『おめでとう』は言わない。
れなれな(水木レナ)
涙、枯れはつるまで
そのとき、男の頭の中には一つのイメージが出来上がっていた。
「やった……オレはやったぞ!」
男は、ガキの頃のように喜んだ。
これで人生、上がったようなものだと考えていた。
ギラギラと目つきが怪しくなり、粗暴な気持ちがむくむくと湧き上がってくる。
「わはははー! これで人類とおさらばだ!」
五十代にもなって夢をみているのか、と言われそうである。
これがメルヘンな夢ならオヤジキモイ、くらいで済まされそうだが、そうではなかった。
「オレは選ばれた! 選ばれたんだぞー!!」
三冠王にでもなったように、吠えたくった。……いや、現実の三冠王がこのように下品に吠えたりはしないだろう。
「ようやく……やっと、オレの価値を信じる輩が現れた!」
ホテルの一室に閉じこもっていた男は、PCを開いた。自前のノートパソコンである。
「うふふふ……どこぞの巨大掲示板で言いふらしてやろうか。それとも有名人への面当てに自慢ツイートを投下? いやいや、ここは地味に、シンプルにだな……くふふふ」
つやり、と男の頬が丸く持ち上がって輝いた。
もはや三冠王など目ではない。
男はどうしたのか!?
田舎の同級生が見たら騒いだであろう。
「なんだ? 大相撲か? 九州場所か?」
「いやあ、甲子園だろう? 今、桐蔭学園の校歌がTVで流れてきた」
「え、Yちゃん、おめでとう!」
(うぬん。Mちゃんなら、そう言ってくれると思った)
男の想像上では、死んだ妻でなく、とうに成人した娘でもなく、過去の同級生たちの中でも、うつくしい思い出の中の一ページなあの娘が、紅色の頬を光らせてそう言ってくれていた。
「や、そういうことか。おめでたいなあ。Yの字」
(るせい。おまえは、だあってろ!)
「Yくんすごい!」
(うんうん、オレってすごい)
「なによ、Yちゃんはあたしのものよ」
「Mったら、ヤキモチ妬いて~~」
「なっ、なによ!」
「ほんとのことでしょ~~」
「もうっ」
男がそんな妄想にふけっていると、迎えが来た。
「お、そろそろだな……」
空は一転、かき曇り、天上に空いた穴から光が差しこんでくる。
(これで終わりだ。さよなら人類。さよなら我が愛しの面影よ)
ぜんぶ、妄想であった。
と、いうオチはべつに用意していない。
男は着ていた服を脱ぎ棄て、生まれたままの姿になって辺りを見回した。
彼の体は半透明になって、空へ呑みこまれていく。
当然、世の中の誰にも姿を見られてはいない。
だから男は、つぶやくのだ。
「おめでとう、オレ……」
なにがおめでたいのかというと、彼は……。
ギャンブルに勝ったのである。
そう。地球人類の中で一番しぶとく、賢い生き物として一人、未来へ行くことが決まった。
(運の強さも、考慮されてたらしいな。ありがたい)
男の体は宇宙船に吸い込まれていく。迎えるのは宇宙人。姿はよく見えない。
『…………』
「…………わかってるよ。オレを未来へ連れてってくれるんだろ?」
男は目をしぱしぱさせながら、光を避けた。
『…………』
宇宙人は、彼を手術台へいざなう。彼は逆らわない。人体実験もなんのその。そこは目を見張るべき胆力であった。
なぜ、地球人を未来へ連れていく必要があったのか。
しぶとく、賢い成体でなければならなかったのか。
彼は知ることになる――……。
音もたてずに、彼はカーゴで運ばれ、透明なコンテナにこめられて鎮座していた。
『おめでとう、人類』
今はそう、言っているのがわかる。こちらをのぞきこむようにして、口々に。
『おめでとう』
『おめでとう』
『おめでとう』
なんにせよ、彼にとって過去に愛した妻とまみえたのは、幸運だった。
死んだはずの彼女が、頬張った果実を放り、駆けてくる。相当、若返っている。これも手術のせいか。
『ラスト・エデン』と宇宙の言葉で書かれた檻の中で、コンテナはひっくり返され、二人は再び抱き合った。
『生命反応、活性化』
『脈拍、上昇』
『体温、上昇中』
『…………』
『…………』
彼らは死ぬまで宇宙人に管理され、監視されることとなった。
絶滅危惧種。コンテナの表にはそう、タグがはられていた。
『おめでとう、人類』
くどいほど言っているので、お分かりいただけるだろうか。
これは、人類への祝福の物語である。
おめでとう。そして、さらば。
-了-
『おめでとう』は言わない。 れなれな(水木レナ) @rena-rena
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