第38話 カノンのつんでれ


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


 その頃、俺とカノンは、アリアの退院の為に掃除や洗濯をしていた。

 白く真四角な部屋の中に閉じ込められていたアリアはさぞかし寂しかっただろう。


「あの、リュート……様?」


「ん、どうしたよアリア」


 アリアはベッドの上に腰掛けて、俺たちが片付けをしてくれているのを見ている。

 そんなアリアは、急にショートした電子機器のような湯気を出してスマホを俺に見せる。


「わ、私に連絡先を教えてはいただけないでしょうか?」


 パッと見せたのは赤色の画面。

 無料通信アプリ、ENIL《エニル》だ。


「いいぜ! フルフルで交換するか?」


「ええ、そうしましょう!」


 俺とアリアはそれぞれのスマホでENILにログインして、友達登録画面に入る。

 ぶるっとスマホが震えると、俺とアリアは楽しいそうにシェイクをする。


「よし、これで大丈夫かな!」


 俺は登録画面を確認する。


『春日 亜梨愛ありあ』と書かれたアカウントがパッと映る。

 ENILの一言が、『早く家に帰りた〜い( ^ω^ )』となっているのを見て、俺はクスッと笑う。


 しかし、その下にももう一つアカウントが映る。


 あれ、誰だこれ?

 p.t.k……?


 ENILの一言が『私にも連絡先をちょうだい』となっている。


 俺はパッと顔を上げると、そこには手を振るカノンがいた。


「……別に、あなたの連絡先が欲しかったんじゃないのよ? リュート。本当はアリアのENILが欲しかっただけだからね。リュートのENIL要らないから、ブロックするわ、ブロック!」


 ふんっ! と長い髪をかきあげる。

 ふわりとあの時のシャンプーの香りを振りまき、美しい艶のある宝石の如き髪をなびかせる。

 そして、カノンは突然ツンツンしながら部屋から出て行った。


 俺には、分かる。

 あれは、デレが来る系のツンだ。

 その証拠に、ラインの一言がさっきから変わっている。


『登録してもいいわよ?』


 これが、カノンの究極に洗練されたツンだ。

 プライドが高いくせに、結局はオネダリするのだ。

 王女でも、欲しいものは欲しいのだ。

 そんなところが、可愛いところなのだ。

 それにしても面白い発想だ。

 一言を使った会話とは考えてたな、カノン。


 俺はドアの後ろにいるであろう女性になんとなく聞こえるような声で語りかける。


「あ、間違えた! アリアしか登録出来なかった!」


 そう叫ぶと、ドアがガタガタと揺れる。

 そして、p.t.kの一言が変わる。


『何やってんの、あほリュート!』


 アリアはその一言を見てクスッと笑う。

 俺もニヤリと笑い、ドアの向こうに向かってもう一度叫んで見る。


「まぁ、いいか。カノンはあんまり俺のラインは欲しくないみたいだし、俺たちだけで交換しようぜ、アリア!」


「そうですわね、リュート様! 私達だけで連絡先交換しましょう!」


 俺とアリアがドアに語りかけると、バタバタと扉が揺れる。

 カタカタカタカタ!


 そして、p.t.kの一言が変わる。


『いじわる! 変態! ばかちん! 二人とも大嫌い!』


 俺とアリアは目を合わせると、クスクスと笑う。


「可愛いですのね、カノン」


「あぁ、カノンは基本的にツンしかしないけど、ボルテージを上げた後ならちゃんとデレてくれるぞ?」


「そうですの?」


「まぁ、俺に任せろって」


 俺は、『春日 亜梨愛ありあ』と『p.t.k』の友達追加をすると、再び大きな声で扉に語りかける。


「まぁ、カノンのENILも追加しとくか。万が一カノンに何かあったら心配だもんなぁー!!」


 すると、扉はスパァンと音を立てて飛び上がる。


 ドシドシと地面が揺れる。

 誰かがジャンプをしているのか、なんとも頭の悪そうなステップで跳ねているのが分かる。


 そして、p.t.kの一言が変わる。


 俺はふふっと思わず笑ってしまう。

 アリアはその姿を見ると、ハテナマークを頭に浮かべる。


「いや、これは破壊力絶大なデレだな、うん。流石の俺でもここまでとは思わんかった」


 俺はあまりにもにやけすぎで、自分でもヤバイと思う。


「な、なんて書いてますの?」


 アリアは自分のアカウントに映るp.t.kの一言を見てみる。


『私と交換できて嬉しいでしょう(*≧∀≦*)』


 その一言が俺とアリアの心の中に突き刺さると、心臓の中で弾けて全身に粒子が反射する。


「まぁ、なんて可愛いの、カノン!」


 アリアは頰に手を当てると、ブンブンと首を横に振る。


「これが、カノンのデレだ。すごいだろ?」


 俺はにこりと笑う。

 もう既にカノンの制御方法を熟知していた。


「……カノンと本当に仲が良いのですね、リュート様は」


 アリアは俺の真横に座り、二人でスマホを持っている。


 二人きりだ。


 カノンは外で祭りでも始めたのか、ドタドタとうるさい。


 でも、二人きりだ。


 アリアはスマホの画面を切るとゆっくりと手を伸ばす、その先は俺の手。


 ピロリン♪


「きゃっ!」


 アリアはあまりにも大きな音に驚きを隠せない。


「なんですの?!」


 音のなる方向に顔を向けるアリア。


 そこには赤いアプリの隣に文字が。

 見慣れないホーム画面のアイコン。

 俺からのはじめてのENIL通知だ。


『龍斗:これからもよろしくな!』


 それだけの事だ。

 アリアはそのENILを見ると、俺の方に振り返って目を潤ませる。


「アリア、これからもよろしくな!」


 俺はにこりと笑うとアリアの伸ばしかけた手を取る。

 固く結ばれた手。

 彼女のスベスベの手に、俺の指を絡ませて彼女を逃さない様に固定する。


「リュート様……!」


 アリアから不意に抱きつかれると、俺は頰を掻く。

 されるがままだった。


 アリアに抱きつかれるって、なんかすごい気持ちいいかもしれない。

 ふわふわのマシュマロを頬張ってるような柔らかい感覚。

 アリアってこんなに可愛いんだな。


 そんなことを思い、アリアを見つめる。

 今日、アリアはちゃんと家に帰れるかな?

 送って上げたほうがいい……よな?


 ◆◆◆◆◆◆カノン目線


「まだかな……まだかな……♪」


 ここは、外壁の世界。

 ドアに挟まれた立体的な空間だ。

 恋焦がれる相手が、なんとこの扉の向こう側にいる。


 私は、あの時のようにフルフルとケータイを振ってみる。


「早くこないかな……♪」


 合図を待つ、『もういいよ』の合図。

 飛び出したのだから呼び戻されるのは当たり前なのだ、私の世界では。


 そう、『早く部屋の中においで』の合図。


 スマホのホーム画面を眺めながら、ただただ『龍斗』の文字を待つ。


 しかし、リュートの返事が全く来ない。

 私の心には何も聞こえない。

 感情リンクによる心の声が聞こえるはずなのに、リュート側から無意識にシャットアウトしてしまったているようだ。


 何故、こんなにも返信が遅いのだろう?

 それは、部屋の中に二人きりだからなのだろうか?


 つづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る