俺んちから先輩とカノジョの家はほぼ同じ距離だったりする

八島清聡

ヒント:日本人なら絶対知っているカップル



 とあるところにカップルがいた。男と女、ということにしておこう。

 女は生まれてから割とすぐに男と付き合い始めた。交際は順調に進み、二人は結婚した。それなのに、世間一般的には恋人同士だと思われていることが多かった。その方がロマンティックだからだろう。

 男は女よりも年上で、大体彼女の3倍くらい生きている。

 ……と書くと、色ボケしたじいさんが若い後妻をゲットしたかのようだが、彼もまだ10代で若い。我々の感覚だと、女は幼女のようなものか。


 男と女は結婚し、我々の感覚でいうところの3年目を迎えた。

 3年目の浮気……もなく相変わらずラブラブだったが、暮らす家は別々だった。お互いに持ち場があるからである。いわゆる別居婚であった。

 しかし彼らの尺度だとご近所なので頻繁に行き来があった。


 ある日、女は男に言った。

「ねぇ、私たち結婚して3年目だよ。記念に何かお祝いしようよ~」

 男はしばらく考えた後で答えた。

「3周年か。だったら、E先輩のとこへ行ってくる」

「なんで?」

「だって近いし。お前の家とE先輩の家は、俺んちから同じくらいの距離だからな。会いに行きやすいだろ」

「先輩の家に行ってどうすんの?」

「3周年だろ? 俺たちの記念年なんだろ? 先輩は無駄にロマンチストだから、なんかお祝いくれそうじゃん」

「あ、そっか。やった~!」

 女は無邪気に笑った。

 E先輩は、二人よりもだいぶ年上で壮年期といってもいい年代。

 中年なのだが、最近は妙にハジケていた。ハゲているわけではないが、夜もやたらピカピカと輝いている。


 しかし、そこで女は顔を曇らせた。

 かつてEがばらまいた、とんでもないデマを思いだしたからである。

「でもちょっと心配……。先輩は土台はしっかりしてるし、時々火は吹くけど燃えたりはしないし、とても綺麗だけど……ちょっと妄想が激しいっていうか。なんかあの人の中では、ウチらは勝手に『親に引き裂かれた』とか『究極の遠距離恋愛』とかで勝手に悲劇のカップルにされてるんでしょ? 『ぐうたらニート』と誹謗中傷までされたし。ヤバイって~」

 と女は若干引き気味である。男も苦笑した。

「そうだな、俺たちはいつも一緒にいるのにな。確かに、最近の先輩は自己主張激しいよな。ゴミみたいな鉄の小石を投げてきたりするし。俺が生まれたころは、とても落ち着いていたのに何があったんだろ」

「更年期障害なんじゃないの?」

「……そうかも。といっても、ご近所だから気になるし。お祝いを貰いがてら、先輩の様子を見て来るよ」

 いそいそと出かける支度を始めた男を見て、女は急に寂しくなった。

「ダーリン、早く帰ってきてね」

「ああ、光の速さで行って戻ってくるさ」

 そう言うと、男は意気揚揚と出かけていった。

 

 有言実行、男はすぐに戻ってきた。彼らの尺度では、30分くらいであろうか。

 女は笑顔で出迎えた。

「お帰り~早かったね。お祝いもらえた?」

 男は何があったのか、浮かない表情である。

「いや……先輩には会えたんだけど、とても落ち込んでいてカラカラになってた」

「え、カラカラ?」

「なんでも、ちょっと前に飼っていた微生物が死んでしまったらしくて……」

「そんな……」

 衝撃の事実に女は言葉を失った。

「そういや先輩、ペットいたもんね。寿命は短いけど可愛がって培養してたもんね」

「たぶんだけどペットが死んだのはS先輩のせいだと思う。S先輩に殺られたんだよ」

「S先輩かぁ……きっつー」

 女は嘆きつつも、腑に落ちたようだった。

「でも仕方ないか。S先輩はメタボだもん……近づくだけで暑すぎて」

「うん、とてもじゃないけど俺たちの結婚記念のことは切りだせなかったな。ごめん」

「いいよ、別に」

 女は笑って男を慰めた。





 *******


 さて、賢明なる読者はこのカップルの正体にお気づきだろう。

 わからない……?

 そんなことはないはずだ。あなたは絶対、このカップルを知っている。

 いやいやいや、知ってるって! 間違いない。


 ……本当にわからない? マジで?


 では、答え合わせだよ。


 *******








 男は少し落ち込んだが、やがて気を取り直した。

 彼らの尺度で3年連れ添った妻を誇らしげに振り返った。


「お祝いはなくても記念すべき3周年だ。これからもずっと一緒だよ、ベガ」

「うん。私も頼りにしているからね、アルタイル」

 

 この2人、別名を「織女星」「彦星」ともいう。

 そして、ご近所である地球先輩には、ほんの数万年ながら、実に想像力豊かな微生物が無数にへばりついていたのだ。




【彼らの尺度と我々の感覚】


 1光年=約9兆5000億km

 地球とアルタイルの距離:約16光年

 アルタイルとベガの距離:約16光年

 1光年進むのにかかる年数=現在の人類の科学技術だと約1万9500年

 アルタイルと地球を往復するのにかかる年数=現在の人類の科学技術だと約62万4000年

 星の寿命=太陽規模で約100億年



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