同級生が不法侵入していた話

PURIN

同級生が不法侵入していた話

服部はっとりさん、このスコーン美味しいですね」


「ていっ」


「いてててて。なんで突然帽子掛けで殴ってくるんですか。乱暴ですよ」


「あんたこそなんでだ。なんで人んちに勝手に上がり込んで、勝手に人のスコーン食べて、家の住人を当たり前のように出迎えてんだ。このぬらりひょん野郎」


「そういう呼ばれ方をされたのは初めてです。『ぬらりひょん』って、響きがいいですよね。思わず口に出したくなる日本語です」


「喋りながら最後の一口も口内に放り込みやがったな。あんたのものの感じ方など死ぬほどどうでもいい。今日帰ったら食べようと楽しみにしていたのにどうしてくれる」


「キッチンを物色してたら見つけたんです。美味しそうだったので本能を制御できず。あれは手作りだったのですか?」


「同じ高校に通う同級生とはいえ、これは立派な不法侵入だ。

 そのうえ何だ、窃盗でもする気だったのか。いや、スコーンを食べたのだから、立派な泥棒だ。突き出してやる、覚悟しろ。そしてあれは手作りだ。何もつけずに食べて大丈夫だったのか」


「待ってください、お代官様。これには訳がありまして。やったー、服部さんの手料理食べちゃった。何もつけなくてもものすごく美味しかったです」


「誰がお代官様だぬらりひょん野郎。後頭部そんなに長くないけどぬらりひょん野郎」


「一年のうちに一日しかない、いいえ、一生のうちに一日しかない日をお祝いさせていただきに参ったのでございますお代官様。なんでぬらりひょんの頭ってあんなロングなんでしょうね」


「何のことだ、今日は別に何もないぞ。奴の頭については知らん」


「でも、明日はあるじゃないですか、すーっごく特別なことが。何でもある日おめでとうの日でしょ明日は」


「ディーとダムは、『不思議の国』の方には出てこなくて、『鏡の国』の方に出てくるんだって知ってた?」


「知りませんでした。勉強になりました。というわけで、こちらをどうぞ」


「どこから取り出した。その紙袋。今何もない空中から突如現れたように見えたぞ」


「最近流行りの収納術です。知りませんか?」


「知らん。どこで流行ってるんだ」


「我が家でです」


「知ってるわけないだろう」


「本当は明日、当日お渡ししたかったんですが、どうしてもはずせない用事ができちゃいまして。今お渡しします」


「明日何があるんだ」


「ちょっと地球を守らなきゃいけないんです」


「何とかレンジャー的なアレか」


「その通りです。緑担当です。ともあれおめでとうございます。では」


 言い終わると、あいつは振り返りもせず風のような速さで裏口から出て行った。あそこの鍵が開いてたのか。ちゃんと施錠しておかないと……


 紙袋の中を覗き込んだ。小さく白い長方形の紙。メッセージカードだ。

 「お誕生日おめでとう」という、ちまたにありふれ過ぎたメッセージ。

 「メリークリスマス」と書こうとして、「ソソークソススス」という下ネタにしか読めない文言を爆誕させていたあの頃より多少は上達した、かろうじて読めないこともない字で綴られたカード。

 柔らかな桃色。色鉛筆でも使ったのだろうか。あいつ、色鉛筆なんて持ってるんだな。


 手に取ってしげしげと眺めてから、再び紙袋を覗き込む。

 先ほどまでカードがあった下には、青い小花が描かれた白い直方体の缶。私の好きな、ちょっとお高いクッキーのやつ。

 開けてみる。クッキーの代わりにあいつのブロマイドが詰められていたとか、「食欲に負けて食べちゃいました。ごめんね」と書かれたメモが入っていたなんてことはなく、ちゃんとクッキーだった。紅茶の茶葉が練り込まれているやつ。美味しそうな香りが、鼻腔へと伝達されてくる。


 走り去る直前のあいつの顔が、真っ赤だったのを思い出した。


「……あいつめ」


 椅子に腰掛け、机に突っ伏す。

 おでこが机に当たる、こつん、という音が、妙に大きく反響した。

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