四方の壁

snowdrop

立ち上がれ!

「超博識クイズバトル、四方の壁!」


 司会進行役とかけもちの出題者がタイトルコールを叫ぶ中、五人の参加者は奇声じみた雄叫びをあげつつ手を叩いた。


「某テレビ系列のクイズ番組を大幅に手を加えたクイズバトルを行います。さすがに九十九人も集められませんし、なにより用意できる早押し機は五台だけでしたので、今回は五人でクイズバトルを行います」


 教室の中央に一台の机が置かれている。

 その机を取り囲むように間隔をあけて、東西南北に一台ずつ机が用意され、それぞれの机上には早押し機が準備されていた。


「ルールの説明をします。みなさんには事前に得意ジャンルを伺っております。最初は一人、次に二人という具合に壁となる対戦相手の人数が増えていきます。自分以外の四人を相手に連続で正解できた人が、みごとクイズクリアとなります。お手つきは即、失格です。二人目以降の壁役が誤答した場合、残っている人で問題を解いてもらいます。挑戦者を阻止できた壁役が、新たな挑戦者となります」


 四方に位置した机上に置かれた早押し機を前に壁役が座っている。


「最初の挑戦者は、先程のジャンケンで勝ちました、新入部員です」


 中央に置かれた机の前に小柄な少年が立つと、礼儀正しく一礼した。


「立ち上がれ、第一の壁」


 進行役の声のあと、壁役の一人が席を立つ。


「挑戦者が指定したジャンルは『鉄道』です。はたして最初の壁を打ち破ることができるのか」


 出題者が場を盛り上げようと声を張り上げる。

 挑戦者と一人目の壁の少年が早押しボタンに指をかけた。


「問題。日本で一番、電車の利用者数が多い駅は次のうちどの駅でしょうか。1:HK-01 2:CA-68 3:JY-17」


 ピンポーンと軽快な音が鳴る。

 早押しボタンを押したのは、挑戦者。


「JY-17の新宿駅」

「正解です」


 ピコピコピコーンと正解音が鳴り響く。


「ちなみに他もわかりますか?」

「一番が、阪急梅田駅。二番はJR東海の名古屋駅ですね。JYというのは、Jから始まり山手線の頭文字Yが当てられてます」

「さすが指定しただけのことはありますね。次の問題から、壁が二枚になります。立ち上がれ、第二の壁」


 促されて、壁役が席を立つ。

 挑戦者と、壁役の二人が早押しボタンに指を乗せた。


「問題。実在する駅はどれでしょうか。1:CINEMA 2:MOVIE」


 選択肢を読み上げている途中で早押しボタンが鳴った。

 押したのは、二枚目の壁の背の高い少年だ。


「スクリーン駅」

「正解です」


 ピコピコーンと音が鳴る中、挑戦者は肩を落として俯いた。

 挑戦者を防いだ二枚目の壁役の新入部員の少年がほくそ笑んでいる。


「まだ途中でしたが、ご存知でしたか?」

「はい。全国にある駅について調べてて、たしか滋賀県にある駅です。従業員の通勤のために作った駅なので、会社の名前がつけられているそうです」


 二枚目の壁の席と挑戦者の席を入れ替わる。

 元挑戦者は壁役として、二番目の席に座った。


「あらたな挑戦者の指定したジャンルは、『チョコレート』です。はたして最初の壁を打ち破ることができるのか。立ち上がれ、第一の壁」


 出題者が声を張り上げると、一人目の壁の少年が席を立ち、挑戦者は早押しボタンに指をかけた。


「問題。一九三〇年代にホワイトチョコが開発されて以来およそ八十年ぶりとなる新しい色のチョコレートが開発されましたが、その色は」


 問題文の途中で挑戦者が早押しボタンを押した。


「ピンク」

 

 ピコピコーンと音がなった。


「正解です。ご存知でしたか」

「そうですね、スイスのチョコレート会社が開発したルビーカカオから製造したルビーチョコを食べたことがあったので。着色せずはじめからピンク色をしていますし、イチゴのような味がします」

「チョコ好きは伊達じゃないですね。次の問題から、壁が二枚になります。立ち上がれ、第二の壁」


 挑戦者と、壁役の二人が早押しボタンに指を乗せた。


「問題。一般的な脂肪に比べて太りにくいと言われている、チョコレートに最も多く含まれている脂肪酸は」


 選択肢を聞くまでもなく、挑戦者は早押しボタンを押した。


「ステアリン酸」


 ピコピコーンと正解音が鳴った。


「正解です。これもご存知でしたか」

「はい。カカオ豆の脂肪分を構成している主な脂肪酸はステアリン酸、オレイン酸、パルミチン酸の三種類です。 このなかで一番多いのがステアリン酸で、体内に吸収されにくい性質があります」

「なるほど。次からいよいよ壁が三枚になります。立ち上がれ、第三の壁」


 進行役の声とともに、壁役の三人目が席を立つ。

 挑戦者とともに、壁役三人は早押しボタンに指を乗せる。


「問題。チョコの原料、カカオの植物としての学名」


 ピポピポーンと音が鳴った。

 早押しを制したのは、三枚目の壁役の副部長。


「テオブロマ・カカオ」


 ピコピコーンと軽快に音がなると、挑戦者は頭を抱えてうずくまってしまった。


「正解です」

「テオブロマ・カカオはギリシャ語で『神様の食べ物』という意味があります」

「この結果、壁役と挑戦者が入れ替わります」


 進行役に促されて入れ替わり、挑戦者席に副部長が立つ。


「挑戦者が指定したジャンルは『戦国武将』です。はたして最初の壁を打ち破ることができるのか。立ち上がれ、第一の壁」


 出題者の声を聞きながら一人目の壁の少年が席を立ち、挑戦者の副部長とともに早押しボタンに指をかけた。


「問題。一五九〇年に天下を統一し」


 すばやくボタンを押したのは副部長だ。


「豊臣秀吉」

「正解です。次の問題から、壁が二枚になります。立ち上がれ、第二の壁」


 二人目の壁役が立ち、挑戦者とともに早押しボタンに指を乗せた。


「問題。幼い頃に天然痘により右目」


 またも早押しを制したのは副部長だった。


「伊達政宗」

「正解です。次から壁が三枚になります。立ち上がれ、第三の壁」


 三人目の壁役が立つ。

 挑戦者と、壁役の三人が早押しボタンに指を乗せた。 


「問題。二万五千人もの大軍を率いて京都に進出する途中、奇襲」


 今度は四人とも一斉に早押しボタンを押した。

 押し勝ったのは、やはり副部長。


「今川義元」

「正解です。いよいよ壁が四枚になります。立ち上がれ、第四の壁」


 四人目の壁役が席を立つ。

 挑戦者と、壁役の四人が早押しボタンに指を乗せた。 


「問題。五度行われた川中島の戦いで」


 先にボタンを押したのは、四枚目の壁役。


「上杉謙信!」

「正解です。いまのは?」

「選択肢は二つ、武田と上杉のどちらかしかないじゃない。副部長に勝つには、早めに押して、二分の一に賭けるしかなかった」

「この結果、壁役と挑戦者が入れ替わります」


 進行役に促されて喜んで入れ替わり、挑戦者席に新部長が立った。


「真打ち登場。主役は遅れてやってくる。わたしがクイ研の新部長です」

「挑戦者が指定したジャンルは『洋菓子』です。はたして最初の壁を打ち破ることができるのか。立ち上がれ、第一の壁」


 進行役が場を盛りあげるなか、席を立った一人目の壁の少年と挑戦者が早押しボタンに指をかける。


「問題。コンビニスイーツの定番でもあるティラミスの語源は」


 先に早押しボタンを押したのは新部長だ。


「私を元気づけて」

「正解です。ご存知でしたか?」

「聞いたことがある程度かな。ティラミスは材料を混ぜて冷やすだけで簡単だから、作ったことがあります」

「なるほど。得意ジャンルにするだけのことはあるわけですね。次の問題から、壁が二枚になります。立ち上がれ、第二の壁」


 挑戦者と、席を立つ壁役の二人が早押しボタンに指を乗せる。


「問題。スティック型の揚げ菓子チュロスの発祥地はスペインですが、スペイン語で」


 またも先にボタンを押したのは、新部長。


「誰でも簡単に作れる」


 ピコピコーンと正解音が鳴った。


「正解です。こちらもご存知でしたか」

「小麦粉に熱湯混ぜた生地を細長くして、油であげて砂糖まぶしたらできちゃうから。本当に簡単なんですよ。シナモンシュガーや黒砂糖もいいんだけど、ホットチョコとの組み合わせが最高です」

「そうなんですね。次から壁が三枚になります。立ち上がれ、第三の壁」


 挑戦者と、壁役の三人が早押しボタンに指を乗せる。


「問題。北イタリアが発祥のパンナコッタの由来」


 一斉に三人がボタンを押した。

 早押しを制したのは、またもや新部長。


「生クリーム」

「正解です。これも作ったことが?」

「当然。名前のパンナがイタリア語で『生クリーム』、コッタが『煮た』という意味のとおり、材料の牛乳と生クリーム、砂糖、ゼラチンを加熱して型に入れて冷やして固めるだけで簡単にできちゃいますから」

「よく作るんですね。では、いよいよ壁が四枚になります。立ち上がれ、第四の壁」


 壁役の四人目が立つと、五人は早押しボタンに指を乗せた。 


「問題。パウンドケーキの由来は」


 ピンポーンと音が鳴った。

 ボタンを押したのは、第四の壁役の副部長だ。


「材料を一ポンドずつ使うことから」


 ブブブー、と不正解を知らせる音が鳴り響いた。

 副部長は口を開けて顔を上げた。


「不正解です。問題を続けます。パウンドケーキの由来は卵、バター、砂糖、小麦粉を一ポンドずつ使って作ったことからですが、同じ四つの材料を四分の一ずつ使うことが由来の」


 ピンポーン、と甲高く音が鳴り響く。

 押したのは、やはり新部長だった。


「カトルカール」

「正解です。ひょっとしてこちらも」

「もちろん」


 新部長は進行役に微笑んだ。


「小麦粉、砂糖、バター、卵。たったこれだけの材料でできる基本のケーキだからね。そもそも名前が『四分の一が四つ』だから。同量の材料を少しずつ混ぜて、卵ではなく、バターの気泡性を使って膨らませていくから簡単」

「なるほど。この結果、優勝は、新部長です」

「やったー、賞金百万円だ」


 ひゃっほー、と雄叫びあげて、新部長は両手を突き上げた。


「賞金なんてありませんよ」


 進行役がつぶやくのを聞いて、新部長は目を大きく開けた。


「某TV番組では賞金出ますけど、うちは部活動なので名誉だけです。部長なんだから知ってるくせに」


 壁役から拍手をされながら、新部長は「知ってた」と舌を出した。

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