サンシュウネン

天神シズク

称賛と謝辞、そして完成

「こんばんは」


 スーツを着たガタイの良い男性が、パーカーにジーンズといったカジュアルな姿の青年に声をかける。青年は意識朦朧いしきもうろうとした様子で、目の焦点が合っていなかった。


「あれだけ吸引させたからか。反応が薄いな。まぁ、いいだ!ろう」


 薄暗い部屋に2人の男。外からは汽笛が聞こえる。男性は近くの窓から外を見ていた。

 青年は頭を上げ、周囲を見渡す。男性は青年の服のこすれる音を耳にすると、勢いよく振り向いた。


「おはよう。ようやく目覚めたね」


 男性は優しく声をかける。青年は口をパクパクとしている。声が出ないのだ。


「あぁ、君の声帯に少し細工をさせてもらってね。声は出ないはずだよ」


 青年は驚き、立ち上がろうと足に力を入れる。しかし、立てない。足は椅子にくくりつけられ、腕は後ろに組んだ状態で固定されていた。そんな状態でも、青年は必死に抗った。だが、力が上手く入らない。


「予想通りの動きをしてくれて面白いね、君。君のアキレス腱と屈筋腱くっきんけんにも細工をさせてもらってるよ」


 男性はほのかに笑みを浮かべる。


 この男はまともではない。


 青年はすぐさま察したが、逃げる術も助けを求める術もなかった。


「私はね。元々医師をしていたんだ。こう見えても結構偉かったんだよ? でもね、ある日、悲劇が起きたんだ」


 男性は語り始めた。近くにあった椅子を青年の前に起き、そこにドカッと座った。内ポケットからシガレットケースと携帯灰皿を取り出すと、タバコに火をつけた。甘い、独特な匂いが周囲に広がった。


「私が帰宅すると、そこには見るも無惨な姿になった妻と娘がいたんだ。私は震えたよ」


 男性は青年の目を見つめるが、青年は目をらした。


「私は犯人を見つけ出そうと追い続けた。執拗にね。当然だが、次第に医師を続けることが困難になり、廃業した。当時はこの事件は大きく報じられ、警察の捜査も大々的に行われた。しかし、犯人は見つからなかった」


 携帯灰皿に慎重に灰を落とす。口から煙を吐き出しながら、男性は恍惚の表情を浮かべていた。青年は異常な姿に震えていたが、震えることしかできなかった。


「そこで私は警察官になることにした。警察官の採用条件の1つに年齢の壁がある。35歳未満。私はギリギリだった。だからこそ1回に全てをかけた。そして合格したんだ。すごいだろ? 元医師の警官。あまり見かけない肩書だ」


 男性は青年から目線を外すことなく語り続ける。


「警察官になった私は、捜査資料を漁りに漁った。私の知り得ない情報まで記載された資料を見たとき、思わず笑ってしまったよ。悲劇から2年。ようやく犯人に目星をつけることができた。私はバレないようにずっと追い続けた。犯人の素性、性格、家族や恋人、交友関係。半年かけて全てを調べ尽くした」


 男性は内ポケットから携帯灰皿にタバコを入れた。甘い匂いはまだ周囲を漂っていた。


「万引きやら恐喝。小さいことから『黒い付き合い』まで。何でも知ってるよ。そしてさらに半年後。今日だ。私は犯人を拘束することに成功した。もちろん警察署には連れて行かない。当然だろう? 私の気持ちがわかるか?」


 男性の口調は変わらないが、怒りと悲しみが入り混じった独特な威圧感をかもし出していた。


「君には最大の賛辞を贈ろう。すごいよ。殺人を犯し、3年もの間、現代の警察から逃げ続けた。証拠もほとんど残さず、用意周到。君にとっては今日は3周年だ。おめでとう」


 男性は椅子から立ち上がり、青年を見下ろす。拍手をしながら褒め称えた。


「私にとっては妻と娘の3回目の命日だ。ここ3年は執念に燃えた3年だったよ。『3執念』なんてな。すっかり私もオヤジになってしまったよ」


 ハッハッハと笑いながら青年に近づいた。


「君が言いたいことはよくわかる。『妻子は復讐を望んでいるのか?』ということだろう。そんなものは知らない。誰が何を望んでいようが関係ない。私は私の望むようにやるだけだ」


 耳元で語りかけた。


「君への復讐は楽しみだったよ。恋人と幸せそうに過ごす姿。時折怯える姿。上司に頭を下げる姿。どれも可愛らしく、愛おしく、憎たらしく、今にも殺してやりたいくらいだった。だが、その積み重ねが今日という日を作り上げた。感謝しているよ」


 男性は青年に感謝を告げると、部屋の隅にあったベランダストッカーを重そうに運んだ。


「これは幅80cm、奥行50cm、高さ50。だいたい100Lのサイズのベランダストッカーだ。一般家庭の小さな倉庫って感じの箱だな。ここには夢が詰まっているんだ」


 男性は歯を見せ笑うと、ベランダストッカーのふたを開けた。そこには人だった塊が詰め込まれていた。それを見ると青年は嘔吐した。


「コラコラ。失礼だぞ。みんなもそんな姿見たくないだろう。な?」


 男性はベランダストッカーの中身に声をかけた。


「君1人じゃ寂しいだろうなって思ってな。こういう気が利くところに惚れたって妻は言っていたよ。……すまんな、惚気のろけけてしまって」


 青年は息を切らしながら、もう一度中身を確認した。そこには見知った姿があった。青年は涙を流しそうになったが、既に枯れ果てていた。


「あぁ、言い忘れていたが涙腺にも細工しておいた。邪魔だからな。さぁ、君をこの中に入れたら完成だよ。良い形になってくれよ……」


 青年は必死に抗おうと体を揺らすも、この男性を相手には無意味だった。『作業台』と呼ぶ机に青年を運ぶと、『作業』が始まった。


 ……


「ふぅ。表情を整えて……っと。まぁこんな感じかな」


 男性はひと仕事を終え、再びタバコに火を点けた。数回煙を吐き出す。


「せっかく私が妻と娘をバラす予定だったのに。邪魔しやがって。時間はかかったが、こっちもまぁ良い出来だ。さぁ、仕上げだ」


 携帯灰皿にタバコを入れ、ポケットに戻す。次に腰にあるホルダーから拳銃を取り出した。


「幸せの絶頂にある者が死ぬとき。どんな顔をするのだろうか。それを知りたかったんだけどな……」


 拳銃をさすりながら呟く。そして、胸に銃口を突きつけた。


「私は今、幸せの絶頂だろう。良い表情を見せてくれよ」


 男性は躊躇ためらうことなくトリガーを引いた。銃声が部屋に鳴り響いた。直後に床に薬莢やっきょうが落ちる音、大きなモノが倒れる音、拳銃が床に叩きつけられ壊れる音が鳴った。


 静寂の中、ビデオカメラの作動音だけが残っていた。

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サンシュウネン 天神シズク @shizuku_amagami

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