第7話 キャロルの戦い

 キャロルは袖で涙をぬぐった。ぼやけていた視界が戻ってきた。

 あたりには轟音が響いていた。耳になじんでいるアパッチのローター音だった。

 キャロルはアパッチに乗り、空を飛んでいた。手に握る操縦桿は現実のものだった。

 また目を擦った。戻ってきたのね。それとも夢を見ていただけなのかしら。

「時間がないぞ。それほど長くは時間の歩みを止められないのだ」

 前部の射撃席にハヌマーンがいた。子猿ほどの大きさで座席の上で立ち上がり、キャロルを見ていた。

 キャロルは切迫したラーフの顔を思い出した。

「お願い、ミサイルを止めて」

 アパッチのパイロット席からはミサイルは見えないし、レーダーにも映っていなかった。だが、すぐ側を飛んでいるに違いなかった。

 ホバリングしているアパッチの横を赤い影が通り過ぎていった。ガルーダがミサイルを追っていったのだ。

「核ミサイルをどうするの?」

 キャロルは尋ねた。涙を拭きパイロット席に戻った時には、もうパニックは過ぎ去っていた。

「人間の作った兵器など、俺もガルーダも一飲みさ」

「爆発しても大丈夫なの?」

「いや、腹のなかで爆発はしないだろう。そのまま消し去るだけだ。たとえ爆発しても問題ない。俺とガルーダは不死なのだ」

「放射能は?」

「ハハハッ、人間よ。そんな取るに足らないものは神通の力により消し去ることができるのだ」

「へぇー。それは都合がいいわね。じゃぁ、ミサイルを食べ終わったら、戻ってきて頂戴」

 ハヌマーンは姿を消した。ガルーダとハヌマーンはどちらが早く飛べるのだろうか。キャロルは、場違いな疑問が浮かんだことに笑みを浮かべた。

 ここは最初にラーフと出会ったカシミール地方の戦闘地域だった。

「こちらKL1、キャロル・アシェム大尉。Sベース、隊長、聞こえますか?」

 雑音が続いた後に返信が返ってきた。

「キャロルか? いままでどこに」

「そんなことより本気で我が軍もパキスタン軍も核ミサイルを発射したのですか?」

「あぁ、だが、双方、誤射と発表した。参謀長も更迭された。冷静さを取り戻したが遅すぎた。あと数秒後に核爆発が起きる」

 キャロルは通信を切った。

アパッチでカシミールの空を飛んでいた。

戦争が激化し、州都も放棄された無人の土地だった。

こんな土地の奪い合いのために人は殺し合いをはじめ、挙句の果てに核ミサイル。人間は馬鹿だ。隣通しで核ミサイルの打ち合いをすればどうなるか、分かりきったことなのに。

 いつまで待っても爆音も衝撃波もキノコ雲もなかった。

 アパッチの横にガルーダが現れた。赤い体に翼を広げ並んで飛んでいる姿は勇猛だった。

 消えた時と同じように突然、ハヌマーンも現れた。前部座席に立ちこちらに顔を向けている。

「終わったよ。第二弾、第三弾は来ないようだね」

「いずれ来るわ。しばらくないかも知れないけど、五年後か、十年後か、五十年後か、必ず戦争は始まるのよ。結局、奪い合いからは逃れられないのよ」

「じゃあ、俺たちは帰るよ。達者でな」

「ちょっと、待ってよ。あなたは私に借りがあるわよね。その借りを返して欲しいの」

「なんだ? 言ってみろ」

 ハヌマーンは一瞬、眉を寄せたが目の奥を輝かせた。

「このあたりに放射線を撒いてくれないかしら。植物もしばらく育たないくらいに放射能で汚染してもらいたいのだけど」

「ちょっと、げっぷすればよいだけの簡単な話だが、なぜだ?」

「戒めのためよ。人類を滅ぼしかけた罪を忘れないための。そして戦争を終わらせるためよ」

「どういうことだ?」

「資源の取り合いが戦争の原因だったのよ。その資源がなくなれば争いも起こらないのよ。汚染された土地など誰も欲しがらないからね」

「うむ、分かった。もったいない気がするが、これで貸し借りなしだな」

 ハヌマーンはアパッチの外に飛び出した。上空でホバリングするアパッチの下で巨大化した。そして地面に放射線を吐き続けた。

広い土地だったが、巨大化したハヌマーンはあっという間にこの土地を放射能まみれにした。

ガルーダが側に寄ってきた。

「こんなことをして構わないのか?」

「自然破壊は両国に影響を与えるでしょうね。でもそれは自業自得。払うべき高い授業料と思うしかないの」

「お前は大丈夫なのか?」

「私は狂人としてどこかに収容されるでしょうね。こんなことは誰も信じないから」

 だが、キャロルにはなすべきことがまだ残っていた。


 キャロルは操縦桿を倒しアパッチを前進させた。コレクティブレバーを操作し、夕日に向かって速度を上げた。

 操縦席の窓ガラスがオレンジ色の光を反射していた。無人の大地の上空を轟音とともに戦闘ヘリが突き進んでいた。右後方には猿の姿をした神の戦士ハヌマーンが、そして左後方には鷲の頭と翼を持つ聖鳥ガルーダが後をついて翔んでいた。

「どこに向かっているのだ?」

「天界に戻るのよ」

「なんのために?」

「決まってるでしょ。戦いを終わらせるためよ」

「それならばもう問題はないだろう」

「大海攪拌では問題は解決しない。アムリタが手に入っても仲良く分け合うなんてことにはならない。また神々たちは争いを始めるわ」

「だったらどうするのだ」

「知れたことでしょ。戦いの原因、アムリタを奪い取るのよ」

 ガルーダとハヌマーンは空中に静止した。

「何してるの? さっさと行くわよ」

 半獣神たちは慌ててヘリの後を追いかけた。

キャロルは左右に英雄神を従えて大空を突き進んでいった。

(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神話の国のキャロル @onichiyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ