生誕
キロール
建国と共に生まれたのは
この国が建国されて三周年。
実に平和で素晴らしい日々だと人々は言う。
戦乱に明け暮れていた過去は遠い昔になりつつあるのだと人々は笑う。
なるほど、そいつは大いに結構な事だ。
戦いなんざ無いに越したことはない。
俺だって命は惜しいし、何より平和って奴は、隣で喋ってた奴がいきなり死んでいるなんてクソみたいな目にあわなくて済む。
来月ガキが生まれるって喜んでたのによ、ひゅんって音の後に喋らなくなって、そっちを見たら矢が深々と喉を貫いているんだぜ。
死に行くそいつの目は、何故と俺に問いかけ、死にたくないと俺に願っていた。
魔族と人間の融和。
ああ、そいつは素晴らしいお題目だ。
俺だって戦場に出る前ならば、そんな言葉に喜んでいただろう。
あいつらだって、別に地獄の悪鬼じゃねぇんだってな。
事実は、確かにその通りだ。
ちょいと姿が違うだけに人間とさほど変わらない。
それでも、少し前までの魔族に対する教えとかけ離れた内容だからか、飲み込むのに四苦八苦するのは分かって欲しい。
殺し合いをしていた前線の兵士には特に。
別に被害者ぶる心算は無い。
奴らは俺の仲間を多く殺しているが、俺も多く奴等を殺している。
そうだ、殺しているんだ。
今でもよく覚えているぜ、まだ年端もいかない、十三、四の小僧を返り討ちにした時の事は。
あの餓鬼、死に際に呟きやがった。
母さんってな。
――ああ、その時の衝撃は忘れる事は出来やしないさ。
俺は誰かの息子を殺したのさ。
ゾッとする。
だから、平和自体に文句はねぇ。
誰もが文句はない筈だ。
無理やりに奪わずとも食っていけるんだったら、平和が一番だ。
でもよぉ。
国の命令で、王の命令で戦っていた俺達を犯罪者のように扱うのだけは勘弁出来ねぇ。
生き残りたいから俺は殺した、それは事実だ。
どれだけ心が痛めつけられようとも、生きて帰りたかったから、殺したさ。
それは、魔族だって同じことだろうさ。
それが――それが、戦争は終わりだと告げられて、喜ぶ間も無く劣等だ、ゴミだと罵られて、真っ当な職にもつけず、家族もろとも虐められる。
何の為に俺達は戦ってきたのか。
何の為にあいつらは死んでいったのか。
何の為に全ての罪を背負って、あの人は死んだのか。
三年前、新たな国の建国が宣言された日。
あの日より生まれ落ちた小さな憎悪は、今は俺達の中で大火になり燃え盛っている。
建国三周年の記念式典が仰々しく、華やかに行われている足元を、あいつらは見ているのか?
見ていたら、俺達の憎悪はここまで育たなかった。
ただ一言でも、あの人の名誉について言及してくれたら――俺達は時代の流れと思いあきらめたかもしれない。
あの人は、五十年前に王国に現れて、数多の危機を救ってくれた。
なのに、あの気高い人は、過去の彼自身とは関係が無い罪を背負わされて、犯罪者として逝った。
魔族の大量虐殺者としてな。
老いてなお、勇猛。
五度の魔族の侵攻を退け、多くの魔将を討ち取った英雄。
気高き勇者。
――あんたらの宿敵。
それが戦犯として刑死の憂き目だ。
あんたらの王様は如何だ?
俺達からすりゃ、恐ろしい敵だったよ。
勝ち戦だと勢い込んでいた俺達の陣に単身乗り込んできて、暴れまわった暴虐の嵐。
言いたいことは山ほどあるし、奴に殺された仲間は数多い。
だがな。
あの頑迷にして強固な魔王が、身内に毒殺される謂れはねぇ。
野郎は壊走する軍を立て直すために単身乗り込んでくるような奴だ。
勇者との間で幾度か紳士協定を結び、最後までそれには殉じた魔王だ。
奴は憎むべき敵だが、奴は王の中の王だ。
勇者と魔王は、出来れば互いの手で決着を付けて欲しかったと言うのが本音さ。
これは、下らねぇ戦場ロマン主義者の嘆きだがな。
まあ、色々と喋ってきたが、お前らは如何だ?
この戦ってきた俺達を、臭い物には蓋をするように蔑にする素晴らしい国に忠義を尽くすかい?
それとも、己の胸の中で燃え盛る憎悪に身をゆだねるかい?
相手は戦争もろくに知らない連中ばかりだ。
多少なりとも、足掻いて見せる事は出来ると思うぜ?
こいつも一種の融和だろうかね。
皮肉?
そうでもないさ。
人間と魔族が手を取り合って生れ落ちて三年の国に牙を剥くんだ。
国が勝つ公算は大きいが、俺達が立ち上がる事で、死んでいった連中の名誉を回復しなきゃいけない。
平和は素晴らしい。
その平和のために戦ってきた俺達を投げ捨てた新たな王と王妃に、刻み付けねば我慢ならねぇ。
美しくきれいな物だけを見たいならそれも良いが、醜く不都合な物を消そうとするなと。
――そうだな、この国は勝ち方を誤って出来た国だ。
建国三周年、多くのボロが出てきても良い頃合いだわな。
ああ。
行こうか、俺達の憎悪の生誕三周年記念だ。
派手に、燃やしてやろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これは、『憎しみの火』と呼ばれる武装集団の頭目が魔族を取り込む際に用いた演説である。
戦争参加者を蔑にしたこの国の名は伝わっていないが、建国から僅かに十年足らずで滅んでいる事が、幾つかの文献からうかがえる。
仮初の融和に酔い痴れた上層部の浮かれ具合と、下層部に募った憎悪の落差が滅びの原因である事は容易にうかがえる。
僅か三年でここまでの憎悪を育てたと思われる政策が如何なる物かは、想像するしかないが、酷い統治だったのだろう。
実際に、魔王と勇者の二人の方がはるかに有名であり、彼ら二人の紳士協定と呼ばれる戦争時に順守すべきとした法は、形を変えながら、今も各国の協定に大きな影響を残しており……。
<了>
生誕 キロール @kiloul
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