【KAC8】戦争三周年継続記念日

綿貫むじな

戦争は継続すれども……

「へいパスパース!」

「ディフェンス何やってんの! そっちにボールが行ったぞ!」


 サッカーに興じる若者たちの姿があった。

 素人丸出しのサッカーは、ボールに群がって収拾も着かないままゴールキーパーがぽつねんと寂しそうに立っている。

 場所は荒れ果てた荒野で、ラインなんかは引いてもいない。ゴールの目安はそこらから拾ってきた比較的長めの木の棒で囲ったもの。

 何より彼らが着ていた服は、軍服だった。




 ある二国間にて戦争が起きた。

 超大国の代理戦争とも揶揄された小国ふたつによる戦争は、しかしお互いの戦力の拮抗によって膠着状態が続く。

 それぞれの陣営のバックに着く大国はもちろん大目的として勝つ為に戦力や装備を増強していくが、それはある程度の見通しの上で戦力を送っていた。お互いにどちらかが完全に絶滅させるまでは望んでいない。

 もしどちらかの国が完全に潰れたともなれば、バックに着いた国の面目は丸つぶれとなり今度は大国が参戦してくる。そうすれば小国アル・デルベ、あるいはイスタルディでは太刀打ちできるはずもなく、また相手の超大国が出てこざるを得ない。

 故に膠着状態は必然であった。


 戦争状態だと言うのに前線の兵士たちは気楽で、戦えという命令も出ていない以上銃を撃ちあう理由もない。それどころか敵同士でサッカーに興じる有様だった。

 そのうちに前線はいつの間にか緩衝地帯を経てお互いに鉄条網が敷設され、その間の空間を睨み合うという風景に変貌していく。

 いつの間にかお互いに兵士達の死傷や都市の破壊なども無くなった戦争は、しかし休戦協定も結ばないまま三年が経過した。

 



「私たちは戦争をやっているのにこんなに仲良しです、ってか」


 前線の鉄条網に寄りかかりながら空を見上げるヨハンが、持っている新聞記事を見ながら皮肉っぽく揶揄する。写真には両陣営の首脳が手を取りあって笑っている姿があった。


「今日も空が青いのに、俺たちはライフル持ってにらめっことか最高の一日だよな全く」


 私はそれを苦笑いしてやり過ごした。

 持っている双眼鏡で遠くを覗けば、確かに敵の軍服を着た若者たちが掘った塹壕から頭を出して、同じようにこっちを双眼鏡で見ている。お互いに暇を持て余していて、なにやら手信号か何かで下らないやり取りをしている奴も居る。

 緊張感が無さすぎる。仮にも戦争だと言うのに。

 

「なあ、何時さ、バティスタは満期になるんだ?」

「あと三か月かな」


 私が答えると、ヨハンは大きなため息を吐いてしゃがみこんで土を8の字に弄っていた。


「いいよな。俺なんかあと一年もあるんだぜ。早く除隊して自由に遊びてえよ。ここじゃあ街に遊びに行くにもいちいち許可が必要でやってらんねえよ」

「それが軍隊ってもんだろ? 何かあったら基地まですっ飛んで帰ってこなくちゃいけないし、私たちはその為に召集されてここにいるんだから」

「そもそもいい加減、戦争なんか終わらせちまえばいいんだ。もうお互いに銃をぶっ放してるわけでもないし、条約結んで終わらせればお互いにハッピーだろうが」


 ごもっともな話だが、私たちには勝手に戦争を終わらせる権利など勿論無い。

 今日もお互いににらめっこをしているうちに日が暮れ、見張り番交代の時間が訪れて私たちは兵舎に帰った。

 兵舎と言っても旅館みたいな作りで、なんと私たちには個室が与えられている。大抵の軍隊ではどんな時でも小隊単位で相部屋で三段ベッドだと言うのに、これではまるで私たちは山奥に旅行に来ているようなものではないだろうか?

 その上風呂は温泉で、毎日誰かしらが慰問の為に来ているというから驚きだ。

 一体軍隊とは、戦争の意味は変わってしまったのだろうか?

 

「おい! 今日の慰問はアイドルの〇〇ちゃんだってよ! バティスタも来るよな?」

「いや、私はちょっと……そう言うのは苦手で」

「相変わらずお堅いなぁ! いいから一緒に行こうぜ!」


 無理やりヨハンに連れられてコンサートホールに辿り着くと、そこでは私たちと同じような兵士たちが一人のアイドルに向けて野太い声援を送っていた。

 アイドルが歌い、愛嬌を振りまくたびに声が上がる。

 確かにここは女っ気は薄いから、こういうのは士気を上げるのには効果的だろう。

 だが私は知っている。密かにここには商売女がやってきて、兵士を相手に客を取っていると言うのを。男が集まる所にはそういうものも自然と寄ってくるのだ。


「うおおお! 〇〇ちゃーん!!」


 隣に居たはずのヨハンはいつの間にか最前線まで詰め寄って手をブンブン振っている。

 私はこっそりとコンサートホールを抜け、自室に戻った。

 騒がしい場所は苦手だ。若い女の黄色い声もあまり耳に好かない。

 今日は丸い月が空に輝いている。窓から差し込んでくる月光を見ながら、私は明日を待っている。

 明日は戦争が始まってから三年となる。

 戦争三周年記念日と誰が言ったかは知らないが、上手い事を言う奴もいるものだ。

 皮肉かそれとも本気でとぼけているのか、ネット上ではそれらを祝う画像などが作られて拡散されていたりもする。

 三周年。良い響きだ。




 翌日。いつものように晴れた日々。

 私の相方もいつものように同じ顔。その割には疲れた顔色をしているが。


「わかる? コンサートの後なんか昂っちまってよお……へへ」

「ほどほどにしとけよ」

「わあってるって」


 鉄条網によりかかり、タバコを吸おうとしたヨハン。

 しかし彼はタバコを吸う事なく、地面に取り落とす。

 

「な、なんだありゃあ」


 空を見上げた彼がぽかんと口を開けたまま驚くのは無理もないだろう。

 空を覆うほどに編隊を組んだ飛行機が、この前線を通り越して向こう側、つまり私たちの祖国に空爆せんとすべく向かっているのだ。

 遠くからは戦車の履帯の音も聞こえてくる。同時に、どこかで砲弾が着弾し爆発音もした。


「始まった、か」


 私がぽつりとつぶやくと、鉄条網の向こう側から雄たけびと共に走ってくる歩兵の群れ。戦車を伴ってくるそれは、明らかに昨日までの彼らとは顔つきも違った。

 

「お、おいどういうことだよバティスタ!?」

「言うまでもない。戦争が始まったんだよ」


 そして私はヨハンの頭を撃った。彼は呆けた顔のまま地面に仰向けに倒れ込む。

 

 三年もの間、なにもせずに呆けていたのはイスタルディ国だけだ。

 彼らは本気で戦争継続中だと言うのに、アル・デルベ国と友好関係にあると思っていたからだ。国民の一人一人に至るまで。もちろん、私たちが情報を流して、スパイを潜り込ませ、そういう風に仕向けたのだがな。議員の中にも私たちの犬は紛れ込んでいる。

 呑気な奴らだ。私たちはこの日まで忘れる事なく準備を進めて来たと言うのに。

 やってきた歩兵の一人が私に敬礼する。


「潜入作戦ご苦労様です、ロレンツ大尉!」

「ああ。ご苦労だった、中尉。君らはこれから何処に行く?」

「このまま山を下りて、真っ先に首都を叩きに行きます。連中が泡を食ってるうちに陥落させてみせますよ」

「頼もしい限りだ。後は頼んだよ」


 歩兵と戦車たちは音を立てて土煙を立て、進軍していく。

 私はその後姿を眺めていた。

 

 間もなく戦争は終わる。

 そして今日は我が国の戦勝記念日として歴史に刻まれる事だろう。

 

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