おめでとう、勇者
秋月創苑
本編
「おめでとう、勇者。
よくぞここまで辿り着きました。」
神々しいとしか表現しようのない眩い光に包まれて、俺の前に女神様が降臨された。
純白の布を豊満な体に巻き付かせ、豊かな金の髪に月桂冠を載せた姿。
美しい、などという表現のなんと陳腐な事か。
だがしかし、天上の美を人の言葉で形容する事など不可能という物だ。
女神様は俺の顔を見て微笑む。
それだけで、地表に存在するあらゆる物がピキピキと音を立てて瓦解するような、そんな錯覚に陥る。
「よくぞ悪の根源である魔王を討ち倒しました。
褒美になんでも一つ、望みを叶えて差し上げます。」
女神様からお言葉を賜るだけで、俺の脳髄にベータだかアルファだか知らないが、恍惚とした波が押し寄せては引いていく。
そうだ。
俺は、いや俺達はあの強大な魔王を打ち倒したのだ。
一体で小さな人間の町など簡単に滅ぼしてしまえるような強力な悪魔を四体も侍らせ、古竜をも滅する魔法を無尽蔵に放ってくる史上最悪の大魔王。
魔王討滅の為、艱難辛苦の旅を共に乗り越えた仲間達も、この戦いで多くの命が散ってしまった。
今こうして最後まで立っていられたのは俺を含めて僅か三人に過ぎない。
俺は改めて、逝ってしまった仲間達に黙祷を捧げる。
思えば、ここまでの道のりは長かった。
俺が地球で暴走トラックにはねられ命を失った後の事。
女神様の声で目を覚ました俺は、この世界に転生した。
魔王を討伐する事に成功したら、元の世界に戻る事も可能と聞いたから、とにかく必死でこの世界で生き延びた。
幸いにして女神の加護により、俺は向かうところ敵無しだった。
俺はもう一度、幼馴染みのあの娘に逢いたいという一心で、多くの魔物を屠ってきた。
旅の最中、次々と強力な仲間と絆を深め、強大な敵を打ち倒してきた。
最初の頃には殺されかけた邪竜も、今ではソロでワンパンだ。
剣だろうが魔法だろうが、俺に使えない技など無い。
またこの世界で多くの美女とも出会えた。
一国の姫様からツンデレ幼女まで、実に多彩な顔ぶれの女性達が俺の周りに集まった。
大国の王はこぞって自分の娘を俺に娶らせようとしてくるし、町を歩けばハニートラップの大安売りだった。
そんな風な煩わしさも確かにあったが、それでもなかなか波乱に富み、楽しい日々だったのかも知れない。もちろん、今となっては、だが。
「さあ、勇者よ。
願いを言いなさい。」
直接心に触ってくるような不思議な声が響き、俺の回想は中断された。
女神様が何でも叶えてくれるというたった一つの願い。
…それはやはり、あのベタなヤツか。
「…あの。
一つの願いを三つに変えてもらうとか……」
「ダメに決まっているでしょう?
…クソガキ。」
慈愛に満ちた優しい微笑みのまま女神様がダメ出ししてくる。
聞こえてはいけない言葉が聞こえた気もするが、きっと気のせいだ。
……滅茶苦茶怖い。
魔王の比ではない。神様に冗談を言うのは金輪際止める事にする。
しかし、そうなるとだ。
この世界に転生した頃だったら、間違いなく元の世界に帰る事と答えただろう。
結局告白も出来ていない幼馴染みにもう一度会いたい、と。
だが、どうなんだろう。
実際、ちょっと落ち着いて考えてみよう。
元の世界に戻ったところで、俺は引きこもりがちな冴えない学生だ。
彼女もいない、友達も少ない、成績も悪い、金も無い。
週に一度の楽しみと言えば週刊の漫画雑誌の発売日くらいの物だ。
あとはラーメンが喰えればそれでいい。
特別何かに秀でた才能も無いから、就職についても苦戦するのだろう。
おまけに片思いの幼馴染みには彼氏だっている。金持ちイケメンの、完全に俺のリバースなタイプだ。
…あぁ。これ帰る意味ないわ。
「…おい、まだ決まらないのですか、クソ勇者。」
あ、女神様がイライラなされてる。
表情筋を完璧なアルカイックスマイルに保ったまま、オーラに殺気を込めていらっしゃる。
だが、この世界に残ったところで一体何をすればいいんだ?
魔王は倒した。
今の俺には力も金も名声もある。
美女にも囲まれている。
…永遠の命?
…天界無双?
どれも今ひとつピンと来ない。
おまけに女神様のイライラゲージがぐんぐん上昇している。
くそ、何気に今日一番のピンチなんじゃ無いのか、これ。
「ゆ☆う☆しゃ~?」
目が三白眼です、女神様!!
ええい、もうどうにでもなれ!
そんな風に俺は思ってしまったのだ。
口をついて出てしまったのだ。
気の迷いだったのだ。
「強くてニューゲームおねしゃっす!!」
「はい、おめでとう勇者。
周回特典です。」
そう言って女神様は俺にひのきのぼうを渡してくれたのだった。
ああ。
強くなるの、そっちかぁ……。
おめでとう、勇者 秋月創苑 @nobueasy
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