3周年目に貴方がくれたもの

うめもも さくら

硬くなってゆくもの

貴方がくれるものはいつだってたわいのない物。

最初のうちはそれでもよかった。

貴方がくれるものはなんだって嬉しかった。

そばにいるだけで幸せでいられた。

今でもそれは変わっていないと思うのだけれど、どこか違和感に似た引っ掛かりを覚えるのは私が贅沢になってしまったのかな。


今日は何時頃に帰ってこられるのかと私は朝食の準備をしながら貴方に問う。

貴方は仕事に向かうための準備をしながらただ、遅くなると答える。

もともとたくさん喋るタイプの人間ではない人だから別段気にせず私は、そう……と答えた。

決して悪い人ではないのはわかっている。

ただどちらかといえば私はお喋りな方で貴方は無口な人。

付き合っている頃はその寡黙さや無駄のない行動がかっこよく見えて大人びていて頼りになる人だと思っていた。

今もそれは変わっていない。

変わってはいないのだけれど、少し物足りなさを感じてしまうのは隣の芝生を見たせいかもしれない。


「お義姉さんたちも結婚してもう3年だっけ?」

1年前に結婚式を挙げた義妹夫婦が家に遊びに来た際にそんな話題になった。

「そうよ。そっちももう1年になるのね」

私がお茶を口に運びながら言うと義妹は何か楽しそうに笑って言う。

「義姉さん!結婚記念日のお祝いって兄さんは何してくれた?」

実の兄なのだから本人に聞けばよいのにと思うけれど目をキラキラさせて問う彼女に負けて答える。

その答えが彼女の喜ぶものとは到底思えなかったけれど。

「なにも。その日なら私はいつもより少し豪華な夕食を用意したけれど彼はいつもの日と何も変わらなかったわ」

「えっ……」

義妹はそれ以上の言葉を見つけられず私は会話を続ける。

「一昨年にもらったと言えば紙っぺら一枚。結婚記念日だから少し期待していたけれど明日もご飯よろしくって書かれた手帳の切れ端よ?」

「切れ端……ですか」

彼女の旦那さんである義弟も困ったように眉尻を下げた。

「去年もらったものは……あぁ、バスタオルを買ってきたわ。もう替え時だったからね」

私の言葉に二人は絶句してしまったようだった。

そして見るからにあわあわとしてる義妹は義弟に宥められていた。

その時隠すように彼女は胸元のネックレスを握りしめた。

家に入ってきたときからキラキラと彼女の胸元で揺れていて見ようとしなくても目についていた。

このタイミングで隠すということはあまり勘の鋭くない私でもそれが義弟からの贈り物なんじゃないかと察しがついた。

おそらくは私の話を皮切りに自慢したかったのではないかと思った。

「私たちのつまらない話はどうでもいいのよ。貴女たちはどうなの?義弟おとうとくんのことだから結構盛大にパーティーしたんじゃない?」

せっかく楽しく話そうとしていた話に水を差してしまったと思いこちらから話を振る。

最初こそぎこちなく話していた彼女も次第に機嫌を取り戻りたのかニコニコと笑いながら話始めた。

「それで1周年目のお祝いにこのネックレスをもらったの!ダイヤなの!こーんなちっちゃいやつ!」

彼女は胸元のネックレスを指差しながらはしゃいだように話していた。

義弟は照れくさいのか会話には混ざらず黙々とお茶を飲んでいた。

「幸せそうでよかった。ダイヤなんて羨ましい」

私は幸せそうに微笑む彼女を眩しく感じながらそう答えた。

すると彼女は何か考え込むような仕草をしてそれからぱっと顔を輝かせた。

「今年の結婚記念日はみんなでお祝いしない?兄さんには私から言うし!兄さん何時に帰ってくるかな?ねぇ、夜までいてもいい?」

義妹はキラキラと目を輝かせながら私に問う。

「いいけど。最近帰り遅いから……貴女たち時間は大丈夫?」

「平気!でも帰り遅いなんて心配ね」

「お仕事忙しいのよ」


「忙しいなんて言って仕事じゃなくて不倫で忙しかったってわけね!?」


そんな時、誰が見るともなしについていたテレビから声が聞こえる。

最近流行りの女優が出ているドラマのワンシーンのようだったがタイミングが絶妙すぎて私を含めてその場にいた全員が黙ってしまった。

義妹がその空気を打ち破るべく口を開いた。

「いや、びっくりなタイミングで聞こえてきたからヒンヤリしたけど兄さんに限って不倫なんて有り得ないし、結婚して3年も経って……」


「結婚して3年くらいが1番危ないって聞いてたけど!!貴方に限ってそんな事しないと思ってた!」


またもや絶妙なタイミングにみんなが固まった。

まるで義妹の言葉を聞いているかのような間合いで進んでいくドラマに目が釘付けになった。


「帰りもいつも遅いから心配してたのよ!?結婚記念日だってなんのお祝いもしてくれなくても私は貴方に尽くしてきたの貴方を信じていたのに!!私がどれだけ……プツン」


なにも言わずに青ざめた義弟がテレビを消した。

凍てついた空気が家中に広がってしまっているようだった。

その重たい空気にいたたまれなくなった私が夕食の準備をすると言ってキッチンに向かった。

手伝うと言って義妹もキッチンに追いかけてきた。

一人じゃなくてよかったかもしれないと思った。

一人でいたらぐるぐると考え込んでしまったかもしれないと思うから。


それからは一緒ご飯を作ったり最近の出来事を聞いたりと和やかな時間が過ぎていった。

貴方が帰って来て楽しそうに話す義妹の結婚記念日のお祝いの申し出に対して首を横に振り、家中の空気をさらに凍てつかせるまでのほんの短い間だったけれど。


結婚記念日の前におずおずと私がワンピースが欲しいと貴方に言った。

義妹とショッピングに行った時、ショーウィンドウの奥に見かけたレース生地のワンピースに思わず目を奪われた。

年甲斐もないかもしれないがあんな綺麗な服を着て結婚記念日にディナーなんてできたら夢のようだと思った。

貴方にレース生地だと言うと少し悩んでから10年後に贈るよと答えるとまた無言になった。

10年後……長すぎる!と思った私はそれでもそんな堅実で倹約な貴方が好きだと自分に言い聞かせた。

あの日あの場面を見るまでは。


そして結婚3周年目の結婚記念日の日になった。

心配をした義妹たちから気遣わしげな連絡がきて私は大丈夫だと答えた。

何もかも今日で終わる。

結婚記念日に見切りと区切りをつけるため最後の二人の夕食を作ることにした。

不意にあの時義妹たちと見たドラマが頭の中を駆け巡る。

「信じてた……か。私もだわ」

思わず口からこぼれ落ちる言葉の数々。

「貴方に限ってないと思っていたのに。せめて今日でなければよかったのにね」


せめて夕食くらいは豪華にと思っていた時に義妹たちが気にして外に連れ出してくれた。

彼女たちと一緒に少し豪華な昼食でお祝いしてもらいレースのワンピースの件を自嘲気味に話せば義妹は怒っていた。

それでもそれはとても楽しい時間で、機嫌のよくなった私は彼女たちと夕食の買い物をしようとレストランを出た時3人で見てしまった。

いつも無口で基本的に無表情の貴方が幸せそうに女性に笑いかけていた。

女性から渡されたラッピングされた小さな箱を大事そうに受け取ると貴方は今まで私に見せたことのない笑みを浮かべながら歩いていく姿だった。

私の頭の中は自分でも制御不能なほど駆け巡っては止まりショートしていたけれど精一杯の笑顔で義妹たちに買い物に行こうと促した。

二人は悲痛そうな顔を浮かべながら傷心の私を支えてくれていた。


私も誰か好きな人でもつくればよかったかもしれない。

でもできなかった。

貴方を本当に愛していたから。

寡黙でも無口でも笑ってくれなくても何もくれなくてもただ貴方を愛していたから。

「信じていたのに……」

涙で視界が歪みながら作った料理はどれほど塩味の効いた苦いものになっただろう。


貴方が帰って来た。

これで全て終わりだと知っている私は複雑な気持ちを隠し笑顔で出迎えた。

そして貴方に別れの滲んだ言葉を放つ。

「今日一緒にいた女性は誰?」

貴方は弾かれたようにこちらに振り向くとばつの悪そうな顔をして答える。

「見ていたのか……ならわかるだろ……」

貴方はそれだけ言うとふいっと私から顔を背けて鞄を持って部屋から出ていく。

その出ていく瞬間、私にかろうじて聞こえる程度の声で呟く。

「こんなかたちでか。だが仕方ないな」

何も言い訳をしてもくれない貴方に私は何も言えなかった。

貴方が部屋に出てから私はどうすればよかったのか、どうしたかったのかと自分に問いかけた。

再びこみあげてきた涙を持て余していると貴方が帰って来て驚いた顔をした。

「……何で泣いてるんだ?何が……あった?」

ひどく狼狽える貴方に恨みがましい目をすると貴方の手に見覚えのある箱があった。

それは女性から受け取っていた箱。

「なにそれ……?」

「あ…あぁ、これは結婚記念日の祝いの贈り物だ」

「誰から?」

「……俺からに決まっているだろう」

「……へ?」

彼から詳しい話を聞けば今日一緒にいた女性は結婚記念日のプレゼントを買った店の店員さんだったらしく、私にその現場を見られてプレゼントの内容がバレたと思ったらしい。

「わかりづらい!!急に贈り物なんてするから!」

「なんだ!?藪から棒に!それに、贈り物なら毎年しているだろう?」

「……嘘だ」

「忘れてるのか?」

「貴方のくれたものなんて去年はバスタオル、一昨年は紙っぺら一枚だったじゃない!」

「紙っぺらと言うなよ!今までの感謝とこれからの未来を込めて明日もご飯よろしくと書いただろう」

私は頭のなかで貴方の言葉を反芻して一言。

「わかりづらい!!」

と答えた。

それでも貴方を好きでよかったと思えた。


「貴方の妹ちゃんはダイヤのネックレスだったけれど私のはこれ、革のブックカバー?」

「ダイヤか、57年後に贈るよ」

やっぱり貴方はわからない人だと私は幸せに満ちた笑顔を向けるのだ。

銀婚式や金婚式など結婚記念日にはその年の別名がある。

結婚3周年、革婚式という日の出来事だった。




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