後期ハウスキーパー

kanegon

後期ハウスキーパー

「ご主人さま、本日が何の日か、ご存知ですか?」

「お釈迦様の誕生日かな?」

「わたくしが高校を卒業して、こちらのお屋敷でメイドとして働くようになってから、本日で三周年になります」

「おお、そうだったか。もう三年か。早いものだね」

「はい。求人雑誌で見つけた、学歴高卒以上、要普通自動車運転免許、というお仕事でした。求人雑誌にメイドとか巫女とかの募集が掲載されているとは思いませんでした」

「巫女の仕事なんて募集しているのかい。最近の求人雑誌はすごいんだなあ」

「学歴不問、異能力所持者優遇、要大型自動車運転免許という条件で、結構高給でした」

「異能力ってなんだよ。闇の世界からこの世に侵略してくる魔族と戦うのかよ」

「それはそうと、わたくしは運命に導かれ、ご主人さまのお屋敷でメイドとして働くことになり三年、あっという間でした」

「キミはよく働いてくれている」

「結構、力仕事も多くて、左手の手首が痛いです」

「済まないね。でも屋敷の維持には実際力仕事は必要だ。キミが頑張ってくれているお陰で成り立っている」

「ありがとうございます。ついでに言うと心臓の辺りも痛いです」

「それは病院に行ってエコー検査でも受けた方がいいんじゃないかな」

「これは病院では治らない痛みですので。……ところで、三年経ったということで、わたくしからご主人さまに差し上げたいものがあるのですが」

「え、三周年の記念品ってことかい。いやあ、参ったなあ。ボクの方では特にキミにプレゼントなんて用意していなかったよ。だから、もらうわけにはいかないような」

「いいえ、ご遠慮なさらないでください」

「そうか。ならば、ボクからも何か記念になるようなプレゼントを後からでも用意するよ」

「お気遣いは無用ですから。わたくしからご主人さまに差し上げるのは、こちらとなります。お受け取りください」

「ん、封筒? 何が入っているのかね?」

「退職届が入っています」

「え??? た、退職? なんで?」

「ご主人さまのメイドは、もう終わりにします」

「そ、そんな。どうしてだ? 給与も十分に出していると思うし、そんな世間で騒がれているようなブラック労働でもないはずだし、パワハラやセクハラもしていないはずだ」

「ご主人さまは週末には突然『マンガのコラボ企画のスタンプラリーに行く』とか言って、網走、阿寒湖、釧路、と北海道東部をぐるっと一周してくるような長距離ドライブを敢行したりします。普通、そんなのについて行ける人はいませんよ」

「そ、それは、、、だけど、キミは移動中は助手席でずっと寝ていたじゃないか。途中、道の駅に寄って特産品を買う時だけ活き活きしていたような」

「はい、確かにおみやげを買うのは楽しかったですけど。でも、メイドの仕事も三周年ということですから、このタイミングで退職させていただきます」

「その言い方だと、週末のドライブが過酷だから辞めたいのではなく、三年経ったから当初決めてあった通りに退職する、というふうに聞こえるのだけど」

「はい。三年というのがポイントです。祖父が生前に繰り返し言っていたことですが、どんな仕事であっても辛いからといってすぐに放り出して辞めてしまうのではなく三年は取り敢えず頑張ってみなさい、と。石の上にも三年という言葉通り、三年働けば始めた頃には見えなかった景色も見えてくるはずだから、と。その祖父の教えを守って、三年は何があっても我慢して頑張ろうとやって参りました」

「で、その結果、辞めてしまうってことかい? キミには合っている天職だと思うのだが、メイドの仕事、そんなに嫌いかい?」

「メイドの仕事は嫌いではありません。むしろ好きといってもいいです。ご主人さまのことも嫌いではありません。むしろ好きといってもいいです。でもわたくしは、メイド以上にやりたいことがあるのです」

「今まで、他にやりたいことがある、なんて素振りは全く見せていなかったのに。何をしたいっていうんだ」

「巫女です」

「なぬ?」

「ですから、求人雑誌に掲載されていた、巫女の仕事をやってみたいんです」

「なんで巫女?」

「さっき言った通り、巫女の仕事は学歴不問だけど高給なんです」

「異能力はどうするんだ?」

「異能力は所持者優遇であって必須じゃないですから。それに左手の手首が痛いので、そこから異能力が出るかもしれません」

「そんなアホな。それで異能力が出るなら、病院にいる後期高齢者は異能力者だらけだ」

「巫女になるために必須なのは、異能力ではなく、大型自動車運転免許です。わたくしは高卒と同時に普通免許を取得しました。それから三年経ったということになります。大型免許を取得するためには、普通免許を取ってから三年が必要でしたが、これで、教習所に通って大型免許をゲットすることができるようになったのです」

「だから三年か。いや、そもそもの話、巫女になるのに何故大型免許が必要なんだ?」

「地域の氏子が後期高齢者ばかりになってしまい、お祭りの神輿を担げなくなってしまったので、トラックで運んで渡御するらしいです」

「それは普通に運転手雇えばいいような」

「そういうことですので、今までメイドとしてお世話になりました。ご恩は決して忘れません」

「そ……そんな……急に退職されてしまうなんて……それは困る。巫女の仕事は給料はいくらなんだ? それ以上出すから、退職は考え直してくれないか」

「ご主人さま、さっきの退職届の封筒、中を開けて見ましたか?」

「あ、いや、退職届というのを聞いてショックで、まだ開けていないよ」

「じゃあ、開けてみてください」

「……これは、……婚姻届? どういうことだ?」

「胸の痛みは病院では治せないのです。ご主人様のように、無謀なスタンプラリーに行ったりするような趣味について行けるような女性はわたくしの他にはいないでしょうから、結婚の望みの無いお可愛そうなご主人様を、わたくしが拾って差し上げるのです」

「なんか、ひどいことを言われているようだけど、要はキミがボクのことを好きになってしまった、ってことを言っているんだよね?」

「この婚姻届に判子を捺していただければ、わたくしはご主人さまのメイドではなく、妻になります。今まで以上に粉骨砕身してハウスキーパーのお役目を果たします」

「じゃあ、どっちにせよメイドは退職するってことか」

「はい。……押印、ありがとうございます。これで、書類を市役所に提出したら、わたくしたち、正式に夫婦になれるのですね」

「ああ、そうだね。夫婦になった記念に、どこかへドライブに行かないか?」

「記念といえば、ご主人さま……ではなく、あなた、今日みたいに大事な記念日を忘れてしまうというのは、許しませんよ。来年からは今日が結婚記念日ということになるんですからね!」

「え……もしかしてボク、早くも尻に敷かれているとか?」

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