振り向けば鬼

立見

振り向けば鬼


「お前この仕事何年になるっけ?」

「三年ッス」

「お、もうそんな経ったかぁ」

「センパイはどれくらいッスか」

「私は……んー、二十年とちょっと?かね」

「けっこう長いッスよね」

「いや、これでもまだまだ若輩者扱いだかんなぁ。三年なんてお前、ヒヨッコだぞヒヨッコ」

「これでも仕事は慣れたッスよ」

「へぇ。ちゃんと手帳持ってるか?落としてないだろな」

「持ってるスよ。失くすわけないっしょ」

「本当か?言っとくけどうっかり手帳落としてクビ切られたやつもいるぞぉ」

「……え、その人どうなったんスか」

「クビ切られたなりに何とかやってる」 

「ホントにあるんスね、そんなこと」

「ま、精々真面目に働いたほうがいいってことよな」

「マジメにやってるつもりなんスけどね。にしてもやけに忙しくないッスか?俺、ここまでこの仕事大変だとは思ってなかったんスけど」

「地域にもよるなぁ、そこんとこは。でもここ何十年かで仕事が増えてるのも確かでな」

「スよね。明らか年々増えてるッスもん、手帳にある人数。あれッスよね、一年に生まれる人数より少ないはずなんしょ?これって」

「だった。けど何かイザナミ様がだんだん張り切ってきちゃって……」

「あれ確か、イザナミ様が一日に千人殺して、イザナギ様が一日に千五百人増やす計算っしょ?」

「そう、そうなんだけどほら、イザナミ様けっこう負けず嫌いというか……元旦那に対抗心あるのか、いつの間にか殺すほうが生まれる人数上回っちゃっててなぁ」

「駄目じゃないッスか、上司の職権乱用。困るッスよー主に下っ端の俺らが」

「そうなんだよなぁ……」

「てかぶっちゃけ、寿命じゃない人も多いッスよね?あれマジめんどくて」

「それな。大規模テロのときなんか残業三昧で参ったわ。まぁ数十年前の戦争ん時よかマシだろうけど」

「あと、おかしなやつもよくいるんスよね。バラバラにして埋めたりだとか、首だけ隠すっつうグロイのも。マジイカれ過ぎ」

「分かるわー。通り魔系も厄介でなぁ。一気に五人以上とかないわ。しかも本人らとばっちりだし、流石に同情しちゃうわな。そしてもれなく残業コースで辛い」 

「どうにかなんないんスかねー」

「ならないこともないんだがなぁ」

「おっ、何スか何スか」

「つっても、そうしょっちゅうやる訳にもいかない手だぞ…。私らの仕事は、端的に言やぁ、お陀仏の人間をあっちへ連れてくことだろ?寿命なら上々、だが狂った奴が節操なしに殺すとこちらの仕事が余計に増える。だから、その悪因をこう……“うっかり”手違いで連れてくわけよ」

「ありなんスかそれ。俺初めて聞いたッスよ」

「そりゃ皆堂々とはできんがな。まぁちょっと残業続きで収拾つかん!て時にな、魔が差すわけよ」

「今みたいな時ッスか?」

「……何連チャンだっけ今日」

「四十八日目ッスよ」

「よっしゃそれじゃ部下の三周年記念ということで、一度はこういう経験もいるよな!」

「そこ俺に乗っかるんスか」

「私の二十云周年ていう微妙な記念でもいいけど」

「三周年のがキリいいッスね」

「だろ?じゃ、ちゅーわけでこのお兄さん連れて地獄行きましょか」

「そいつがこれから誰も殺らなかったら、今後の仕事も少しは減りまスもんね。やっぱ人間、寿命で死んだ方がこっちとしたらいろいろ都合いいんスよねー」

「ま、これも人間社会のため。んでイザナミ様のもとで働く私ら鬼のため」

「再犯防止ッスよ。むしろ良いことじゃないッスか」

「イザナミ様も自分が好き勝手してるから、やり過ぎなきゃ割と違反も見逃してくださるしなぁ」

 

 くふふ

 あはは


 


 ふと、背後の二人組の声が止む。そこで気づいた。こんなにバスの車内は静かだっただろうか。後ろの話し声に気を取られていたらしく、いつの間にか前方に座っていた客の姿が全くない。自分は終点まで行くので降り過ごすことはないが、それにしてもここまで乗客が少ないことは今までなかった。


後ろには嗤う鬼が二人。

冷えた汗が、背筋を滑った。

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