構築者の三年

片山順一

君に幸あれ

 三年間は、なんだったんだろう。


 中学の卒業を迎えた日、僕はいつもどおりに過ごした。


 話したこともない女子が、義務感だけで渡してきた寄せ書きを適当に済ませて、学校を出る。


 受験にはつまずかなかった。適当な受験勉強でも、偏差値が中間くらいの、家から近い高校に入れた。


 何が悪かったんだ、と思う。


 中学の三年間、誰からもいじめられなかったし、先生に呼ばれることもなかった。勉強も分からないところがあったけど、どうにか自分でカバーしていた。


 部活はというと、帰宅部だった。


 たとえば、部員八十人くらいのソフトテニス部だったら、個人戦がどうとかでスポットが当たる機会があったかもしれない。


 文化部でも、展示会とか、作品提出のノルマをこなしていれば、自分だけの思い出みたいなものもあったかも知れない。


 どっちも何となくめんどくさくて、何も書かずに放っておいたら、このざまになってしまった。


 名前を覚えていない女子と男子が、通学路を親しげに話しながら歩いているのを見送りつつ、家路に就いた。


 いつも視界にも入らないのに、今日は妙に気になる気がした。


    ※※    ※※


 真っ白なモデルハウスその物って感じの一戸建てが、僕の家だ。


 住んでいる僕には分かるけど、違う所から来た人にはどれが誰のだか分からないだろう。中学三年で本当になにも思い出がない僕には、ちょうどいいのかもしれない。


 両親は共働き。兄と姉は家を出て暮らしている。


 時間は十一時過ぎ。小腹が空いたので、食パンを焼き、ジャムを塗って食べると、部屋に戻ってパソコンを起動する。


 考えたくないときは、ゲームに限る。

 アイコンをクリックして立ち上げた。


 小学校の高学年で知った、フリーの経営シュミレーションゲームだ。


 重たい読み込み時間が過ぎると、マップが表示される。


 ビルの林立する広大な街の間を、数十本の路面電車が走っている。それらは現実にはありえないほど巨大な駅へ集結し、旅客を降ろす。


 巨大駅からは、二本のリニアモーターカー、三本の新幹線、二十三本のローカル線、三十本の飛行機が飛ぶ。四重の高架や八個の管制塔が目立つ。


「まあ、スムーズに流れてるかな」


 街からは、旅客が時間と確率で発生する。全て目的地を持っており、電車やバス、飛行機でそこへつなげば移動してお金を払ってくれる。


 画面下にアナウンスが出た。


「ああ、Io43が満タンじゃないか……」


 多すぎる駅はもはや記号で管理している。


 役所があり、タワーや城などのランドマークがあり、労働者の目指す工場、買い物客の目指す小売店などがある一つの街。


 船、電車、飛行機を合わせれば、Io43からはそんな街の二百近くに到達できる。それだけ旅客が出て来るということだ。


「しかたないなあ……増設しようか、線路」


 カーソルで森を切り払い、鉄道と電線を敷設する。車両を選んで、経路を設定し、走らせるけど、焼け石に水。


「ああ、もうハブ駅変えよう。うん、その方が計算合う」


 旅客の発生量を予測しながら、マップを行き交う何百両の車両、飛び交う飛行機を設定し直し、ようやく落ち着いてきた。


    ※※    ※※


 夕方。ついやり込んでしまった僕は、改めてマップを眺めた。


 最初は良く分からなくてゴミ箱に何度も捨てたけど、やってみると楽しみ方が分かってきた。


 気が付けば、このマップを三年もプレイしている。


「街は千二百、経路は、万行きそうだな……」


 壮観なものだ。帰宅部で帰ってきてから、睡眠と宿題の時間を確保しつつ、こつこつと三年やり続けた結果。


 実際はあり得ない巨大架空都市がゲームの中に出来上がっていた。


「これが、僕のやったことか」


 空しい、のかな。そうかも知れないけど。千二百の街と、万に届く経路に名を付け、管理しつつ発展させてきたのが、僕の三年という時間だ。


 あまり、悪いとも思えないな。


「でも、本当の電車とかどうしてるのかなあ」


 ふと、気になって検索をかける。


 駅員の人のブログ、電車の運転手の動画、訓練風景――。


 全く知らない光景と時間が、流れていく。


  ※※    ※※



 すっかり暗くなった外。僕はネットを続けていた。どうやら、電車が好きで就職するのはあまりよくないらしい。


「理想が高いって、いいことばっかりじゃないんだ……」


 じゃあ、きちんと割り切れるなら、結構続くってことだろうか。


「ふーん、駅、鉄道員か、そっか」


 高校の先、になるのか。


 部屋のドアがノックされた。


「ご飯だけど」


「あ、うん今行く!」


 母さんに返事をしてから、机を立つ。


 ふと思い立って戻る。


 鉄道会社のホームページ、駅員のブログに、アマゾンで検索した鉄道の仕事の本のページにブックマークを入れておく。


 ついでに、高校の数学の参考書、簡単なプログラミングの本にも。


 入学したら、理系の勉強を頑張ろう。


 次の三年は、もっと有意義にしたい。


 また、その先の三年のために。

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構築者の三年 片山順一 @moni111

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