君が光って見えたから
明里 好奇
君が、羨ましかったんだ
うらやましかったんだ
うらやましかったんだ。
僕には眩しく見えたから、だからすごく、うらやましかったんだ。認めたくなんか、なかったんだけど。
君が見えるだけで痛くて、僕の心がささくれだっていく。
だから、だからさ、僕は君をーー。
君が眩しく見えた。
君は放課後の教室で絵を描いていた。
たくさんの絵。
それでも君は仲間とうまく関わっていた。
僕はこんなに必死になって追いかけてるのに。
君と来たらなんの努力もしてないみたいに、みえたんだ。
僕には、君みたいに器用に描くこともできないし、友だちと笑いながら楽しそうになんてできない。
だから、すごくイライラしたんだ。
僕はこんなに頑張ってるのに、笑う君を疎ましく感じたんだ。
あの子を囲むクラスメイトがいないのを確認して、席に近付いた。騒ぎ立てられても困るし、話がしたかったから。
でも、冷静になんてできなかった。
「お前いつまで描いてんだよ! ここは学校だろ! 勉強しろよ!」
「どうして?」
「わかんねぇのかよ」
「わかんない。君がどうしてそんなに怒ってるのかもわかんない」
「ずっとそんなもん描いてなんなんだよ。仲間外れになっちゃうぞ! 根暗だもぐらだって言われろ!」
「いいよ、別に。かまわない」
「それじゃだめなんだよ! だったらこんなもの……!!」
いいわけないだろ。すごく悲しかったんだ。お前にはわからないかもしれないけど、すごく痛くて辛かったんだ!
机に広げられた描きかけの絵を、乱雑に奪い取った。これがあるから、これが!
絵を、破った。
大きく2つに破いて割いた。思いの外大きな音が放課後の教室に響いた。
その音は、確かに僕の胸も切り裂いてしまった。息が吐けなくなって、目の前で光が弾けた。
僕は君の前でみっともなく泣き出してしまったんだ。絵を破いたのは僕で、破かれたのは間違いなく君だったのに。
場違いに泣いてしまったのは僕だった。
僕はがんばらないといけないんだ。
お父さんはいないし、
おかあさんは忙しいし。
妹も弟もいる。
僕が守らないと。
頑張って勉強して、
部活だって、
周りに置いてかれないように、
心配かけてしまわないように、
きちんとしないと。
だから、
好きなことをしている君が、
自分を偽らずに、楽しんでいる君が
とんでもなく、まぶしかったんだ。
それを、ほかでもない君に吐き出した。
君は僕のとなりで、静かに聞いてくれた。
夕焼けに馴染んでいく教室。
他の誰も、ここにはいない。
ねえ、あのさ。
君が口を開く。
僕の嗚咽が収まるのを待ってくれていた。
幼稚な嫉妬心に飲まれた僕を、待ってくれていた。
「何て言うかね、嬉しかったんだ」
「は?」
「君は、ぼくに憧れてくれてたんでしょう?」
「……おう」
「だから、君の胸のうちはわからないけど、そのまま嬉しかった。ありがとう」
「どう、いたしまして……?」
「でも、破られたのは気にくわないね」
「……悪かった」
「君のことが知れてよかったけどさ、自分が痛いから、自分が傷ついたからって、相手を傷つけていいことにはならないとおもうよ」
「そう、だな。本当にそうおもう。悪かった」
「だってどっちにしても『痛かった』ろ?」
「……おう」
「だから、泣いちゃったんでしょ?」
「そうだよっ」
「うん。だからね、根本的に解決しないんだよ、ひとつも」
君は大きく背中を伸ばした。
教室の床に並んで座り込んで、床に放り出していた彼の作品を手に取った。
僕が破いたから、もう書けないし読めない。僕が、壊した。
彼はもう一度それを眺めると、微笑みながらため息をついて、
細かく細かく破いた。
止める間もなく、頭上から破片が舞い落ちてくる。伸ばした手は空をかいて、そのすぐそばを、紙片がすり抜けていく。
「こんなもんお前に破かれたって、痛くも痒くもねえんだよ。知らねぇのか、作り手はなだいたい自分の作品はここに、頭に入ってんだ。それを紙に写しているにすぎない。だから、これくらい屁でもないんだ」
彼は微笑みながら、朗々と放った。
口角は上がっていても、それは笑顔というよりは威嚇に近い。
「そもそもさ、『ぼくを傷付けた』と思ってることがすでに『思い上がり』なんだよ、ばーか」
彼はそこまで言うと面食らった僕を見て、鮮やかに笑んで見せた。
二人並んでどちらともなく笑いだした。何がおかしいのかは、わからない。ただ、びっくりしたしこわかったしゆるされてよかったし、そうやってたくさんの感情が濁流のようにやって来た。
そのただ中に、二人で確かに立っていた。
「ねえ、君も表現するひと、でしょ」
君は唐突に言った。二人で笑いをおさめて、なんとか返事を返す。
こいつなら、話してみてもいいと思った。
「うん。僕も表現する人だよ」
それを聞くと、いたずらをする顔をした君が、背中を強く平手で叩いた。
とても、良い音が教室に響いた。
「いっったいっ!」
いや、そんなに痛くはない。音だけが大きい。きっと、こういう叩き方を知っているんだろうと、瞬間思った。
「これで許すよ! お前も表現者だったらあんなこと2度とすんな。ぼくが悲しかったんじゃない。お前のために、もう2度とするな」
さっきまでの雰囲気を一気に飲み込んで、真剣な眼差しに射抜かれた。
僕は1つ息を吸い込んでから「もちろん」と、さっきの威嚇するような笑みを真似した。
君は、眩しい。
やっぱり、君が光って見えたから。
僕は君に恥じないように、生きようと思った。胸を張って、君と笑えるように。
君が光って見えたから 明里 好奇 @kouki1328akesato
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