第41話 魔王軍、奮起す
俺は胸を押さえて倒れる。
流れ出るおびただしい量の血を眺めながら俺はただただ震える事しか出来たなかった。
「きゃぁぁぁ! リュート様ぁぁぁぁ!!!!」
アリアは俺に寄り添うと涙を流す。
彼女の鼓膜を破るほどの甲高い声が狭い空間に響き渡ると、ピリピリとした緊張感とドロリとした血液の生臭い匂いが充満する。
一方、賀田さんは俺の臓物を眺めながらブツブツと呟いていた。
綺麗な桃色の俺の
ドクン、ドクンと鼓動しているのは俺の心臓。
それを眺めながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
なんだ、俺はここで死ぬのか……。
……。
……。
あれ?
痛くないぞ?
俺は真っ赤になった地面に手をついて後ろを振り返る。
アリアは号泣しながら俺の事を見上げる。
「り、リュート様ぁ……?」
「お、おう」
俺は案外すんなりと立ち上がれた。
痛くも痒くも無いが、胸に
握られている感触。
まるで、ゴム手袋で掴まれて持ち上げられているような感触だ。
「そういうことですよ、
賀田さんはにこりと笑うと、内臓を大きな銀色の容器の中に入れる。
ヌチャリと音を立てる俺の臓物たちは、嬉しそうにゆっくりと鼓動していた。
そして、腹のあたりがヒヤッと冷たく感じる。
まるで、金属に触れられたような感覚。
「な……なぜ俺の内臓を取り出したんですか?」
「そうですね……。まずは説明からすれば良かったですね。どこから説明しましょうか」
賀田さんは顎に手を当てると、スリスリと擦る。
アリアは号泣した後で、目の周りを真っ赤に腫らしながら黙って立っていた。
返り血をドロドロになるまで浴びた賀田さんは、そんな状況でもゆっくりと思考を巡らせていた。
さすが病院の
まぁ、俺の内臓を引っこ抜くなら事前に話しておいて欲しかったものだが。
すると、静まり返った集中治療室の中で何かが囁く。
「……おい、誰だ俺の内臓に触れやがったのは」
どこからか聞こえる低い声。
その声はガラガラで恐ろしいものの、繊細な歌声の様であった。
「え、今何か言いました? 賀田さん」
賀田さんに尋ねるが、彼は俺が話しかけたことには気づいていないようだ。
「やはり、まだこの世界にいたのですね」
賀田さんは一人でつぶやく。
気が狂ったのか、賀田さんは俺の内臓を見つめる。
ギリギリと歯ぎしりをすると、彼は目を大きく開いた
そして、俺の内臓をもう一度掴む。
きゅうと俺は苦しくなる。
「なぜ、仲間を殺したのですか! 隊長!」
そう言うと、賀田さんは思い切り内臓を振り上げる!
「ちょ、賀田さん! 俺の内臓に何するんですか!」
「先生! 本当にどうなさったのですか?!」
俺たちは賀田さんに話しかけるが、全く応答しない。
そのまま内臓を、床一面に広がった俺のレッドカーペットに叩きつけようとする!
「ちょ、死ぬって賀田さん!」
「おおおおぉ!」
そして、賀田さんが俺の心臓を手から離した瞬間、あたりは黒い光で塗りつぶされた。
「馬鹿なことすんじゃねぇ、フーガ! 俺もリュートも死んじまうだろうがっ!」
その黒い光の中から現れたのは、真っ黒の服装でシルクハットを被った人間だった。
「隊長! 何故今まで隠れていたのですか! 私達の部隊は貴方のせいで壊滅です!」
賀田さんは現れた男の胸ぐらを掴むと、ギリギリと歯ぎしりをする。
歯が折れるのでは無いかと思うほどに強烈な歯ぎしりだ。
「とりあえず手を離せ、フーガ。俺はお前を殺したりはしねょ。クールになろうぜ、お互いにな?」
黒服の男は賀田さんの肩をポンと叩く。
すると、賀田さんはゆっくりと手を離す。
俺は全く状況を飲み込めない。
いきなり現れた男。
そして、ブチ切れる賀田さん。
てか、賀田さん、今フーガって呼ばれたよな?
「おっと、急に現れてすまねぇな、お二人さん。時間がねぇから手っ取り早く話そう、いいな? リュートと南の王女さん?」
そう言うと、男は俺らの前に立つ。
シルクハットを取って一礼すると、帽子からぴょこんと二本の触角が現れた。
「俺の名は『サリエリ』。ただのサリエリで構わん。幹部の奴らみたいに長ったらしい名前は好かんからな、切り捨てたのだよ。変に思わないでくれたまえ?」
そして、サリエリはもう一度帽子を被ると後ろの血塗れの賀田さんに合図をする。
賀田さんは頷くと、血塗れになった唇を動かす。
「紹介遅れましたね、
賀田さん、もといフーガは近くにあったタオルで返り血を拭く。
フーガ……どこかで聞いたな。
あ、フーガ!
メロの兄ちゃんだ!
ハメ撮りしたがる変態兄貴だ!
「て、てことはメロの兄貴ですか!」
俺は興奮して足を前に出すと、胸の風穴からぴゅっと血が吹き出る。
「あ、そうですね、メロは私の義妹です。血は繋がってないので顔は似てませんよ」
フーガはそう言いながらハハッと笑う。
え、義妹なの?
なるほど、だからハメ撮りしてあげたのか。
なるほどなるほど、じゃねぇわ!
モラル的にどうなんだよ、それ!
そんなことを考えていると、サリエリがすっと左手を挙げる。
「話してるとこ悪いんだが、本当にやべえ状況なんだ、あまり悠長に話てる場合じゃねぇ」
サリエリはフーガに目をやると、お互い悟ったように頷く。
「やはり、明日でしたか?」
「あぁ、明日だと言う情報は入手済みだ、間違いない」
サリエリは俺に近づくと、血まみれの肩をポンと叩く。
「リュート、よく聞け。俺は死にかけたお前を助けた張本人だ。お前の体の中にワケあって隠れてたんだ。それは後で説明する。本題だが、これから戦争が起こる。勇者を巡っての戦争だ」
「せ、戦争が起きるだと?! マジっすか!」
サリエリは端麗な顔を歪めながら俺の肩をぐっと握る。
「だが、奴らはリュートの居場所を特定できない、それは俺がお前の体に結界を死にかけてた日からずっと張っていたからだ。しかし、奴らはどうやらこの世界にリュートが生きていることを悟ったらしい。それは、この世界に王女が集まりだしたからだ」
アリアはビクッとすると、サリエリのことを見つめる。
サリエリは怯える彼女をちらりと見ると、もう一度俺の顔を見る。
「リュートの場所が特定できず、知らずの場所でリュートと王女が性交渉すれば、魔王軍は不利になる。勇者が産まれれば、魔界の壊滅は約束されたようなものだからな。そこで奴らはどこにいるかもわからないお前を殺すことを諦めたんだ。どう言うことかわかるな?南の王女?」
サリエリは再びアリアを見る。
アリアはもうこの時点で何を言われるかは分かっていた。
「……私達の抹殺の方が早いと考えたわけですのね?」
「そうだ、南の王女。つまり、リュートの代わりに4人の王女が標的にされたんだ」
サリエリはポンポンと二回俺の肩を叩いた。
そして、サリエリはフーガの方へ向かう。
は……?
嘘だろ?
王女たちが狙われてるだって?!
「待ってくれ、サリエリ! 明日、その抹殺計画が決行されるってのか?!」
俺はサリエリを追うと、長い腕を引っ張る。
ゴツゴツとした服の中は間違いなく人間の柔らかさではない、鋼鉄のような何かだ。
「明日、深夜0時。擬似的な皆既月食が起きる瞬間だ。それだけはおそらく間違いないだろう」
俺はその情報を聞いた瞬間、冷や汗を垂らした。
明日の0時決行?
嘘だろ?
「待ってくれサリエリ!」
俺はサリエリを止めようとするが、彼は笑いながら俺の胸の風穴を眺める。
「大丈夫だ、リュート。敵はこの時代に来て数十年も経っている、魔力は殆ど無いさ。来たばかりの王女たちならどうにか勝てるだろう。ただ、戦闘力が皆無の南の王女だけは俺たちで守らなければならなくなるだろう」
そう言うと、サリエリは振り返って進もうとする。
でも、俺はそれでもサリエリを引っ張る。
「待てよ、サリエリ! 俺の話を聞け!」
「なんだ! 時間がないんだ、まだ言いたいことがあるのか!」
サリエリは俺を怒鳴りつけるが、それで言わなければならないことがあった。
それは、カノンのことだ。
彼女は俺に告げたことを思い出した。
それは、この事態の中では一番注意しなければならないことだった。
そして、俺はサリエリに向けて放つ、最重要の事項。
「カノンは、今だけ魔法を使えない!」
――そう、カノンは昼頃に言っていた。
自分は魔法が使えない、なぜならば、俺とエータの記憶を消すために魔力を大量消費したからだ。
つづく。
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