おめ○とう

くら智一

Episode 0

 痛ましい事件が起こった。10年以上前のことだ。ある小学校が修学旅行のため用意したバスが子供たちを乗せたまま凶悪犯にジャックされたのだ。


 犯人は拳銃を所持し、危険人物として指名手配された存在だった。小学6年生の子供たちは人質に取られ、高速道路を暴走するバスの中で泣き喚いていたという。銃で脅された運転手は100キロ超のスピードのまま他の車を追い抜いていった。


 警察側は、バリケードを作ることでバスを誘導し、減速させる手段をとった。インター合流口の先でパトカーが列を成し、横に幅広い障壁をつくった。


 ――結果、事態は最悪の展開を迎える。バスはインター側へ進入を拒否、パトカーの群れに突っ込み激しく横転して炎上した。


 大事故となったが、奇跡的にも子供たちはほぼ・・軽傷で済んだ。運転手と教師も無事。犯人のみ武装した警官によって射殺された。事件は解決した。1人の犠牲者、子供の中から死人が出たことを除いて……。





「よぉ、久しぶり」

「15年は長いな、おまえ誰だっけ?」

「おいおい、よく一緒につるんで悪さした仲じゃないか」

「マジかよ。ヒゲのばして山賊みたいになってるじゃん」


 20代の若者たちが同級会に出席していた。悲劇の事件から生還した子供たちは立派な大人になっていた。1人も欠けずに集まるなど珍しいことだ。彼らには不思議な共通点があった。

 

 事故以来、人生のあらゆる分岐点で幸運にめぐまれたのだ。高校・大学と試験で不合格となったものはおらず、無事第1志望の就職先にも採用された。取材は断っていたものの、過去を知る者たちからは奇跡の集団グループと呼ばれた。


「それで、食事が終わったら皆で行くのか?」

「ああ、霊験あらたかな神社の近くで集まったのはそちらが目的だからな」

「確かに……祓ってもらわないといけない」


 彼らには幸運が訪れたが、奇妙なことに彼らを褒め称えたり、「おめでとう」などと祝った者には不幸が訪れた。祝福した者たちに限って病魔や怪我が頻発し、さすがに何かあるのではないか、と全員が同じ結論に至ったのだ。


 おはらいをしてもらう神社は決して名前・規模ともに大きくないが、悪霊を退治することに関しては裏界隈で名前の通った場所だ。


 かつて凄惨な事故から生還した者たちは神社の本殿にて、仰々しい儀式に臨んだ。天気は曇っていて絶好の条件とは言えなかったが贅沢は言えない。ひとりずつ清めの水、清めのお香の煙を全身に浴び、御神酒おみきを口に含み、身体の隅々からよこしまなものを取り祓った。


 徳の高い神主は長身で背筋がまっすぐ整った壮年の男だ。烏帽子をかぶり、手にはしゃくを持って、懇切丁寧に儀式を進めていった。あらかじめ神主は出来る限り詳細な事情を聞いていた。


 ――事前のやりとりだ。


「……それで、故人があなた方を呪っていると思われたのですね」

「はい。無くなった同級生は、バスの窓を開けて外に飛び出そうとしたんです。もちろん無事で済むはずもないのでしょうが、パニックを起こしたんだと思います。不幸だったのは、逆上した凶悪犯に襟首をつかまれてバスの前列まで引きずり出され、金属の棒で滅多打ちにされたことです。他の子供に対する見せしめだったんだと思います」


「……うむ。小学生の子供に対する仕打ちではないですな」

「赤黒い血にまみれ、顔の形が変わるほど殴られたその子は、うずくまって泣いていました。気を失うほどの暴力だったと思うのですが、生への執着が強かったんだと思います。何が何でも生き延びようとしているように感じました」


「……亡くなったのは横転したバスに叩きつけられたからでしょうか?」

「それが違うんです。皆、座席から投げ出されたものの、バスの座席が上手くクッションになって衝撃をまぬがれたんです。その子や犯人も同じでした」


「……確か、犯人は射殺されたとか……」

「そ、そうです。警官が横転したバスに飛び込み銃で撃ちました。ところが、亡くなった子は最後まで盾に使われ、見た者が言うには最後、犯人に後頭部のうなじの辺りから拳銃で撃たれて口から銃弾が飛び出したそうなんです。むごい死に方だったと思います」


 生き残った者たちは隠している事柄があった。暴走中のバスの窓を開けたのは別の子供だった。怒り狂った犯人に対し、普段からイジメの標的にしていた子供――故人を生け贄のように差し出したのだ。殺された子供からすれば、じっと黙っていただけなのに、突然引きずり出されて暴力を振るわれ、挙げ句銃弾を撃ち込まれた。


 さらに私、筆者が調べた情報によると、故人の死因は即死ではなかった。銃で後頭部を撃たれ、脳幹の一部と脊髄を吹き飛ばされ、首の骨を貫通してもなおしばらく生きていたらしい。直接の死因は、あふれ出る血液による窒息、言い換えるなら自分の血による溺死だった。犯人の方が死亡推定時刻は早かった。


 ――半日に及んだ儀式が終わる頃、空を覆っていた雲は姿を消し、鮮やかな青空が広がっていた。長い時間待たされたが、奇跡の集団グループは現れた神主の姿を笑顔で迎えた。


「皆様、お忙しい中、当神社の儀式に最後までお付き合いくださりありがとうございました。ご安心ください……皆様の憂いの原因は無事、解決いたしました。最後に皆さんで黙祷を捧げましょう。不幸に見舞われた方々を供養するのです」


 暖かい日差しが天井から降り注いでいた。お祓いに来た者たちは静かに目を閉じ、かつて亡くなった同級生の冥福を祈った。やがて目を開けた者は神主の姿が消えて無くなっていることに気づいた。ある者が指差して叫んだ。神主の姿が大の字になって、空中10メートルほどに浮かんでいたことを……。


 壮年の神主には意識があるようだった。目は恐怖に満ちていた。口はあごが裂けそうになるほど大きく開けられ、奥から何かがせり出してきた。「舌」である。人間の舌の長さはかくも長いものなのか……。誰もが不思議に思うほど、神主の舌は大の字に広げた肢体の中央を下りていった。


 50センチほど伸びた後は、根元の部分が舌なのか別の臓器なのか判別できなくなっていた。1メートルほど伸びたとき、口を埋め尽くす舌にのどをつまらせたのか、神主の黒目が上を向いた。


 みちっ、みちみちっ……


 鈍い音と共に神主の顔面がへこみ始めた。頭の中身を目・耳といった外部に通じた場所から撒き散らしながら、やがて顔の起伏がすべて後頭部へ張り付いた。頭というより底の深い皿のようになっていた。


 間違いなく意識はないだろう。顔面の潰れた神主の首が下がった。変形は終わらない。大の字に広がっていた両手両足、神主の四肢がそれぞれ別方向に伸び始めた。


 かつて、日本や中国には大罪人を死刑にする際に生きたまま4方向に手足を引っ張らせ、身体からもぎ取って殺すという処刑法があった。車裂き、と言われる残酷極まりない死刑執行方法と同じ姿で神主の手足は筋肉繊維を限界まで伸ばしながら広がっていった。


 1メートル、2メートル……距離が長くなるほどに四肢は細くなり、身体から切り離されるのを無理矢理引き伸ばされているようだった。最後には4メートルほどになった大の字の異形な人間の姿が空中に浮かんでいた。


 絶叫が男女問わず様々な声で辺りを反響した。逃げ出す者、じっと眺める者、隣を罵る者、集団と呼ぶには完全にバラバラになって恐怖から逃れようと必死だった。一方で神主の姿は急に浮力を失い、地面に落ちた。残っていた者も耐えられなくなったのか、神主だった肉塊には近寄らず、その場を跡にした。





 お祓いが契機だったのかはわからない。かつての事故を生き延びた者たちには変化が起こった。幸運続きだったはずの毎日が逆転し、何をしても失敗、敗北、事故がつきまとった。彼らだけでなく、その家庭にまで不幸は及んだ。かつて不合格とは無縁だった試験や就職は、相手側の不備、仲介者の手違いといった本人と関係ない場所で最悪の結果が出された。


 ささやかな幸せ……。人間の人生は何も成功と失敗だけで語られるものはない。彼らの中にもわずかばかりの幸せをつかむ者はいた。だが、彼らに「おめでとう」と祝福した者たちは病気や怪我ではない、数日のうちに顔面が後頭部に張り付くまでへこみ、潰れて死んだ。


 余談になるが、最初の犠牲者であっただろう神主の死体は跡形もなく消え去った。神社の近くの山間に、昆虫のように長い手足で人を食べる化け物が出現した、その顔は潰れて舌だけが伸びていた、などと語られるが、真偽は定かではない。


 ――ここで語った恐怖体験は、できれば胸にしまっておきたかったが、奇跡の集団グループの生き残りとしては、誰かに伝えなくてはならない。故に責任感から筆を執った。表現上、隠すこともできないので何度か「おめで」の後に「とう」という言葉を用いた。禁句を記載した私がどうなるか、自分でも興味がある。いや、結果はわかっている。やはり顔めn・・・・・・・・・・・・





「――以上が、○×先生の遺した最後の作品であります。珍妙な文章ですが、直後から行方不明となってしまった人間なので、執筆時も正常ではなかったのでしょう」

「(……シャンパンの用意ができました)」

「皆さん、それでは我が出版社も10周年を無事迎えることができました。突然に飛び込んできた情報とはいえ、喜ばしい席に水を差してしまい申し訳ございません。改めて盛大に祝いましょう。グラスをお持ちください!」


「それでは、出版社益々の発展に皆様、かんぱーい! ……おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「おめでとうっ!」


 夕刻、凄惨な事件が報じられた。ある出版社の式典で突発的な奇病が発生したのだ。警察官が駆けつけたときにはあまりの悪臭に鼻をおさえたという。白いシャンパンと聞かされていたグラスには赤黒いワインが注がれ、中には臓物の一部が浮かんでいたと記録されている。



<了>



(この物語はフィクションです。実際の事件・団体名とは関係ございません。)

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おめ○とう くら智一 @kura_tomokazu

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