エピローグ 02
「――償いだ。俺の心臓をラクリマに移植してくれないか?」
ブラッドとブレインは対峙していた。ハーツは机の上で昏睡し、イアは既に事切れている。ブレインは軋む車椅子を押して壇上の手前まで移動し、ブレインを真っ直ぐ見下ろしていた。その金の瞳にはもうぎらぎらとした光は無かった。疲労と、救済と、安堵が混ざり合い、ぽっきりと折れた心の芯を労わるように倦怠感が包んでいる。
豪奢な車椅子に王のようにふんぞりかえって座っているが、笑うブレインの口の端は痙攣するように震えていた。ブレインは億劫そうに顎を引いて自分の左胸を見る。
「ここだけはまだ無事だ……アンタのその機械式の心臓、見覚えがあるよ。アンタが文字通り、あの時捨てたラクリマの命を繋いだんだな。用意してたそれがラクリマのどうしても身体に入りきらなくて、もういいやってこいつを捨てたんだ……何でだろうな?死体を持って帰ればまだ使えたのに、目の前で死んでいくラクリマをあの時、俺はどうしても見ていられなかった。とっても不思議だ」
ハーツの首にかけられていた鍵を指で弄び、ブレインは懐かしむように目を細めた。
「こいつの一部になったら、俺の人生の最期の贖罪としては十分だよ……そしてアンタはハーツから心臓を取り戻せる。万々歳だろう?」
ブレインは霞む目を凝らしてブラッドを見下ろす。
そこで、初めて気付いた。その男が余りに無表情であることに。
「……いらねえ」
ゆっくりと、その口が動いた。
「あそこは、俺の居場所だ……」
ゆらりと、ブラッドはまだ弾の残っている小銃をブレインに向けた。ブレインは目を丸くしてその乾いた血の色をした目を覗き込み、そして銃口を見つめ、もう一度ブラッドの顔を見つめ、そして、大笑いした。
「くっ……ははっははっははははっははははははははっ……!傑作だ!笑える!笑えるぜラクリマ!お前の近くにいるのはただの疫病神だ!」
この世のどんな喜劇を見たときよりも愉快そうに。面白くて仕方ないというように。
「お前は!ただ、助けたいなんてオブラートで、繋ぎ留めたいっていう醜い欲望を隠しているだけじゃねーか!」
「…………」
無言。矛盾。肯定。否定。
そんなもの、何も無い。沈黙は虚無だ。問いも答えもそこにはなかった。心ここにあらずといった表情でブラッドは銃の引き金に指を掛ける。それでもブレインは言葉を続けた。
「ただの我侭だ!偽善ですらない。俺が脳の器としてアイツを使おうとしたのと何が違うんだよ!なあ!?」
そこでぴたりと、ブレインが笑いを止めた。
「――は?お前もしかして、そうですらないのか?」
「……違う」
ブラッドはそこで初めて絞り出すように声をあげた。
「違わないだろう?それならアイツが憐れ過ぎる。あんまりだ」
「……違う!違う!俺は、あいつを――あいつを助けたくて――だからあの時心臓を――」
「あーあーオーケーオーケー。いいよ、記憶を美談にすり替えるのは生者の特権だ。哀しいかな、人間はいつも己は真っ当に生きていると、底の底では信じたいものだからな」
ブラッドを見上げ、穏やかとも取れる声で、元七大貴族が一つスパイナル家嫡男は最期に忠告する。
「だけど、ロマンスも程々にしとけよ?他人の身体にハートを突っ込んでも、愛なんて生まれないぜ?」
「そんなこと、百も承知だ」
一発の銃声が死を歌う。
鉄の弾は、男の心臓を容赦なく引き裂いた。
ブラッドのその心臓は、今も目の前で眠る少年の中で鼓動を打っている。
とくり、とくりと、少年の身体を生かすために。
これが命だ。ブラッドは穏やかな気持ちでハーツを見つめる。
その命は、お前の中にある方が余程似合っているよ。
捨てる勇気も無い臆病者は、そう呟いて静かに目を閉じた。
解体された少年は玩具の臓器に夢を見るか 遠森 倖 @tomori_kou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます