第44話 『チャルダッシュ』


 ♥︎♥︎♥︎♥︎♥︎♥︎アリア目線


 爆音とともに、数キロ先で大きな爆発が起きた。


「な、何ですの?!」


 リュート様が走り去って数分後の出来事だった。

 いや、正確には二時間経っているのか。


「そんな、まさか彼女がこんなに早くやられるなんて!」


 私は、一つの爆音が止んだ後に全てを悟った。

 だが、フーガ先生には敢えて言わなかった。

 生命のプロットが一つ消えたのだ。

 ……アイネのプロットだ。



春日かすがさん! お怪我はありませんか?!」


 フーガ先生は私の足を見てワナワナと震え出す。

 私は彼が見つめる先を見つめると、先ほどの爆風で飛んで来たのか、ガラスの破片が右足に大量に刺さっていた。

 流れ出る私の鮮血は、すぐに白くも赤く反射するタイルにひっかけてしまう。


「だ、大丈夫ですわ! 前にも言ったではありませんの! ヴァンパイア種は痛覚が無いし、傷もすぐに再生しますわ!」


「そうですが、紛いなりにも私は医者です! そこまで深い傷を見過ごせません!」


「だ、大丈夫ですって! 私は頑丈さが売りなんですのよ! これだけの傷!」


 私はガラス片を全て抜くと、足の方に魔力を込める。

 すると、すぐに刺し傷は縫合して元に戻った。


 私の種族は昔からそういう風にできていた。

 心臓を杭で打たれようが死なず、首を切り落としても再生する。


「……ですが、春日かすがさんは女性なのですよ? もう少し気をつけなければなりません」


「何をですの?」


「……傷つくことを当たり前だと思ってはならないということです」


 フーガ先生は、病棟の階段を登りながら真紅に染め上がった月を見つめていた。

 本当はもっと大切なことを言うつもりだったのだろうか、最後は適当な返答をされてしまった。


 何故そうなったのかは分かる。

 そして、彼は私の手を掴むと走り出した。


 ものすごいスピードで誰かが来る。


 月明かりに照らされながら、真っ赤な殺気を纏いながら……。


春日かすがさん! 来ます!」


「本当に……奴らが来たんですの?!」


 私は心の底から恐怖した。

 先程、サリエリ様が言っていた『奴らはこの時代に来て数十年も経っている、魔力は殆ど無い』なんて嘘ですの!

 こんなに強い魔力なんて感じたことなんてないですわ!


 騙されました!

 私は安堵していた、相手が弱いと聞いた時から!

 なんて馬鹿なの、私!


 私はフーガ先生に手を引かれながら、病棟のリハビリルームに辿り着いた。

 目指しているのはあと3階上のフーガ先生の魔術研究室。

 彼は、その研究室に敵の魔力を抑える方法が記された魔法書があると言っていた!

 それさえ手に入れば、どうにかこの局面を乗り超えられる!

 もう少しでたどり着くはず!


 ……が。


 ガラスの割れる音が聞こえると、リハビリルームは風圧で全てが外に投げ出される。


「きゃぁぁぁ!」


「うわぁ!」


 私たちは、風圧に負けて壁に叩きつけられる。

 私の脳が少し弾けたようだが、問題はなかった。


 それよりも、フーガ先生!


「大丈夫ですの?!」


「え、ええ。私は大丈夫です……」


「はっ! ちょ、フーガ先生!」


 そんなわけない、フーガ先生!

 お腹に巨大なパイプが刺さっているではありませんか!


「だ、大丈夫です私は! 春日さん、私のことはいいです! この鍵を使って私の部屋に入りなさい! 魔法書を早くっ……!!」


「先ほど言っていたことをそのままお返ししますわ! 私だって回復魔法の使い手です! 放ってなんておけませんわ!」


 私は鉄パイプをフーガ先生から引き抜くと、目の前に魔法陣を発動させ、


「スティリアット・シナータルゼ・アフェルカナ!」


 すると、私愛用のヴァイオリン『セバスチャン』が出て来る。


「私が直してあげますので、少し我慢なさってください!」


「……春日さん」


 私はセバスチャンを手にとって一本の弦だけを見つめる。


 ヴァイオリンのG線である。


 私はただその一本の弦にボウをかけると、ゆっくりと弾く。


「待ってくださいねフーガ先生! すぐに治してみせますわ!」


 雄大で爽快な魔法は、フーガ先生の傷を癒してくれるだろうか。

 私はゆっくりと、でも確実に音を奏でる。


 私の名前はアリア。


『G線上のアリア』から取られた私の名前は、人々を癒す様にと願いが込められている。

 それは私の誇りであり、足枷でもあった。

 それは、私たちの種族のルールや性質などにも由来していた。

 こんな名前、本当は必要なかったのに。


 私は後ろから訪れる殺気に気付きながらもヴァイオリンを弾き続ける。

 早くしなければ、早くしなければフーガ先生は死んでしまう!


 私はゆっくりと、しかし焦りながら『G線上のアリア』を弾く。

 テンポがおざなりになろうとも先生を救えればそれでいい!

 フーガ先生!

 目を覚ましてください!



「哀れだね南の王女。君は、そいつを救いたいんじゃない。救われたいから、救うふりをしてる」


 すると、殺気の正体が追い討ちをかける様にヴァイオリンを弾きだす。


 素早い音色と踊る様な魔法。

 力強く、そして私の耳を押さえつける様な、叩きつける様な音色。


「殺生かな? 南の王女・アリア。僕の魔法は全ての物体を踊らせる。でもね、この魔法は生体は扱えないんだ」


 私はゆっくりと振り返ると、そこには茶髪の青年がヴァイオリンを弾きながら歩いて来ていた。

 禍々しい蛾の様な大きな翼を羽ばたかせながら、鱗粉をこちらに飛ばして来る。


 茶色の鱗粉はすぐにこのフロア全体に行き渡り、空間の色を濁らせた。

 月明かりが反射して、風景はより一層血の色の様に変色していく。


「だ、誰ですの?!」


 私は問いかけるが、それでもこの演奏は辞めない。

 演奏を辞めれば、治癒能力はなくなってフーガ先生は死んでしまう。


 そして、青年は私の問いに答える。


「僕の名前? あぁ、僕の名前はチャルダッシュ。本名は『モンティ・ラスティ・チャルダッシュ』……とかだった気がする。てか、なんで答えちゃたんだろ、おかしいと思うよな? レクイエム?」


 と、蛾の羽を羽ばたかせる彼は振り返るが、誰もいない。


「……いないの忘れてた」


 彼はため息をつきながらも、蜂の羽音の様な音を立てながらヴァイオリンを弾く。


 空気の中に振動すると、あたりの瓦礫が持ち上がっていく。

 人間だった灰の塊が立ち上がると、私の方に踊りながら集まって来る!


「な、なんですの、これ!!」


 私は、畏怖と恐怖でヴァイオリンの音色が乱れるのがわかる。

 わかっているのにテンポを元に戻すことはできない、震えでまともにボウを持つことができなかったからだ。


 そして、ついに私はG線上からボウを離してしまった。


「あぐっ?!」


 セバスチャンとボウは下に落ちて、黄色の光を出して砕け散る。


 ポタポタ。


 消える一瞬だけ、セバスチャンは私の心臓の血を浴びた。


「あっ、はぁっ……」


 私は胸の内側から現れた純銀のナイフを見つめる。

 純銀は、私の体に触れると腐ったようにボコボコと黒く変色し始める。

 魔法はもう使えなかった、なぜならば核を討たれたからだ。


「そ、そん……な!」


 私はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこにいたのは、白目を向いたフーガ先生がいた。

 彼は純銀のダガーライフを私に突き刺すと、にんまりと笑った。


「ここ、ここここ、こここここ」


 フーガ先生は足でステップを刻みながら私を上へ上へと持ち上げる。


「おがっ! あがぁ!!」


 心臓を抉られながら私は口から大量の血を吐き出す。


 すると、チャルダッシュは高笑いをしながら私を眺める。


「あっはっはっは! 仲間に殺される気分はどうだ? 南の王女! 初めて死ぬ気分はどうだ? どんな感じ?ねぇ、どんな感じ?!」


 チャルダッシュはさらに高速でヴァイオリンを弾く。


 あぁ、もうダメだ。

 純銀のダガーライフはさらに心臓を抉る。

 傷口はもう治らず、体が冷え切っていくのがわかる。

 痛い、痛い、痛い!

 これが痛み?!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


「まさか、フーガが純銀のナイフを持ってるとは思ってなかったよ! 君を初めから警戒していたんだね、滑稽じゃないか!」


 私は叫ぼうとするが、もう肺が鳴る音しか出せない。


「君は、本当に罪深い化け物だ。自分の感情を最優先にする。君は、禍々しい古き時代の成れの果てさ。彼の痛みも理解せずに鉄パイプを引き抜く奴があるかい? 君に希望を託して鍵を渡そうとしたのに、裏切る奴があるかい?」


 チャルダッシュは倍、さらに倍と腕の速さを増していく。

 あたりの鱗粉が彼の腕の回転で集まりだすと、ガントレッドの様に太く、大きくなっていく。


「いつまでたっても利己主義な穢れ種族め。だが安心しろ、僕が断罪してやる。ここは酒場だ。楽しい宴の最中だ。こんなに楽しい余興はないだろう、アリア?」


 ガントレッドは赤くなると、熱を帯びて焦げ始める。


「君は、我々の仲間のフーガを殺したんだ、君が無理やりパイプを抜いたから、死んだ! 助けたい? 救いたい? それは君の種族の性質だからと言い訳をするつもりかい?」


 チャルダッシュは目の前まで来ると、私の頰を舐め、流れ出た血を啜る。


「君のその魅力的で怪奇な美貌には耐えられそうにないよ、それが君の罪だ。男を無差別に惹きつけるその呪われた能力も、今夜で終止符が打たれる。それを天に召した後に幸福と解くのか、僕はそれが楽しみで仕方がないよ南の王女」


 彼はガントレッドに大量の魔力を一気に流し込むと、私から離れた後に、曲の最後のワンフレーズを弾き、笑った。


 曲のフィナーレは、案外あっけないものだ。

 感動する終幕に見せて、中身は実に薄っぺらくて寂しい。

 私は、そんなことを思いながら自分の最後の時に対して何度も後悔と絶望を千切れ痛む胸の中で繰り返した。


『チャルダッシュ』!!!!!!


 彼は赤く輝いた右腕をヴァイオリンから離した。


 瞬間、彼は姿を消した。




 私の名前はアリア。


『G線上のアリア』から取られた私の名前は、人々を癒す様にと付けられたのだ。


 そんなの嘘だ、私は人を癒したことなど一度もない。

 色々な人から一方的に好かれて、私はいつもその愛を拒み続けた。

 結果はどうだった?

 ショックで自殺する者もいれば、集団で私を裸にして壁側まで追い詰められたこともあった。

 その人たちは、すぐに兵士に叩き切られた。


 私は、これから何人も人を殺さなければならないの?


 あぁ、ウィルヘルミ。

 私の愛したただ一人の男の子。

 私は、いつあなたに会えますか?


 ――ウィルヘルミ!


 チャルダッシュが私の体にボウを突き刺しているが見える。


 あ、そうか、そうだったのか。

 遠のく意識の中、私はゴロゴロと割れた窓の方へ転がっていく。


「ヴァンパイアとサキュバスの子供め、忌々しい。貴殿の大罪、心ゆくまで断罪させて頂く」


 私は最後の一瞬だけ、私の体を見た。


 私は、男を惹きつけるサキュバスの体質を持ち、不老不死のヴァンパイアの体質も持ち合わせている。

 私は恐れられる両方の性質を兼ね備えた、忌み嫌われる偽りの王女だった。


 ありがとう、チャルダッシュ。

 私を殺してくれて。


 そして私の首は病院から投げ出された。

 近づいて来る地面を眺めながら、私はそっと目を閉じた。


 つづく。

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