家の中には親戚一同が集っているらしく玄関には靴がたくさん。お祝いムードが漂っている。祝いの場にいられない自分を皆は冷たい嫁と切捨てたりしないだろうか? 


「帰りに寄ります。健ちゃんいい子でね」

「分かったー」


 健四郎はテレビがよほど見たいらしく空返事で家の中へと走っていった。



 職場につくともう一人の夜勤の佐藤さんが着替えている最中だった。


「ご主人面白い人ね、あの格好いいと思うわ」

「止めろって言ったんですけどね」


 職場の人に公演チケットを再々買ってもらうので皆、夫が舞台役者だという事は知っていた。死体役を続ける吉幸のことを恥ずかしく思ったことなどないし、むしろ彼の生きざまは立派だと思っている。死体賞にノミネートされた時は皆ネタじゃないかと笑ったが応援もしてくれた。


「今日くらい休めばよかったのに」

「私が働かないと生きていけませんから」

「確かに」


 佐藤さんはハハッと笑った。



 テレビでは時々CMを挟みながらすでに授賞式が中継されていた。助演男優賞まで発表されてメゾン・ド・ゾンビは3つの賞で惜しくも受賞を逃していた。本命の助演女優賞、緒方直子が豪奢なドレスに身を包み発表は今か今かと待っている様子が映し出される。不意にテレビの端に写った吉幸を見て健四郎が「パパだ!」とテレビにくっつく。親戚一同「映った映った」と中腰になり沸き立つ。



――それでは助演女優賞の発表です。


 皆テレビの前でごくりと息を飲む。


――助演女優賞は……


――メ……


「メ?」


――『メリーゴーランド―七日間の軌跡―』!



 ああぁ、と声が沈む。美人で名の通っているアメリカ人女優のレニー=ミゼルが立ち上がり壇上へと向かう。拍手喝采でまぶしいライトの中を突き進んでいく。


――皆さん、ありがとう。ありがとう。この賞を頂けたのはほかでもない皆さんのおかげだと思っています。私を選んでくださった審査員の皆さん、日頃から応援して下さっているファンの皆さんに心から感謝を伝えるとともに……


「パパ選ばれなかったの?」


 健四郎があどけない表情で問いかける。皆の嘆息を聞いて受賞を逃したと思ったらしく少ししょんぼりしている。澄子は優しく微笑んで「まだよ」と頭を撫でる。


「パパは必ず選ばれるわ」

「ホント?」

「ええ、だって世界一のゾンビだもの」 


 健四郎は黙ってすくっと立ち上がると再びテレビへとかじりついた。



――いよいよ、賞も残るところ1つとなりました。死体賞の発表です。


 皆テレビにくぎ付けとなる。テレビには落ち武者姿の吉幸が映し出される。


――死体賞は……


「死体賞は?」



――メゾン・ド・ゾンビー!!!



 部屋の中がドワッとなる。親戚一同狂気乱舞する勢いで歓声を上げる。皆が拍手をして抱き合いあふれ出る喜びを分かち合った。テレビの中では監督が行くか吉幸が行くか譲り合いをして吉幸が遠慮がちに前に進み出た。



――ああ、皆さん。ありがとうございます。ありがとう。センキューベリマッチ。


 吉幸の言葉を通訳が訳している。それを聴衆が静かに聞いている。親戚一同も喜びを収め静かに耳を傾けた。


――ああ、私がこの賞を受賞できたのはほかでもない私自身のおかげです。うん、自分のおかげ。


「あいつぬけぬけと何言ってやがる。美代子さんのおかげじゃねえか!」


 吉幸のいとこの俊哉が握りこぶしを作る。それを栄吉が諌める。


――わたくしは大学生活を始めた19歳の時からずっと死体一筋に努めてきました。切られ役、食われ役、転がる死体、数多くこなしてきましたがどれも歴史に残るような偉業ではありません。意外でしょうが、それでも一度も役者を止めたいと思ったことはありません。


 親族一同は瞬きもせずに画面に食い入っている。


――そんな私にも1人のファンがいます。家内です。美代子と言います。看護師です。今日も働いています。私の仕事と違って家内の仕事は多くの人を救う大切な仕事です。なくてはならない仕事です。だから一生懸命働いてます。息子も含め3人の生活は家内によって支えられています。私には大した収入がありませんので。

 

 会場に笑いが起きる。しかし、親戚の中で笑っているものはいなかった。


――以前、一度家内に聞いたことがあるのです。私の仕事をどう思っているのか、と。そしたら家内は答えました。あなたの死体は笑えるのだ、と。見てると笑顔になれると言われました。普段、仕事で亡くなった人に接する機会も多いそうです。働き始めの頃はふさぎ込むことも多かったそうですが私の死体役を見るうちに亡くなった患者さんはどんな人生を生きてきたのだろうと思いをはべらせるようになったそうです。全てを生き切った人に対し、改めて敬意をもって接することが出来るようになったと言っていました。死体1つに人生を作り演じきる私の姿を見て患者さんに寄り添うことが出来るようになったそうです。私の一番のファンは妻です。努力し頑張ったのは僕ですが、応援してくれたのは妻です。だからずっと死体でいられたのです。だから少し身勝手ですが、作品に捧げる前にこの賞は日本で待つ妻に捧げます。



 会場中に拍手が起きる。吉幸はご満悦な表情ですっきりとした笑顔を浮かべている。日本中が喜んでいたであろうが職場でスマーフォンを見つめる美代子は涙を浮かべていた。気を利かしてくれて佐藤さんは「おめでとう」と声を掛け見回りに行ってくれた。30分もしないうちに電話が掛かってきた。吉幸からだった。


『授賞式見てたか美代子?』

「見てた」

『おい、泣いてんのか?』

「泣いてない」


 美代子は涙を拭いながら言った。


『一回しか言わねえからよく聞けよ』

「何?」



『受賞おめでとう、美代子』


(了)

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