蝶番

つぐお

第1話

帰り道、振り返ると学校の向こうに山が見えた。

山の中腹には小屋のようなものがポツンとあり、子どものころはその風景が当たり前だった。

なんとなく、大人になればそのうち行けるようになるだろうとか、大人になれば勝手に通る道だろうとか思っていた。

けれども、その日は中々訪れなかった。来る日も来る日も、帰路につくたびに、もしかしたら今日かもしれない、とか、今行かなくても大人になってあの山の向こうにある街に行くようになったら自然と通るだろう、とか、そんなことを考えていた。

そういった日々がなんとなく通り過ぎていって、ついには卒業が目と鼻の先まで来てしまっていた。

今はこんなにも心の片隅に居座っているけれど、大人になったら気にもとめずに通り過ぎて行くだけなんだろう、今じゃないとあの小屋に行く日はない、とようやく悟った。

その日私は、いつか行こうと思っていた風景に向かった。

目的地に着いてみると、そこには想像通りの古びた小屋がなんとか建っていた。人が住んでいるようには到底見えなかったので、思い切って中に入ってみることにした。

ドアを開けようとすると、老朽化を喚くように建物全体が大きな悲鳴をあげた。

中は詰所のような雰囲気だった。小さなテーブルと二つの椅子、壁際にはソファもあった。

真っ先に目に入ったものはなぜか空き缶だった。中身が入っているのかと思わせる綺麗なものや、乱雑に握りつぶされたものが点々と床に転がっていた。

握りつぶされた空き缶の形に見覚えがあるな、と近づいて確認してみたが、台所によく転がっている父親が飲んだものとは違った。理由は分からないがなぜだか安堵した。

もしかしたら、今でも誰かが秘密基地にしているかも、と淡い期待を抱いていたが、そういった形跡もなかった。

一通り見渡して何もないことに満足した私は小屋を出ようとした。固くなっているドアは、内側からだとなぜか中々開かなかった。一瞬だけホラー映画が脳裏をよぎったが、まだ外が明るかったためすぐにどこかへ霧散した。

強引に開こうとすると、ドアは大きく揺れながら外側へと倒れてしまった。壊れた蝶番が錆を落としながら足元に転がってきた。

蝶番はもう何も固定していなかった。

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蝶番 つぐお @tsug_o

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