第42話 アカツキノヨルニ


「な、なんだと?!」


 サリエリは狂ったかのように俺の肩を両手で掴む。


「なぜだ?! 昼頃は使えていただろう?!」


「なぜかは分からんけど、使えないと昼過ぎに言ってたんだ!」


「それは計算外だ! 西の王女はどこにいる!?」


 サリエリは俺の事実を聞くと、急に顔を青ざめる。

 フーガもその話を聞いて後ずさる。


「た、多分 家に帰ったと思う」


 ビチビチと俺の血液が飛び跳ねる。

 それは、サリエリが急に踵を返してフーガの方に向かったからである。


「作戦変更だ、フーガ! 西の王女の防衛を最優先とする! 俺の下半身は東の王女の近くに隠れているから問題ない! 北の王女は元から戦闘能力が高いから問題ない! とりあえず西の王女のところへ向かう! フーガは南の王女を守れ!」


「りょ、了解しました隊長!」


 フーガは敬礼をすると、すぐに結界を解く。

 キラキラと輝きながら黄色い光が消えていく。


 そして、サリエリは俺の前に来る。

 鬼のような顔をしたサリエリは非常に焦っているようだった。


「リュート! 俺はお前の体の中にいることで力が使えるんだ、だからもう一度中に入るぞ、いいな?」


 サリエリは俺の肩を叩く。

 彼の緊張は服越しにも伝わってくる、恐怖。


「……わかった、任せろ!」


 俺はサリエリの胸をトントンと叩く。

 すると、彼はにこりと笑ってそれに答えた。


 そして、辺りに黒い光を放ちながらサリエリは俺の胸の中に帰っていった。

 急に体が重たくなると、少しだけ前方によろける。


 俺は、ずっとサリエリとともに生きて来たのか。

 そう思うと、なんだか不思議な気分だった。

 命の恩人が、まさかこんなにも近くにいたとは。


「ま、俺はここにいるけどな、リュート」


 胸から何か声が聞こえる。

 傷口を見てみると、そこにはギョロッとした目玉が飛び出していた。


「わっ、気持ち悪っ!」


「気持ち悪いって言うんじゃねぇ! ダンディと言え! これが俺の姿なんだぜ」


 サリエリは俺の胸から目玉を出すと、プンスカと怒り出す。


「いやいや、キモすぎる! 引っ込んでろよ!」


「出てないと喋れないんだよ! 仕方ないだろ! あと、飛び出し過ぎてもアイツらにリュートの居場所がバレちまう! 結界が解けるからな」


「いや、キモい、喋らななくていいから! さよなら、バイバイ!」


「おい、リュート! おま、俺は命の恩人なんだぞ?!」


 そんなやりとりをしていると、フーガは集中治療室の鍵を開け終わる。


「行きましょう! 王女の一人一人に説明して回るには時間が足りない!」


 彼もかなり焦っているようだ。

 血まみれのまま飛び出そうとするほど状況はかなり悪いようだ。


 しかし、今日の0時まではかなり時間がある。


「そんなに急がなくたって間に合うくないですか賀田さん?」


「戦闘準備がいるでしょう! あまり悠長に話している暇はないですよ季本さん!」


「そんなもんなんすかねぇ。まだ十時間もあるってのに」


 俺はどこかで油断していた。



 結界が全て溶けた瞬間、空間がカチリと大きな音を立てる。

 俺は歪む自分の体を肌越しに感じる。

 魔王軍は、どうやら向け目はないらしい。


 明らかに感じた違和感、そして至る場所で聞こえるカチコチとした音。


 カチッカチッカチカチカチカチカチカチ!


 な、なんだこれ!!


 俺は、右手につけた腕時計を見た。

 時計の針は扇風機のようなスピードで回り出す。

 ゴリゴリと変な音を立てながら、ギアは擦れて火花を吹く。


 そして、カチッと止まった時刻。


「8時……20分!?」


 そんなはずはない!

 さっきまで昼の二時だったのに!


 俺は時計を叩いてみるが、針の回転は止まらない。

 21分、22分、23分……秒針は高速で回転しながら時を刻んでいた。


 フーガもそれに気づいたらしく、大声を張り上げる。


「隊長! 時間が進むのが早くなってます!」


「な、なんだと?!」


 フーガは集中治療室の外に飛び出すと、廊下の真ん中で立ち尽くす。


 誰もいない、電気の消えた病棟。


 そこに差し込むのは、綺麗な月明かりだけだった。


「そ、そんな!」


 フーガはスマホを取り出すと、顔を歪めてそれを壁に叩きつける。


「だめだ! 全ての電子機器が使えなくなってる!」


 俺とアリアも集中治療室から飛び出してその光景を確認するが、そこはまるで別世界のようだった。


 赤く燃えるような空。

 枯れ果てた木々たちは病棟のガラスを突き抜けて倒れている。

 こんなに異様な光景が広がっていても、辺りから悲鳴やパトカーのサイレンなどは聞こえない。


 人なのか、椅子の上に座った物を見る。

 それは黒くなって積み重なった灰の塊だった。

 その近くには、服やバッグが散乱していた。

 黒炭の塊は全て人間だと言うのか?!


 すると、フーガは口を開く。


「……ワールドが来たのか、この次元に」


 彼はそう呟くと、月を見上げる。

 半分だけ赤くなった月を。


 アリアがそれを聞くと、口元に手を持っていく。


「わ、ワールドが来たんですの?!ありえませんわ!だって、ワールドにも魔王と同じ呪いがかかっていてこちらに来られないはず!」


 フーガはアリアの方を向く。

 まるで絶望したような顔つきだ。


「私たちがまだ部隊で活動していた時から、ワールドは他の世界に入るための研究をしていました。つまり奴は、こちらに来るための世界の書き換えに成功したんだ!」


 フーガは膝をつくと、涙を流す。


「みんな死んでしまったのか……!たまたま私たちが結界を張っていた間に!」


 そ、そんな!

 嘘、だろ?

 カノンが死んだ?

 テルは?

 エータは?

 アイネは?


 そんなことない、死ぬわけない!


 辺りを見渡しても、朽ち果てて灰になった人形がゴロゴロと転がっているだけだ。

 あいつらも灰になって消えたのか?


 こんなこと、ありえない!

 ありえていいわけがない!


 俺もフーガのことを見ていると、頭がおかしくなりそうだった。


 気が狂いそうだ、どうにかしてくれ!



 すると、アリアが俺の肩を叩く。


「リュート様! まだみんな生きてますわ!」


 その言葉を聞いたフーガはパッとこちらを向く。


「なんだって?!」


「生きてますわ! 他の王女の動向の観察のために、全員に魔法でプロットしてたんですの! 反応があります、カノン、テル、アイネ、全員無事のようですわ!」


 俺はその言葉を聞くと、外の方へ走る。

 カノンが生きてる!

 よかった、生きてる!


「待ちなさい、季本(きのもと)さん! ワールドが来たという事がどういう事なのかわかっているんですか?!」


 フーガは俺が走り去ることを止めようとするが、ここでいいタイミングでサリエリがフォローする。


「大丈夫だ、俺が一緒にいりゃ問題ない! 腐っても隊長だからな、俺は!」


 そういうと、俺……俺たちは割れたガラスのところから外に出る。


 向かう先はカノンのマンション。


 どうか、どうか0時までに間に合ってくれ!


 ▽△▽△▽△???目線


 この世界は我が頂いた。


 赤く聳え立つこの塔から見下す景色、なんと禍々しいことよ。


 我は赤を好む。


 月はもうすぐ赤く染まるだろう、それはダビデとシビラが予言したことだ。




 我が名はワールド。


 この世界の指揮者なり。


 美しきかな、我が世界。


 指揮棒の先から、我が作りあげた赤く燃え広がった地上が見える。


 熱く煮えたぎった獄楽の世界!


 なんたる惨憺たる有様、素晴らしい!


 女狐四匹はどうやら取り逃がしたようだが問題はない。


 我が世界の中でなす術なくもがきながら死ぬがいい。


 あぁ、素晴らしい!


 我が世界は完璧だ!


「景色はどうだ? 我が世界の住人達よ」


「素晴らしいと思いますワールド様。お前はどうなんだ? レクイエム」


 俊足の王・チャルダッシュもそう思うか。


「私も心よりそう思いました。と言うかお前も思っていたのか、チャルダッシュ」


 慈愛なき鎮魂歌・レクイエムもそう思うか。


「私のボレロが引き立つほどに美しい風景だ。さすが我々の新隊長、ワールド様だ」


 セビリアの舞踏姫・ボレロもそう思うか。


 そうだろう、我が同胞よ。


 今日で古い世界は滅び、我が世界に塗りつぶされる!


 指揮をするのはこの我だ!


 さぁ向かうぞ、我が同胞!


 飛び立つのだ、我が麗しき『新世界より』!!


 つづく。


 ――――――――――


 ご視聴ありがとうございました。

 次回より、ついに魔法戦争が開始されます。

 よろしければ、是非レビューや感想をいただけたら光栄です。

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