第43話 『ボレロ』
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎アイネ目線
……何が起きたんだろう?
私は割れてしまった瓶を拾い集める。
少しだけ指を切ってしまった。
瓶に取り付けたキーホルダーと『アイネ』と書いた札が折れ曲がってしまっている。
「リュート君のために作った瓶なのに……」
私はなんとか空の異変に気付いて結界を張ったけど、どうしたんだろう。
空が赤い。
なんだか、すごく嫌な予感がする……。
私は腕時計が震えているのに気づいて確認すると、秒針がクルクル回って分針が狂ったみたいに進んでいる。
時間が進むのが早くなっている。
「いけない匂いがする。人が焦げた匂い……」
私は立ち上がると、辺りを見渡す。
悲鳴も何も聞こえない静寂の空間。
なんでこんな、地球じゃない?
私、この世界を見たことがある。
禍々しくて、ドロドロとした血の匂い。
これは、私が過去に出会った風景と一緒なの?
思い出せない。
「まさか、ワールド様の魔法を受けて生きてる人間がいるとは思わなかったよ。ったく、しぶとさだけは害虫並みなのね、妖精族って」
私の後ろの方から音が聞こえた。
カツカツと、コンクリートをヒールで叩くような音。
「誰?」
私は振り返り、瞬時に指揮棒を取り出して構える。
狂いそうなほどに私の胸の中を
私は只ならぬ世界の異物であることを察した。
「確か……アイネって子だったね? 手応えがありそうな子と戦わせてくれってワールド様に頼んだんだけど、こんなザコそうな奴に当たらされるなんて。ツイてないな、私」
そういいながら現れたのは、一人の女性だった。
その姿はとても美しく、結婚式に行く時のような格好の女性だ。
小さなバックを持って、首にはパールのネックレスを付けている。
その女性はふふっと笑う。
「冥土の土産ってやつだ、お前に人生最期のコンサートを見せてやろう」
そう呟くと、彼女はバッグから一本の指揮棒を取り出す。
指揮棒を持つということは、きっとあの人は私と同じ『
指揮棒を振ることで魔法を使えるタイプの人だということを瞬時に把握する。
そして、すぐに左手を前に出し、
「シェラ・ビルディス・マキャナ!」
そう叫ぶと、私の作った瓶たちが無数に飛び出す。
私の愛用の『ボトラーズ』だ。
「……あなた、魔王幹部ね? その穢らわしい魔力を見れば分かる」
私は女性に問いかけると、指揮棒を私に向け、
「いかにも。私の名は『ラヴェル・カルメロリア・ボレロ』だ。名前を覚えてもらって恐縮なのだが、すぐに忘れていただこう」
ぼ、ボレロ?
名前だけは知っている。
それは、いつの日か聞いた言葉だった。
「……どうしてこの世界に来たの?」
「それはお前と同じ理由さ。勇者の種を奪いに来た。ただし、私はお前らのように勇者の種と性交渉をするためではない。摘みに来たんだよ、未来を」
ボレロは、そして指揮棒を振り始める。
「私の冥土の土産は、この曲だ。すぐには逝けないから覚悟したまえ?」
「っ!」
私は瓶たちを構えながら、攻撃を待つ!
指揮棒を振り上げ、目を瞑って旋律を奏でようとしている……が、ボレロは一切攻撃をしてこない。
「な、なに?」
「まぁ急ぐなアイネって子。コンサートの最中は音を出すのはマナー違反だろう?」
ただ、ただ聞こえるスネアドラムの音色。
どん。
どどどどん。
どどどどん。
どどどどどどどどどどん。
私は指揮棒をただ振るう彼女を見ているだけだった。
殺気だけは感じるのに、なにもしてこない。
ボレロもニヤケながら、笑いながら私の身体を舐めるように見ていた。
私はなにも仕掛けてこない彼女に一撃を入れようと、一歩足を前に出そうとした。
「……!」
そして、私は気付いた。
か、体が動かない……!
ボレロは表情を歪めた私を見ると、舌なめずりをする。
「……演奏中の席の移動はご遠慮ください!」
どん。
どどどどん。
どどどどん。
どどどどどどどどどどん。
フルートの音、そしてクラリネットの音。
音色が増えていき、音が大きくなって行く。
ボレロ……!
思い出した、セビリアの舞踏姫・ボレロだ。
『永遠のクレシェンド』
それが彼女の魔法の最大の強みなのだ。
楽器がボレロの周りに現れ始めると、クルクルと回りながら私の元へと訪れる。
「う、頭が割れる……」
既に、私はこの時点でこの轟音に耐えきれなくなっていた。
瓶が一つ、二つと落ちて行く。
バリン、バリン!!
私の作り上げてきた瓶たちが落ちて行くと、だんだんと意識が遠のいて行く気がしてきた。
リュート君……!
リュート君!!
「さぁ、クレシェンド、クレシェンド、クレシェンド!! あっはははははは!!!!!!」
どん!
どどどどん!
どどどどん!
どどどどどどどどどどん!
「きゃぁぁぁ! やめてぇぇぇぇ!」
私は塞ぐことのできない耳から大量の血が吹き出ていることがわかった。
脳内が侵食されて、振動が体の内側から切り裂くように伝わる。
バリン、バリン!
どん!!
どどどどん!!
どどどどん!!
どどどどどどどどどどん!!
「ほら、もっと泣きなさい!
どん!!!!
どどどどん!!!!
どどどどん!!!!
どどどどどどどどどどん!!!!
「いやぁぁぁ! リュート君! リュート君! 死にたくない、死にたくない!!」
私は体の芯から叫ぶが、その音は全て楽器たちの音でかき消されて届くわけもない。
フルート、ピッコロ、オーボエ、オーボエ・ダモーレ、コーラングレ、クラリネット、ファゴット、コントラファゴット、ホルン、トランペット、ピッコロ・トランペット、トロンボーン、テューバ、チェレスタ、ハープ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、スネアドラム、バスドラム。
このシンフォニーの前で私はただ美しい音色を聴く一人視聴者。
にも関わらず、私は大量の血を吹き出しながら、それでもこの轟音からは逃れられない。
どん!!!!!!
どどどどん!!!!!!
どどどどん!!!!!!
どどどどどどどどどどん!!!!!!
「叫べ、叫べ、叫べ! あっははははは!」
ボレロはさらに指揮棒を振るうと、今までの何倍も大きな音が私の体を通過して行く。
「クレシェンド、クレシェンド、クレシェンド、クレシェンド!!!!!!」
私の体は細胞が焼き切れて、摩擦で服が剥がれ落ちて行く。
「あっ、あぁ……!」
あつい!
あつい!
リュート君!
私は至る体液を体中から撒き散らしながら、動かない関節をどうにか動かそうとする。
しかし、もうすでになにもできないことを悟る。
「さぁフィナーレよ、東の王女! なにもできなかった自分を悔やんで死になさい!」
そんな、まだ私はリュート君と手を繋いでない!
リュート君!
どん!!!!!!!!
どどどどん!!!!!!!!
どどどどん!!!!!!!!
どどどどどどどどどどん!!!!!!!!
「さぁ、私の最高傑作! 喰らいなさい!」
スネアドラムが唸りをあげながら私の前に止まる
まるで挑発するように指揮者は体を大きく振りかぶる。
楽器たちは踊りながら私が泣き喚くのを嘲笑していた。
『ボレロ』!!!!!!
指揮棒を彼女が振りかざした瞬間、私は全てを思い出した。
ここは魔界。
赤い月の光を見つめると、ある言いつけを思い出す。
『月が赤い日は、魔物たちが悪さをしに城にやってくるからね。アイネは結界の外にでちゃダメだよ?』
『わかったよ、お姉ちゃん!』
その日から、お姉ちゃんは城から姿を消した。
月が赤い日は魔物に近づいてはならない。
なんで、そんなことを忘れていたのだろう。
お姉ちゃんは、奴らに殺されたのに。
私の周りを飛びかっていた楽器たちは一斉に光りだすと、ぶくぶくと膨れ上がった。
光の中に見えたのは、一人の少年。
名前はなんだったけ。
もう、忘れちゃったよ。
そして、私は最後にボレロの姿を眺めた瞬間、私の意識は飛んでしまった。
つづく。
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