時停無理強い担い三年

白鴉

過ちい成れ果て

「死ねばいいのに」

擦り切れたワイシャツから錆びたナイフを取り出すこと、憎ったらしい目付きで見上げる所。やや巨乳のJKは石のように固まったのは去年の今日。

いや、正確には今日の今日。


三ヶ月前、当時大学の技術研究所で働いていた俺、二十二歳、童貞。研究の本格すらさせてもらえないクズは一人、珈琲片手に自動販売機を揺らしていた。

自分、この男。先々碌な人生にならん、誰彼言われず感じていた。

「嗚呼、暇だ」

グビグビ喉に押し込む液体に呆れられる容態。楽に稼ぎ、適当に暮らす人生を望んでいただけに夢などという偶像崇拝は諦めてしまったのだろう。社畜豚野郎みたい、単調行動しか取り柄が無い。無くなった。

しかしいつの時代にも屑は屑なりの楽しみがある。この男の場合、同研究所の同期女性だった。

初めて彼女に楽しみを見出だしたのは開始三日目。当時彼女は研究所随一の巨乳持ちだっただけに、老若関わらず様々なおとこ……変態から声を掛けられた。同期は俺のみの筈、気持ち悪い感情が入り浸っていた二日目。

そして三日目、日曜日だった。

普段ネトゲに費やす俺を、神の啓示如く町へと母は放り出した。本当は買い物を無理矢理押し付けられただけなのだが、正直な出会いの始まりであった。

スーパーは昼間から混んでいた。主婦、主婦、主婦。たまに男。まるで働き蟻の群れは各々の捕り物を籠に置く光景は、

「はぁ?」

時滅多い一言に打ち壊す。しかし、いや男には紅一点。その女は私服姿で降臨していた。激レアカードを当てたような、どんなに素晴らしいことか。その日を期にストーカーが日課となった。


二ヶ月続いたストーカー。会社終わりは必ず半径三メートル以内に位置し、彼女が買った物を買い、食べた物を食べた。彼女が何かを棄てれば、早急に回収し、ジップロック詰めて保管。彼女を一日中観察する為に向かいの部屋を借りた。彼女が目を離した隙に鍵形を取り、合鍵を複数個作った。彼女が同僚と飲み屋へ向かうと、同時に合鍵を持って彼女の部屋へ。盗聴器と隠しカメラを設置。冷蔵庫の牛乳には牛乳を含ませる始末。彼女が風邪を引いたとなれば家へ行き、看病の名目を肖り、お粥に唾液を入れた。残し物は食べて、ナニの自給食へ変える。完全に寝た彼女の使用済みを奪った。舌をベロベロ、上も下も。態々睡眠薬を買って、飲ませたかった。出来なかった、勇気がなかった。まだ男は悪に染まり切っていなかった、一ヶ月前第三週。


二十三日、男は研究所にいた。珍しく一研究者として働いていた。人件費削減の通告があったのだろう。最後の記念として立たせる、上層部の嫌味な思惑だ。既に良識の忘れた男は潰そうかと。探し回ったあげく、重要保管庫に辿り着く。

部屋名『VPRS』意味が分からない。驚くこと、鍵は空いていた。ドアは鏡だったがマジックミラーだったらしい。見えていた機材は後方部屋の映し写真。中は中心部に時計が一つ。丸く、空っぽ。カチッ、カチッと音はする。が、針は無い。文字盤は陰すら見えない。ボタンは後ろに一、二。表記は「押すな」と

ポチッ。

ニヤケ顔を浮かべ、男は押した。たいして変化は無かった。眠くなくなった位の事。

変化は男が外に出ることではっきりしたもの。宙に小鳥が止まっていたのだ、時間停止のアイテムは男を動かした。

研究所は強制的に退職させられたが、小さなことで、楽園の始まり。

そして本日に至る。

時間を停めては様々な女を抱いた。JC・JK・JD・アラサーに熟女まで。不思議と飽きなかった。間違えて、いや故意に停止を解除したこともあった。時々の嫌がる女の顔に興奮したのも何度か。

しかしもう飽きた。

目の前の女は駅前、授業中、男風呂。計三度犯した。これが四度目、の筈だったが………飽きてしまった。それだけつまらない女だったという見方も出来る。しかし男が飽きたのは時間停止という物だった。以来ボタンを押していない。


一年が過ぎた。

停止しているからか、元々の体質上か。髭も髪も伸びなかった。女に飽きたから男に、生憎転換の出来ない性格だった男はコンビニからピザパンを拝借し、唇で噛む。食料は尽きることない。停止と相反して冷たい物はいくら経っても冷たかった。

停止しているから暑いも寒いも無い。

停止しているから眠いも寿命も無い。

よく子供の頃は半永久的に生きられるバンパイアに憧れたものだが、似たり寄ったりの今は窮屈で退屈だ。だからといって押しでもしたら、生きることさえ止めてしまうだろう。

矛盾の矛盾は心を惑わせる。

今日は今日であり、今日は今日でなく、今日は今日を捨てていた。

自由は自由である程自由でなく、窮屈は男の快感に成りそうだ。故に押そうかと。


体内時間は今日を過ぎようとしていた。

男はボタンを押して自首しようと、洗い浚い話そうと。今は唯この世界を出たかった。

自室の前に来た。実にこの世界で一年ぶりの部屋。母はアイロン掛けをしていた今日。男はベッドに寝転がり、時計に触れる。

静かにボタンを押し、目を閉じた。


小鳥が飛び立った日であった。

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