「おめで塔」からの祝福メールをお受け取り下さい
近藤近道
「おめで塔」からの祝福メールをお受け取り下さい
目をつぶると、タイプライターの打鍵の音が聞こえてきそうだった。
今日もこの町では数千人が誕生日を迎えて、そして結婚式が開かれる。
十二時。
鐘の音が鳴ると同時に「おめで塔」のてっぺんが開き、そこから無数の白い「トリ」が飛び立つ。
煙突から立ち上る白煙のように上昇していたトリたちは、やがて枝分かれしてそれぞれの配達先へと軌道を変える。
空を仰ぎ見ていると、いくつものトリが僕の頭上遥かを通り過ぎていく。
そしてそのうちの何匹から、手紙が落ちてくる。
僕の暮らす町に建っているおめで塔。
そこでは毎日何千もの祝福の便りが機械によって書かれ、鳥を模したドローンがそれを送り先へ届けている。
二階のベランダから空を見ていた僕のところにも一通の手紙が降ってくる。
今日は、僕の友達の誕生日だ。
彼はもうこの町にはいない。
それでも、かつて彼が住んでいたこの家に手紙は今年も届けられる。
僕はゆっくりと落ちてきている手紙に手を伸ばした。
だけど手紙は風にあおられてしまった。
家の外に落ちそうになった手紙を、女性がキャッチした。
その人は、真っ赤なリアボックスをつけたバイクに乗っていた。
「これ、君の?」
女性は手紙を振り、僕に尋ねる。
「そうです。ちょっと待っててください!」
急いで階段を降り、玄関を出る。
するとバイクの女性は落ちてきた手紙を開封して、読んでいた。
「ちょっ、なにしてるんですか」
「町田くん?」
とバイクの女性は聞いてきた。
手紙に書いてあったんだろう。
「友達の名前です。彼、もうこの町にいないんで、僕が代わりに」
「なんだ、君のじゃないのか」
そう言うと、バイクの女性は手紙を破ってしまった。
半分に半分にと破っていき、紙吹雪にしてしまう。
「えいやっ」
そしてバイクの女性は細かくした紙片を真上に投げた。
女性は降る紙を楽しそうに眺めた。
僕の頭や彼女の頬に紙片が乗っかる。
「なんで破っちゃったんですか」
「あんな塔から送られてくる、定型文オンリーの手紙なんていらないでしょ。君も、君の友達も」
バイクの女性が僕の顔を見ると、頬に乗っていた紙がはらりと落ちる。
僕も頭を何回か叩いて、紙を払い落とした。
誕生日におめで塔から送られてくる手紙は、毎年同じ文面だ。
誰に対しても同じ文章で送っている。
町の人みんなに送っているのだから、そうなるのは仕方ないというか、当たり前のことだろう。
それでも送ってくれる時点で凄く嬉しいことだよね。
と、この町のみんなは思っていたのに、バイクの女性はあっさりとその手紙を破ってしまった。
「定型文かもしれないけど、でもお祝いの手紙ですよ」
と僕は言った。
「こんなのよりさ、君が書いたらいいんじゃない? 町田くんへのお祝いの手紙」
彼女は赤いリアボックスを開けて、そこから手紙を一枚僕に差し出した。
「一枚二百円ね」
「高いですね」
「ああいう塔が色んな町にできてね。そのせいでうちらは苦労しているんだよね」
僕は百円を二枚渡して、手紙を受け取った。
バイクの女性はペンを貸してくれ、おまけにリアボックスをテーブル代わりに使われてくれた。
「手紙書くのなんて久々だなぁ。どういうふうに書けばいいんですかね?」
「そんなのどうでもいいよ」
バイクの女性は足元に落ちている紙片を蹴る。
「そんな、いい加減な」
「心を込めて、いい加減に書くんだよ。もらって嬉しいのは、そういう手紙だよ」
「それはそれで難しいですね」
「普段手紙を書かないからだよ。二百円払って、いっぱい手紙書け」
手紙を買わせたいだけかよ。
僕がそう言うと、彼女は声を上げて笑った。
退屈な手紙を届け終わっておめで塔に戻るトリたちが、彼女の笑い声の上を飛ぶ。
そして僕の手紙を受け取った彼女とバイクは小気味いい音を立て走っていった。
そういうことがあって、この前は誕生日のお祝いの手紙を送りました。
あの時の手紙はやっぱりへたくそでしたよね。
やはり普段からいっぱい手紙を書かないとダメなのでしょう。
なので定期的に手紙を書くことにしました。
でも、君へ送る手紙は全部練習です。
いつか書き慣れた頃に、あの時僕に手紙を売ってくれたあの人へ手紙を書いてみたいと思っているのです。
もしよければ、君からも手紙を送ってくれると嬉しいです。
おめで塔からトリが飛ぶ頃に町を歩いていると、たまにバイクで走っている彼女を見かけます。
君からの心のこもったいい加減な手紙が、彼女の赤いリアボックスの中に入れられてこの家に運ばれてきたら素敵だと夢見ています。
それでは。
「おめで塔」からの祝福メールをお受け取り下さい 近藤近道 @chikamichi
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