第39話 裏切りのキス


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


 それから俺たちは何分間キスをしただろう。

 この部屋の外にはきっとカノンがいる。

 でも、目の前にはアリアがいる。


 舌こそ入れさせてはくれないが、甘いフレンチキスでお互いの唇の感触を確かめ合う。

 蜂蜜を塗っているかのような濃厚なアリアの味は、まさに至高の逸品だ。


「……リュート様。そろそろカノンが帰ってきますわ」


「いいよ、もう少しだけ、もう少しだけさせてくれ」


「……はい、いいですわ」


 そして、もう一度俺はアリアに触れた。

 夏なのか、体が妙に火照る。

 まだ昨日まで桜が散ってたのに、とても暑くてたまらない。


 一瞬だけペロリとアリアの唇に舌を這わせるが、明らかに彼女は口を閉じた。


 俺はなんだか急に頭が冷めてきた。


「……そうだな、そろそろカノンを呼ぼうか」


「はい、そうしましょう」


 アリアはスマホを手にとってカノンに電話をかける。


 しかし、着信音は扉の向こう側からは聞こえない。

 俺もなんとなくスマホの画面をつけてみると、カノンから一通のENILが来ていた。


『遅い、帰る』


 その一言。


 俺はスマホの画面を切ると、ゆっくりとベッドから立ち上がる。

 アリアは未だにカノンに電話をかけているようだ、だが無駄だと思う。


 おそらく、鍵をかけたな、カノン。


 俺はスマホの画面をもう一度つけて、カノンのENILに既読をつけた。

 返信はしなかった。


 ◆◆◆◆◆◆カノン目線


「バカリュート、いつまで待たせるの」


 私はすでに賀田がだ病院から出ていた。

 あまりにも2人が私を呼んでくれないから、私は帰ってしまったのだ。

 私から部屋には入れなかった、なぜなら私から飛び出してしまったから。


 私から拒絶しておいて、手を引っ張ってもらおうなんて、図々しいよね。

 わかってるのに、いつも私からリュートを突き放してる。

 なぜなら、リュートは私のことが好きになってくれたのだと思い込んでた私がいたから。

 余裕があったんだ、どうせ追っかけて来て私のことを救ってくれると。


 少しだけ、少しだけ期待したけどやっぱりダメだったんだね。


 なんて図々しいんだろう、私。


 だから、私は人間は嫌いなんだ。


 だから、私は私が嫌いなんだ。




 パッフェルベルのカノン。


 ゆっくりと始まってどんどん早くなって行く。

 そして、だんだんとゆっくりになって終わりに収束して行く。


 そんな緩やかで穏やかなカノンという曲が私は好き。


 そんな人生を願ってお父様がつけてくれた有難い名前。


 だけど、結局私は緩やかでも穏やかでもない。


 誰かに頼ることしかできない、他人に依存するだけの傲慢で怠惰な人間なんだ……。


 リュートぉ……私をどうか抱きしめて!


「リュートぉ!!」


 私は空を見上げて星を見る。

 泣き出しそうな空を見たって、空は結局笑って誤魔化すんだ。

 雲一つない快晴。


 でも、夜になればトバリが降りて雲も色も関係ない黒になる。


 夜だ。

 私は夜になりたかった。


 どうしたって変えられない真っ黒な空。

 ここまで隠すことなく黒くなれたら、私はもう少しリュートに素直になれたかな?


 リュート……!

 私、リュートが好きなんだよぉ……!


 アリアが好きになっちゃ嫌だぁ!


 そして、空は泣き出した。

 私の足元に点々と雨粒が降り注ぐ。


 でも、今日の空は雲一つない。


 そうか、私は夜空になったんだっけ?

 私の心の中、雲だらけじゃん。

 そりゃ、雨も降るよね?

 今日だけだから、雨を降らすのは。


 明日になったら、笑ってリュートと会うんだ。

 だから、今日だけ雨を降らせよう。


 さよなら、リュート。

 私、夜空になるよ。


 ぽつぽつ、ぽつ。


 私は、心の底から雨を降らせた。

 暗い夜道、1人。

 今日は星が綺麗だ。


 さよなら、リュート。


 本当はね。

 あの時、私があの場にいたらきっとあなたを叩いてた。

 だから、すぐに飛びなさないといけないと思ったんだ、気を悪くしてたらごめんね?

 今日からあなたは自由。

 私は何もしないから、リュートはもう鬱陶しく思わなくて済むでしょ?


 だから、明日から幸せになってね。

 アリアが好きになったってことだけ、伝わったからね。


 さよなら……。

 さよなら、リュート。


 つづく。

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