第40話 医院長と俺


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


 俺は、カノンを先に帰らせてしまった。

 なんでだろう。

 なんで、俺はカノンのことがあのひと時だけどうでもよくなったんだろう。


「リュート様、では帰りましょうか」


「お、おう。荷物の忘れ物ないか?」


「はい! もちろんです!」


 俺とアリアは部屋に一礼してからエレベーターを降りて行く。

 そして、受付に向かうために白い床を歩く。


 なぜだろうか、意外と無言の間が続く。

 やっぱり人前で男の人と話すのは苦手なのだろうか、学校でも確かそんな感じだったし。


 アリアは恥ずかしそうに俺の斜め後ろをちょこちょことついてくる。

 二人でいた時とはまるで別人のようだ。

 アリアって、派手な見た目の割にすごい奥手なんだなぁ……。


 すると、長い廊下の奥の方から白衣を着た男性が手を振る。

 こちらに手を振ってるようだが。

 なんだあの胡散臭そうな男は。


 アリアもそれに呼応するように手を振る。

 え、知り合いなの?


「おお、春日かすがさん、今日退院でしたか。お怪我はもうよろしいですか?」


「はい、先生! 私の治りが早いのは血液検査からわかったでしょ!」


「ええ、春日さんの血は非常に治りが早い血液構造でしたが、まさか頭の怪我がこうも綺麗さっぱり治るとは思いませんでしたよ。普通なら、全治二週間ですよ」


「へへん、これでも私は治癒の天才ですから! このくらいの傷を治すなんて朝飯前ですのよ!」


 アリアと男性はとても仲が良さそうに話す。

 なんだろうか、気に食わない。


 俺は少しだけムスッとしてみた。

 すると、男性の方が俺に気づいて頭を下げる。


「おぉ、春日さんのご友人ですか?これは失礼しました」


 男性がお辞儀をしたから、俺も礼儀でなんとなく頭を下げた。


「先生! この方、カノンのオトモダチさんですの! リュート様ですわ!」


 アリアは何故だかハキハキと俺の紹介をする。

 なんだろ、なんか彼氏の紹介みたいで照れくさいな。


江夏えなつさんのご友人ですね! 初めまして、ここの医院長を務めます、賀田がだといいます。どうぞ、よろしく」


 え?

 がだ……? 賀田!

 あ、ここの病院の名前だ!

 この人、めちゃくちゃ偉い人じゃん!


「あ、俺、ここで診察を受ける予定だった季本きのもと龍斗りゅうとです! 訳あって明日の診察は行かないって数時間前に電話した者です」


 俺は頭をヘコヘコしながら苦笑いをする。

 すると、賀田さんが血相を変えたように俺を凝視する。


「君、きのもと……さんですね? 少しだけ時間をいただけないかな?」


 え、急になんだよ。


 賀田さんは俺の手を引っ張ると、人間が変わったように息を荒立てる。


「ちょっ! どうしたんですか賀田さん!」


「お待ちになって、先生! どうなさりましたの?!」


「わかっています、無礼だという事は! でも時間がないのです! さぁ、こちらに来てください!」


 賀田さんは、集中治療室のキーを開けると、すぐに俺とアリアを中に招き入れた。


 そして、賀田さんは鍵を二重に締める。


「どうしたんですか、急に!」


 俺は流石に怪しいと思い、すぐに戦闘に入れるように前傾姿勢をとる。


「大丈夫です、安心してください」


 すると、賀田さんはポケットから棒を取り出す。

 くるくると回しながら空気を三回切る。


「ディレネスト・アフェルノサルノ・クレストネリス!」


 呪文を唱えるとあたりは黄色くなり、バキバキと空間が固まりだした。


「ななな、なんですか?!」


 ま、魔法?! まさか、この人も異世界の住人なのか?!


 魔法をかけ終わった賀田さんは、ふうとため息をつきながら目を抑える。


「んん、あまり上質な結界ではありませんね。寝れなかったのですよ、朝から騒がしい赤髪のツインテールの子に叩き起こされましてね。怒鳴り散らしたら、近隣住民から逆に怒られまして……。それからずっと説教を受けていたのですよ。三徹コース確定の瞬間でした……」


 賀田さんはフラフラしながら椅子に座る。

 そして賀田さんは目薬を取り出して両目に素早くさす。


 しかしながら、なんて奴らだ!

 俺はそんな騒がしいやつらが許せない。

 特に朝から騒ぐ奴なんかにロクな奴がいない!


「それは災難でしたね。そいつら絶対とっちめたほうがいいと思います!」


 俺はぷんぷんしながらその話を聞いていると、アリアはゆっくりと俺の服に手をかける。


「いいですわ、そんな事どうでも。そんな事より、先生が診たいのはリュート様のこれでしょう?」


 アリアは急に俺の服を上に上げる。


「うお、何すんだよアリア!」


 アリアは恥ずかしがる俺を見ても、いつものようにアワアワとならない。


「別にいいでしょうリュート様? 先生がこれだけ焦るってことはかなり重要なことですもの」


 と、アリアはなにかを悟っているかの様な振る舞いで賀田さんに俺の胸元の傷を見せつける。

 意外にも今回の彼女はかなり率直だ。


 それにしても、この傷ってそんなに珍しいものなのか?

 まさか、どっかに売られたりしないよなぁ?


 まぁ、冗談はさておき、賀田さんが診たがっている箇所はこの胸の傷だ。

『吸血魔法』のこべりついた禍々しい呪いの傷って奴だ。


「それじゃ、失礼しますね季本さん」


「え、えぇ」


 賀田さんはゆっくりと俺の胸を見始める。

 傷跡を撫でたり、押したり、叩いたり。


 ◆◆◆◆◆◆


 5分ほど経った。


「ほう、なるほど。やはりそうでしたか」


 賀田さんは俺の体を隅々まで調べると、またもふうとため息をつく。


「お、終わりでしょうか? 診察は」


 ずっと上に伸ばしてた腕が限界を迎えていた。

 早く下にやらないとどっちかの腕が壊死しちまう。


「いいえ、まだですよ、最後に一行程終わらせたら診察終了です」


 そういうと、賀田さんは立ち上がって机の上をあさり始める。


「季本さんのその傷は、間違いなく止血をする際に何者かが傷の上から抉ってつけたものです。そして、傷の上から吸血魔法を仕掛け、永きにわたり輸血しています」


 賀田さんはゴム手袋をつける。


「そして、季本さんの体内に魔力が巡り、あなたも私たちと同じように『魔法』を使える体になっています」


「え! 俺も魔法が使えるんですか!?」


「はい。これだけの魔力の補給となると、その傷を癒してくれた魔物の正体は魔王幹部クラスでしょうね。いやはや、こんなところで会えるとは思ってませんでしたよ」


「先生、リュート様のこの体の傷って魔王幹部の呪いだと言いましたが、本当に急死したりしないですわよね?」


 アリアは俺の服を持ち上げるために後ろに立っている。

 俺を心配してくれるのはありがたいが、あまり急死だの呪いだの言わんでくれ、恐い。


「いえいえ、急死はないでしょう。これは人を生かす呪いですからね」


 なんだぁ、よかったぜぇ……。


 まさか、賀田病院の医院長が向こう側の世界の医療技術まで精通しているとは思わなかった。

 てか、この人の本名ってなんだろう?

 多分また横文字なんだろうなぁ。


「あ、季本さん。そろそろ最後の行程に移ります。アリアさん、季本さんを抑えてもらっていいですか?」


「え、あ、いいですわよ」


 アリアは俺の肩をぐっと抑える。

 あれ、そういえばなんで賀田さんゴム手袋を今更したんだろ?


「では、季本さーん、チクっとしますねー」


 は、はい?


 賀田さんは手を手刀に切り替えると、その尖ったメスのような腕を一瞬で消した。


 ぐちゅっ!


「はぐっ!?」


 そして、俺の身体が折れた音がした。

 アリアの悲鳴が聞こえた途端、賀田さんは俺の中からあらゆる臓物を取り上げた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 俺の血液が全て前方へ飛び散る。

 俺は反射的に前かがみになり、椅子の上から転げ落ちた。


 返り血を浴びた賀田さんは、俺に優しく声をかけた。


「はい、診察終了ですよー」


 つづく。

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